EP 6
「月影流・安全靴と、暗殺者のピアノ線(物理のわからせ)」
「死ねェェェッ! モブ共がァァァ!!」
限界突破した課金ステータス(筋力SSS)に任せ、勇者ゼロスがオリハルコンソードを力任せに横薙ぎに振るった。
黄金の斬撃波が放たれ、ポポロ村の広場を真っ二つに切り裂く――はずだった。
「……遅ぇな。止まって見えるぜ」
ふっと、ゼロスの視界から料理人リアンの姿が消えた。
「なっ!?」
ゼロスの『動体視力』は、あくまで凡人のままである。どれだけステータスの数字がバグっていようと、元・最強の暗殺者の足捌き(ステップ)を捉えることなど不可能だった。
「どこだ!? どこに消え……ッ!?」
ギリリリリッ……!!
ゼロスが焦って剣を振り回そうとした瞬間、彼の四肢がピタリと空中で固定された。
「な、なんだ!? 腕が……動かない!?」
「無駄だ。暴れれば暴れるほど、てめぇのその馬鹿力で、てめぇ自身を締め付けることになるぞ」
ゼロスの背後の死角。
宙を舞う土煙に紛れ、リアンの十指から無数の『極細の鋼糸(ピアノ線)』が放たれていた。
それはゼロスの首、両手首、両足首に幾重にも巻き付き、周囲の建物の柱や木々にガッチリと固定されている。
暗殺術『蜘蛛の巣』。
「ふ、ふざけるな! 俺の筋力は99999だぞ!? こんな細い糸、力ずくで引きちぎってやる!!」
ゼロスが咆哮し、力任せに腕を引っ張った。
ギギギッ……パキィッ!!
「ギャァァァァッ!!? 痛い! 痛いぃぃぃっ!!」
ゼロス自身の「神の筋力」によって限界まで引っ張られた鋼糸は、彼が着ていた聖なる鎧の関節部分をメリメリと食い破り、その下の軟弱な皮膚にまで食い込み始めたのだ。
ステータスが高いからこそ、自分自身を切り裂く拷問器具と化す。それがリアンの計算し尽くされたトラップだった。
「てめぇのステータスがどれだけ高かろうが、戦いの『知能(IQ)』はスライム以下だ。……武器の重さも、間合いも、呼吸も知らねぇガキが、数字の暴力だけで調子に乗るんじゃねぇ」
リアンは鋼糸の束を束ねて地面の杭に結びつけ、ゼロスを完璧な「大の字(磔状態)」に固定した。
「よしキャルル。まな板の上の豚は固定したぞ。……『月見大根』と『太陽芋』の恨み、きっちり刻み込んでやれ」
「言われなくても!!」
バチッ……バチバチバチッ!!
リアンの合図と共に、広場の端から強烈な紫電のスパークが弾けた。
麦わら帽子を深く被った月兎族の村長・キャルルが、クラウチングスタートの構えを取っている。
彼女の足元――タローマン製の特注安全靴に仕込まれた『雷竜石』が解放され、闘気と雷光が渦を巻いていた。
「な、なんだあのウサギ女は……!? ワイズ! どうなってんだ! なんでモブの村長からあんなヤバいオーラが出てんだよ!!」
磔にされたゼロスが、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら空に向かって叫ぶ。
「アタシが毎日水やりして……みんなで今日、美味しく食べるはずだった……」
ゴゴゴゴゴゴッ……!!
キャルルのウサギ耳がピンと立ち、瞳が赤く発光する。
「ポポロおでんの具材を……ゴミみたいに踏み潰した罪は……万死に値するわァァァァッ!!!」
ドゴォォォォォォォォンッ!!!
キャルルが地面を蹴った瞬間、衝撃波で広場の石畳がクレーターのように陥没した。
100mを5秒台で駆け抜ける月兎族の脚力に、闘気と雷の推進力が加わる。その速度、実にマッハ1。
もはやゼロスどころか、ドローンの高性能カメラですら『紫色の閃光』にしか見えなかった。
「ヒッ――!?」
ゼロスの視界が紫の光に染まった直後。
「『月影流・超電光流星脚(スーパー・ライトニング・メテオ・ストライク)』ッ!!!」
一億ボルトの雷光を纏った、タローマン製安全靴(鉄芯入り)のドロップキックが。
空中で回転し、全質量のエネルギー(約3万ジュール)を乗せて、ゼロスのイケメン顔面にクリーンヒットした。
メギャァァァァァァァァァッ!!!!
「あッ……ぶぇッッ!?」
一瞬の静寂。
その直後、ゼロスを固定していた聖なる鎧とミスリルマントが、衝撃に耐えきれず粉々に砕け散った。
リアンの鋼糸を強引に引きちぎりながら、ゼロスの肉体はまるで大砲から撃ち出されたボウリングのピンのように、空中をきりもみ回転して吹き飛んでいく。
ズガンッ! ガランガランッ……!!
広場の端にある石壁に深々と突き刺さり、ゼロスは白目を剥いて完全に沈黙した。ピクピクと痙攣する彼の口からは、情けないカエルのような声が漏れているだけだった。
『(コメント欄)…………ファッ!?』
『(コメント欄)え、勇者、ワンパン……?』
『(コメント欄)なんだ今の紫の光!? ウサギの村長が蹴り飛ばした!?』
『(コメント欄)課金勇者、村長とコックにボコボコにされてて草ァ!www』
『(コメント欄)ダッサwww 神回確定www』
ゴッドチューブのコメント欄は、かつてないほどの爆発的な『大草原(www)』で埋め尽くされていた。
悲劇の英雄の物語は、ただの「傲慢なクソガキが、怒れる農家たちに物理でわからせられる」という、極上のざまぁ(スカッと)配信へと昇華されたのだ。
「……は? え? うそ、だろ……?」
天界のオフィス。
炎上神ワイズは、画面の向こうで壁に突き刺さっているゼロスの姿を見て、限界まで目を見開いたままフリーズしていた。
無限の課金、神のステータス。それが、なぜただの「安全靴の蹴り」で粉砕されているのか。彼の矮小なプロデューサー脳では、ポポロ村の「食への執念」と「理不尽なギャグ補正」を理解することなど到底不可能だった。
「……ふぅ。とりあえず、害虫駆除は完了ね」
キャルルが安全靴のつま先をコンコンと鳴らし、麦わら帽子を被り直す。
「よし。これで終わりやないで、監督サン」
そこへ、チャリンッと算盤を弾く音と共に。
ポポロ村の財務担当・ニャングルが、口元を三日月のように吊り上げて、倒れたゼロスの前に歩み寄った。
「物理のお仕置きの後は……キッチリ『経済のお仕置き』もさせてもらわんとなァ?」
ニャングルの神眼が、ワイズの「無限スマホ」と繋がっているシステムの裏の裏を、ドス黒い笑みで見透かしていた。




