EP 2
「ダークファンタジーVS農業村の日常(ネタキャベツ収穫祭)」
ルナミス帝国、獣人王国、魔皇国の国境が交わる緩衝地帯。
そののどかな平原を見下ろす丘の上に、漆黒のローブを翻す男が立っていた。
魔王軍のネフィリム(禁忌の混血)にして、炎上神ワイズの放った刺客・ミラースである。
「……見下ろすだけで吐き気がする。平和ボケした下等生物どもめ」
ミラースの周囲には、濃密な闇のオーラが立ち込めている。彼の斜め上空では、ワイズが手配した『ステルス魔導カメラドローン』が静かに浮遊し、この凶行をゴッドチューブで全世界へ生配信していた。
『(コメント欄)おっ、ワイズPの新作配信キタ!』
『(コメント欄)ネフィリムじゃん! ガチのヤバい奴だ……ポポロ村終わったな』
『(コメント欄)早く逃げてえええ!!』
コメント欄が期待と恐怖で盛り上がる中、ミラースは妖刀『哭刀』をゆっくりと引き抜いた。
「さぁ、宴の始まりだ。貴様らの安寧の地を、我が深淵の業火で焼き尽くしてくれる……! 泣き叫べ! 絶望に染まれ!!」
ミラースが刀を天に掲げると、空がどす黒い雲に覆われ、巨大な『暗黒の火球』が複数生み出された。一発で城壁を消し飛ばすほどの、規格外の闇魔法。
彼はそれを、無慈悲にポポロ村の広場へと撃ち放った。
ズドゴォォォォォォォォンッ!!!
天地を揺るがす轟音。
巻き上がる黒煙。
ミラースは恍惚の表情を浮かべた。さぁ、鼓膜を破るほどの悲鳴を聞かせてみろ。
……しかし。
黒煙が晴れた後、ミラースの視界に飛び込んできたのは、**『無傷のポポロ村』**であった。
村の上空には、蜂の巣のような六角形の光の壁――ドンガン地下帝国から密輸された最新鋭の『魔導防衛フィールド』が、何事もなかったかのように展開されていたのである。
「……は?」
ミラースの動きが止まった。
魔王軍の幹部クラスが放った本気の暗黒魔法が、ただの農業村の結界に傷一つつけられなかったのだ。
「な、なんだと……!? 結界だと!? ええい、ならば結界ごと切り刻んでくれるわ!!」
ミラースは丘を蹴り下り、マントを翻してポポロ村の入り口へと猛ダッシュした。
防衛フィールドの境界線ギリギリに立ち、中にいる村人たちに極限の恐怖を与えてやろうと、妖刀にありったけの闇のオーラを込めて構えた。
「震えろ人間ども!! 我はネフィリムのミラース! 貴様らに死と絶……」
「――ちょっとアンタ! 邪魔よ! そこどきなさい!!」
「へ?」
ミラースの耳に届いたのは、絶望の悲鳴ではなく、ヤンキー顔負けのガチギレの怒声だった。
村の入り口の畑。そこには、麦わら帽子にタローマン製の特注安全靴を履き、汗だくで農作業をしている村長・キャルル(月兎族)の姿があった。
「いま、村は『ネタキャベツ』の収穫期で猫の手も借りたいくらい忙しいのよ! アンタのその薄暗いオーラで日差しが遮られたら、キャベツの甘みが落ちるでしょ! カラスの魔物ならシッシッ! どっか行きなさい!」
「カ、カラス……? 我が!? 貴様、我の恐ろしさが分からんの……」
「(隊長が昨日、ポポロ村のキャバクラでぼったくられてましたよぉ! 隊長が昨日……!)」
「ひぃぃっ!?」
突然、ミラースの足元から、テレパシーのような不気味な声が響き渡った。
見れば、畑に植わっている大量の『キャベツ』たちが、顔のような模様を浮かべて、一斉に三面記事のゴシップ(ルナミス帝国軍の不祥事など)を大声で叫び回っているではないか。
「な、なんだこのおぞましい植物は……!? 呪われているのか!?」
「あーもう! ネタキャベツがアンタの闇オーラに反応して、余計にうるさくなっちゃったじゃない!」
ドンッ!!
キャルルが安全靴で地面を踏み鳴らすと、マッハの速度でミラースの目の前まで瞬間移動してきた。
「聞いてんの!? 収穫の邪魔だから、さっさと帰りなさい!」
「ふ、ふざけるな……! 我はワイズ様の命により、貴様らを惨殺しに来たのだ! この妖刀・哭刀のサビに……!」
ミラースが青筋を立てて刀を振り上げようとした、その瞬間。
「……おい。誰だ、店の裏口で騒いでるドサンピンは」
ポポロ屋の勝手口から、絶対零度の殺気を纏った男が現れた。
血まみれのエプロン姿。その手には、先ほどまで極上・海王マグロを解体していた『巨大な暗殺包丁』が握られている。元・暗殺者の料理人、リアンである。
「り、リアンさん! このカラス男が、日照りを邪魔してキャベツの鮮度を落とそうとしてるの!」
「……チッ。ただでさえネタキャベツは収穫のタイミングが命だってのに。鮮度が落ちたら、今日の『ロールキャベツ(ポポロおでん出汁仕立て)』が台無しにならぁな」
リアンは、暗殺包丁についたマグロの血をペロッと舐め取り、ギラギラと輝く猛禽類のような目でミラースを睨みつけた。
「おい、カラス野郎。……お前の肉、煮込んだら良い出汁出るか?」
「ヒッ……!?」
ネフィリムであるミラースの背筋に、本能的な死の悪寒が走った。
目の前にいるのは、ただのコックではない。数え切れないほどの命を刈り取ってきた、正真正銘の『死神』の気配。
(な、なんだこの村は……!? 結界は帝国軍の本陣より硬く、村娘は俺の眼で追えないほどの神速……! そしてこのコック、俺を『食材』としか見ていないだと……!?)
カメラドローン越しに生配信されているゴッドチューブのコメント欄も、完全に空気が変わっていた。
『(コメント欄)え、ネフィリムさん、なんかビビってない?』
『(コメント欄)つーかあのウサギの女の子の脚力ヤバすぎだろww』
『(コメント欄)料理人のお兄さん、目が完全にキマってる件』
『(コメント欄)悲劇のダークファンタジー枠じゃなかったの?ww』
炎上神ワイズが描いた『凄惨な虐殺ショー』の台本は、開始わずか3分で、ポポロ村の「農作業の忙しさ」と「飯への異常な執念」によって、無惨にもシュールなギャグへと塗り替えられてしまったのである。
「く、屈辱だ……! こんなフザケた田舎村……我が全力の闇魔法で、塵一つ残さず……!」
ミラースがプライドを賭けて、自身の命を削る『自爆級の禁呪』を詠唱しようとオーラを練り上げた、まさにその時。
『――待たせたな! かわいそうな村人たち!!』
上空から、キラキラとした光のパーティクルと共に、空気を全く読まない場違いな声が響き渡った。
ワイズの台本における「主役」――課金勇者ゼロスの、見計らったような遅すぎるご登場であった。




