第七章 炎上神の台本崩壊! ポポロ村・絶対防衛メシ
「炎上神ワイズの苛立ちと、最悪のプロデュース」
天界の一角。
女神ルチアナの散らかったコタツ部屋とは対極にある、ガラス張りで無機質な『意識高い系ITオフィス』のような空間。
そこに、最近神界に中途採用(?)でやってきた新入りの男神――炎上神ワイズの苛立たしい舌打ちが響き渡っていた。
「……あり得ない。なんだこのトラフィックの異常値は」
ワイズは、純白の高級ソファに深く腰掛けながら、片手にグランデサイズの『天使の微糖フラペチーノ』を持ち、もう片方の手で最新型のエンジェルすまーとふぉん(限度額無限の漆黒ブラックカード仕様)を親指で猛烈にフリックしていた。
彼の視線の先にあるのは、神々の動画サイト『ゴッドチューブ』の総合ランキング画面である。
【総合1位】3億2000万PV
『【神回】極貧アイドルが本気で歌ったら、ヤクザのボスが泣き崩れた件www』
「ぽっと出の地下アイドルが、カニの匂いに釣られて歌っただけの動画が、3億PVだと……? ふざけるな。ルチアナやカグヤのやってる『ほのぼのコメディ路線』なんて、とっくにオワコンなんだよ!」
ワイズは、自身の教養のバイブルである『群衆心理』や『影響力の武器』を机に叩きつけた。
彼の信条は明確だ。人間という愚かな群衆を最も効率よく動かし、莫大なPV(金)と信仰を集めるコンテンツ。それは「悲劇」と「復讐」、そして「血なまぐさい怒り(ヘイト)」である。
彼が裏でプロデュースした『魔族に村を焼かれた少年が、暗殺者になって復讐する胸糞ダークファンタジー』の動画は、確かに1千万PVを稼いだが、リーザの理不尽なアイドル動画の前には赤子同然だった。
「……大衆は刺激に飢えている。中途半端な悲劇ではもう満足しない。ならば、もっと最悪で、もっと絶望的な『炎上企画』をブチ上げて、その数字ごと俺が喰い尽くしてやる……!」
ワイズはスマホを操作し、裏回線で自身の『専属タレント(駒)』たちをモニターに呼び出した。
『――はい、どーも! みんなの希望の星、勇者ゼロスだよっ☆ 今日も魔物から可哀想な子供たちを守ってきたよ! みんな、いつも応援ありがとね!』
モニターの右半分に映し出されたのは、聖なる鎧とミスリルマントに身を包んだ、非の打ち所がないイケメン勇者・ゼロス。
……しかし、彼がカメラの録画ボタンを切った瞬間、その爽やかな笑顔は汚物を見るような冷酷な顔へと豹変した。
『あー、クソッ。ガキの鼻水が鎧についたじゃねぇか。おいスタッフ、早く除菌シート持ってこい! つーかワイズ、今日の配信のギャラ(課金ステータス)、ちゃんと振り込んだだろうな?』
「あぁ。お前のユニークスキル『マネー(重課金)』用の予算は、俺の無限カードから送金済みだ。ステータスはまた跳ね上がってるはずだぞ」
ゼロスは『P2W(Pay to Win=課金すれば勝てる)』の申し子である。
金さえ積めば努力ゼロで神の領域のステータスを得られる彼にとって、勇者の使命など「承認欲求と金を満たすためのインフルエンサー活動」でしかなかった。
「それよりゼロス。次はお前に、史上最大の『英雄』になってもらう特大の台本を用意した」
『へぇ。どんな台本? まーた、お涙頂戴の村でも救えばいいわけ?』
「そうだ。だが、今回は規模が違う。……ミラース、繋がっているな?」
ワイズが呼びかけると、モニターの左半分に、漆黒の闇に包まれた男が映し出された。
魔王軍のネフィリム(禁忌の混血)にして、世界への憎悪を煮えたぎらせるダークファンタジーの権化、ミラースである。
『……我を気安く呼ぶな、薄汚い神もどきが。我が手にある妖刀・哭刀が、貴様の血を啜りたがって泣いているぞ……』
「相変わらず痛々しいセリフ回しだな。だが、その『ガチの悪役オーラ』が画面映えするんだ。お前には次の魔王の座を約束してやる。その代わり、俺の台本通りに動け」
ワイズは、空中にアナステシア全土のホログラムマップを投影し、ある一点を指し示した。
ルナミス帝国、獣人王国、魔皇国の国境が交わる緩衝地帯。
「お前たちの次の舞台(ロケ地)は、この『ポポロ村』だ」
ワイズの口から、致命的な名前が飛び出した。
「まず、ミラース。お前がネフィリムの絶望的な力で、この村を徹底的に蹂躙しろ。村人を恐怖のどん底に叩き落とし、大量の血を流せ。悲劇が深ければ深いほど、数字(PV)は跳ね上がる」
『……フッ。造作もない。下等な虫ケラどもに、我が深淵の絶望を刻み込んでやろう……』
「そして、村が業火に包まれ、誰もが神に祈りを捧げるその絶望のピークで――ゼロス、お前の出番だ」
『なるほどね! 俺が颯爽と駆けつけて、この痛いネフィリムのオッサンをボコボコにして、生き残った村人たちを抱きしめて涙を流すわけだ!』
ゼロスは懐から『目薬』を取り出し、ポトリと瞳に落として悲劇のヒーローの顔を作った。
『――ごめん! 俺の到着が……あと少し早ければ……ッ!(泣)』
「完璧だ。その偽善の涙で、ゴッドチューブの視聴者の同情とスパチャは限界突破する」
ワイズは下卑た笑いを浮かべた。
彼がなぜ自分で手を下さないのか。それは、天界の絶対調停者『聖獣機神ガオガオン』の第1法(戦争扇動・虐殺への絶対焼却)を恐れているからだ。
「あくまで俺はプロデューサー。魔族が勝手に村を襲い、勇者が勝手に救っただけ。この『自己責任の抜け道』がある限り、ガオガオンの炎は俺には届かない」
ワイズは勝利を確信していた。
「所詮ポポロ村は、三カ国の間に挟まれた貧しいド田舎の農業村だ。防衛力など皆無の、使い捨ての舞台にはお誂え向きの場所さ」
……しかし、彼は全く知らなかった。
その「貧しいド田舎の農業村」が。
マッハ1で敵の顎を砕く月兎族の村長と、相手の口座を凍結させる守銭奴の猫耳族、元暗殺者の天才料理人、そして、海神すらワンパンで泣き落とす強欲のアイドルが住む、最新鋭の魔導兵器で完全武装された『難攻不落のメシウマ要塞』であることを。
「さぁ、行くぞお前たち! 最高の悲劇を配信し、あの人魚の娘からランキング1位の座を奪い返すんだ!!」
かくして、読者のヘイトを極限まで煮詰めた最悪の炎上プロデュース陣営は、自らの破滅へと続く片道切符を握りしめ、意気揚々とポポロ村へと進軍を開始したのである。




