EP 13
「海神の進軍! ポポロ村、絶体絶命の危機」
翌日の昼下がり。
ポポロ村の上空は、季節外れのどんよりとした暗雲に覆われていた。
「……なんだ? 急に生臭い風が吹いてきやがったぞ」
自警団の詰所で空を見上げていた竜人のイグニスが、鼻をヒクつかせた。
次の瞬間。村の近くを流れる大河(ルナミス帝国から海へと続く水脈)が、あり得ないほどの轟音を立てて逆流を始めた。
ゴゴゴゴゴゴゴッ……!!!
「な、なんだあれは!?」
「ひぃぃぃっ! 川から……山みたいな波が来るぞぉぉ!!」
村人たちが悲鳴を上げて逃げ惑う中、数十メートルに達する巨大な水柱が立ち上り、そのままポポロ村の広場へと雪崩れ込んできた。
ザザァァァァァンッ!!
大量の海水と共に村の広場に顕現したのは、悪夢のような光景だった。
家屋を踏み潰すほど巨大な『クラーケン(超巨大イカ)』。
空を泳ぐ『リヴァイアサン級の海竜』。
そして、鋭い槍と三叉槍を構えた数万の『魚人族の精鋭部隊』である。
そして、その中央。
巨大な真珠の神輿に乗り、般若のような怒りの形相を浮かべた美しき海の女王――リヴァイアサンが、ポポロ村を見下ろしていた。
「よくも……よくも我が愛しの娘を!! 薄汚い地上の泥にまみれさせ、鳩の餌を食わせるなどという屈辱を味わわせたな!!」
女王の怒号が、雷鳴のように村中に響き渡る。
Aランク魔物すら逃げ出す圧倒的な神のオーラ。
「全軍、突撃せよ!! 娘を囲い込んでいるこの村を海に沈め、ルナミス帝国の大地を塩の砂漠に変えてくれるわ!!!」
「「「ウオォォォォォ!!(※魚人たちの雄叫び)」」」
ついに、海神による地上殲滅作戦が開始された。
絶体絶命の危機。ポポロ村は終わりだ。誰もがそう思い、絶望の淵に立たされた……かに見えた。
「ひぃぃぃぃ!! お、お母様がガチギレで攻めてきたわぁぁ!!」
「ちょっとリーザ! あんたが鳩の餌なんか美味しそうに食べるからよ!!」
ポポロ屋の店内では、リーザとキャルルが抱き合ってガクガクと震えていた。
窓の外には、触手をうねらせる巨大クラーケンや、ハサミを振り回すタラバガニの魔物、そして丸々と太った高級魚の魚人たちがひしめき合っている。
「どうしようリアン君! 村が、村が沈められちゃう!!」
キャルルが涙目で厨房を振り返る。
しかし、そこに絶望する男の姿はなかった。
「…………ほう」
元・暗殺者の料理人リアンは、窓の外の『深海軍勢』を、どこかウットリとした、ギラギラと輝く狩人の目で見つめていた。
「おい、キャルル。見ろよアレ。……あのクラーケン、吸盤の厚みからして最高の弾力だぞ。刺身にしたら何百人前だ? あのタラバガニの魔物も、身がギッシリ詰まってやがる」
「え? リ、リアン君……?」
「魚人部隊の連中も、ただの魚じゃねぇな。……『極上霜降りマグロ』の魚人や、『天然真鯛』の将軍クラスがウヨウヨいるじゃねぇか。最近、内陸で美味い海鮮が手に入らなくて困ってたんだよなぁ……」
リアンは静かに、しかし絶対零度の殺気を漂わせながら、厨房の壁に掛けてある『マグロ解体用の特大包丁(兼・暗殺用の大剣)』を手に取った。
シャコォォォ……ッ。
砥石で刃を滑らせる、冷たくて重い音が店内に響く。
「……よし。今夜のまかないは、『深海魔物・特上海鮮丼(アラ汁付き)』に決定だ。……イグニス! フェンリル! 新鮮なうちに水揚げ(殲滅)するぞ!!」
「おうっ! 海鮮丼のためなら、海神だろうがなんだろうが凍らせてやるぜ!」
「しゃあねぇ! 極上マグロのトロは俺のモンだ!」
恐怖で泣き叫ぶ海神の娘の横で。
ポポロ村の頭のおかしい戦闘要員たちは、世界滅亡の危機を『ただの巨大な産地直送・海鮮デリバリー』としか認識していなかったのである。
「ちょっと待ってぇぇぇ!! お母様を! お母様を三枚におろさないでぇぇぇ!!」
リーザの悲痛なツッコミ(事実)が響く中、包丁を持ったリアンが、満面の悪魔の笑みを浮かべてポポロ屋の扉を蹴り開けた。




