EP 3
「課金勇者ゼロスの凱旋(笑)と、悲鳴を上げるアキレス腱」
『――待たせたな! かわいそうな村人たち!!』
上空から、キラキラとした光のパーティクルと共に、空気を全く読まない場違いな声が響き渡った。
純白の聖なる鎧。なびくミスリルマント。そして、手には伝説の金属で作られたオリハルコンソード。
炎上神ワイズの専属タレントにして、P2W(課金)の申し子――勇者ゼロスが、カメラドローンを引き連れてポポロ村の広場に「スーパーヒーロー着地(※膝を立てて地面に拳をつくアレ)」を決めた。
「ふぅ……。間に合って良かった。みんな、もう安心していいよ。この邪悪なネフィリムは、俺が必ず倒すからねッ☆(※ドローンのカメラ目線でウィンク)」
ゼロスは懐に仕込んでいた目薬をこっそりと瞳に落とし、頬に一筋の「偽善の涙」を光らせて立ち上がった。
完璧なイケメンスマイル。これこそ、ゴッドチューブの視聴者から莫大なスパチャを巻き上げる、彼の絶対的な『勇者ムーブ』である。
『(コメント欄)ゼロス様キタァァァ!』
『(コメント欄)マジ王子! カッコよすぎる!!』
『(コメント欄)あのネフィリム絶対許さない! ゼロス様やっちゃって! 金貨10枚スパチャ!』
コメント欄がゼロスファン(主にサクラ)の歓声で埋め尽くされ、スパチャの通知音が鳴り響く。
天界のオフィスでモニターを見つめるワイズも、「よし、ここまでは台本通りだ……!」とガッツポーズを握った。
しかし。
現場(ポポロ村)の空気は、ゼロスの想定とは全く違う次元で冷え切っていた。
「……誰だアイツ? ピカピカ光ってて鬱陶しいんだが」
「あーあ。せっかく収穫した『ネタキャベツ』を踏んづけてるわ。後で弁償させなきゃ」
暗殺包丁を持ったリアンと、安全靴を履いたキャルルは、ゼロスを「救世主」ではなく「ただの害虫(2匹目)」を見るような冷ややかな目で見ていた。
そして、最も困惑していたのは、討伐される側の悪役・ミラースである。
「な、なんだ貴様は……? というか、お前が来る前に、我はこのコックとウサギ女に『食材』として解体されそうになっていたのだが……?」
「黙れ、薄汚い魔族め! お前の悪逆非道な振る舞い、この勇者ゼロスが天に代わって成敗してやる!」
ゼロスはミラースの正論を完全に無視し、ユニークスキルを発動した。
『スキル【マネー(重課金)】発動!』
チャリーンッ!!
ワイズの無限スマホからシステムを通じて送金された「莫大な資金(予算)」が、ゼロスのステータスに変換される。
筋力SSS、敏捷SSS、魔力SSS。
金にモノを言わせた神の領域のステータスが、ゼロスの肉体を包み込んだ。
「いくぞ! ハァァァァッ!!」
ゼロスは地面を蹴り、目にも留まらぬ神速でミラースへと肉薄した。
その速度と闘気は本物だった。ミラースすら「はやっ!?」と反応しきれないほどの圧倒的なスピード。
ゼロスはオリハルコンソードを大きく振りかぶり、最強のステータスで全力の一撃を――
ブチブチブチィィィッ!!!
「……ん?」
剣を振り下ろす寸前。
ゼロスの体内から、絶対に鳴ってはいけない『生々しい破断音』が響き渡った。
「…………い、いっ……」
「は?」
ミラースがポカンと口を開ける前で、ゼロスの顔面からスゥゥッと血の気が引いていく。
「いっっっっっだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!? 腕つったぁぁ!! アキレス腱切れたぁぁぁぁっ!!?」
ガシャァァァンッ!!
ゼロスはオリハルコンソードを放り投げ、地面をのたうち回りながら、子供のように大号泣し始めた。
「痛いぃぃぃ! 痛い痛い痛い!! ムリ! こんなの聞いてない! 筋肉が、筋肉が千切れるぅぅぅ!!」
――ゼロスは致命的な勘違いをしていたのだ。
スキル【マネー】で上がるのは、あくまで「ステータス(数字)」だけ。
彼の貧弱な精神力(胆力)や、痛覚、そして「超常的な負荷に耐えうる筋肉と腱の柔軟性」までは、金では買えなかったのである。
神速で走り、全力で剣を振った際の凄まじいG(重力加速度)と筋肉の収縮に、ゼロスの軟弱な肉体は一瞬で悲鳴を上げ、自壊したのだ。
「うぇぇぇん! ママァァ(※ワイズのこと)! もう帰るぅぅ! 治療してぇぇぇ!!」
鼻水と涙で顔をぐしゃぐしゃにして泣き叫ぶ勇者の姿が、ドローンの高画質カメラを通じて、世界中にノーカットで生配信されていた。
『(コメント欄)…………え?』
『(コメント欄)なにしてんのコイツwwww』
『(コメント欄)自分から突っ込んで勝手に自爆したぞwwww』
『(コメント欄)アキレス腱切れたってマジ? ダサすぎるだろww』
『(コメント欄)クソワロタww これコント番組?ww』
賞賛とスパチャで埋め尽くされていたコメント欄が、一瞬にして『大爆笑と大草原(www)』へと反転した。
「ふ、ふざけるなッ! 立てゼロス! 痛いフリでもなんでもいいから立って戦え! 絵面が最悪だろうが!!」
天界のオフィスで、炎上神ワイズがフラペチーノを壁に投げつけながら発狂する。
「な、なんだこれは……。我が相手をしているのは、全員道化なのか……?」
ミラースは完全に毒気を抜かれ、妖刀を下げて呆然と立ち尽くしていた。
「あー痛い! 痛い! 痛いぃぃぃ……!」
ゴロゴロ、ゴロゴロ。
地面をのたうち回るゼロスは、そのままポポロ村の広場を転がっていき――広場の端にある『小さな家庭菜園』へと、背中から勢いよく突っ込んでしまった。
バキィッ!!
「あ……」
キャルルとリアンが、血の気を引かせて固まった。
「いたぁ……。なんだよこの雑草! 俺の神聖な鎧が泥だらけに……」
ゼロスが文句を言いながら、踏み潰した草をむしり取った、その時である。
「…………あ。アタシの、明日の朝ごはん(オーガニックな雑草)が……」
ポポロ屋の勝手口から。
両手にパンの耳を握りしめた、ピンク色の芋ジャージ姿の少女――極貧アイドル・リーザが、潰された自分の「大事な食料」を見て、絶望の表情で立ち尽くしていた。
「ひぃぃっ! り、リーザちゃん! 落ち着いて!」
「マズいぞ……。アレはただの雑草じゃねぇ。アイツが毎日水やりして育ててた『貴重な無農薬のタダ飯』だぞ……!」
キャルルとリアンが後ずさる中。
リーザの瞳の奥に、かつてないほどの強欲で狂気的な炎が、メラリと燃え上がった。




