EP 12
「放送事故と、深海からの激怒」
その日の夜。ポポロ屋の店内には、珍しく重苦しい静寂が落ちていた。
壁に掛けられたルナミス帝国製の魔道テレビ。
そこには、悲壮感たっぷりのBGMと共に、泥だらけのエプロン姿で鳩と死闘を繰り広げるリーザの姿が、高画質で映し出されていた。
『……かつて、親善大使として光り輝いていた人魚姫。しかし、今の彼女の主食は……なんと、公園のお婆ちゃんが撒く【鳩の餌】だったのです……!』
『見てください、この健気な笑顔を。彼女は自らを奮い立たせるように、パン屑を【オーガニック食材】と呼んで頬張りました……ッ!』
テレビの中のナレーションが、涙声でリーザの極貧生活(本人は大満足)を煽り立てる。
画面の隅には**『転落人生スペシャル・元親善大使の涙』**という極太のテロップが踊っていた。
「…………」
ポポロ屋の厨房で、リアンがお玉を落とした。
カウンター席では、村長キャルルのウサギ耳が、これ以上ないほどだらんと垂れ下がっている。
「……ねぇ、リーザ。あんた……今日公園で何やってたの……」
「えっ!? だから、オーガニックなお豆の収穫よ! ほら、テレビにもバッチリ映ってるでしょ!? 私、やっぱりアイドルとして帝国で求められてるのよぉ☆」
リーザ本人は、自分が「悲惨な転落人生の象徴」として全国ネットで晒し者にされていることに全く気づかず、画面の前で「ポンポコポンポーン☆」とVサインを決めていた。
「バカ! アホ! ポンコツ人魚! これじゃあ、あんたが帝国で底辺の生活を送ってるのが、全世界にバレちゃったじゃないの!!」
キャルルが頭を抱えて絶叫する。
「あはっ☆ でも、鳩さんと戦うリーザちゃん、とってもアグレッシブで素敵ですよぉ♡」
ルナだけは呑気に拍手をしているが、リアンは冷や汗を拭いながら、魔道テレビの電源を叩き切った。
「……おい。この電波、まさか海中の『シーラン』にも届いてねぇだろうな?」
リアンの不吉な予感に、リーザが満面の笑みで答える。
「もちろん届いてるわよ! お母様、私が出るからって、シーラン中の大広間に超巨大モニターを設置して『パブリックビューイング』するって言ってたもん!」
「「「…………終わった」」」
ポポロ村の面々は、その瞬間、自らの命日が近いことを悟った。
時を同じくして。
ルナミス帝国の遥か沖合、深海一万メートルに位置する海中国家・シーランの王宮。
「さぁ皆の者! 我が愛しの娘、リーザの栄光のステージが映るわよ! 瞬きせずに刮目なさい!」
豪奢な真珠の玉座に腰掛けるのは、圧倒的な美貌と、恐るべき神気を放つ海の女王・リヴァイアサン。
彼女の号令のもと、何万もの人魚や魚人族の兵士たちが、期待に胸を膨らませて巨大モニターを見上げていた。
彼らは皆、リーザが帝国で大成功し、VIP待遇を受けていると(手紙によって)本気で信じ込んでいるのだ。
そして、テレビの電源が入り、映像が映し出された。
『……とったどぉぉぉぉ!!!(※鳩とパン屑を奪い合う愛娘)』
『……美味しいっ♡(※泥まみれで鳩の餌を食う愛娘)』
「…………え?」
巨大モニターに映し出された、あまりにも残酷な現実。
VIP待遇のカツ丼でも、大観衆の前のステージでもない。
そこにあるのは、異国のド田舎の公園で、鳥類と生存競争を繰り広げる『極貧の娘の姿』だった。
王宮が、文字通り水を打ったように静まり返った。
魚人兵士たちのエラ呼吸の音すら止まった。
「……り、リーザ……? 鳩の……餌……?」
玉座のリヴァイアサンの声が、震えていた。
彼女の美しい顔からスッと表情が消え、深い、深い深海の闇のような漆黒のオーラが、その全身から立ち昇り始めた。
「……帝国の、下等な地上の者ども……」
ゴゴゴゴゴゴゴッ……!!
シーランの王宮全体が、いや、周囲の海域そのものが、凄まじいプレッシャーで軋み始めた。
海水が沸騰し、海底火山が共鳴するようにポコポコと泡を吹き出す。
「我が……我が目に入れても痛くない、世界一可愛い愛娘に……!!」
リヴァイアサンの瞳が、憤怒の赤に染まり上がった。
「鳩の餌を食わせただとォォォォォォォッ!!??」
ズッドォォォォォォォンッ!!!
女王の絶叫と共に、深海の海流が爆発した。
海面が真っ二つに割れ、天を衝くほどの巨大な水柱がルナミス帝国の沖合に何本も立ち昇る。
「許さぬ! 絶対に許さぬぞ地上の者ども!! 全軍、出撃の準備をせよ!! ルナミス帝国、そしてリーザを囲っているポポロ村を、海の底に沈めてくれるわ!!!」
愛娘を想うあまりの、究極の過保護と大いなる勘違い。
ここに、ルナミス帝国およびポポロ村の存亡をかけた、海神リヴァイアサン率いる深海軍勢の『理不尽すぎる大侵攻』が幕を開けたのである。




