EP 7
「迷子のドラゴン、特盛カツカレーの匂いに釣られる」
ポポロ村の中央広場。
そこにある木製のベンチに、一人の男が深く腰掛け、虚ろな目で地面を突く鳩を見つめていた。
真っ赤な鱗に覆われた肌、額から生えた立派な二本の角、そして背中には折り畳まれた竜の翼。背負っているのは、身の丈ほどもある巨大な両手斧。
竜人族の若き戦士、イグニス・ドラグーン(25歳)である。
「……クルックー」
「……俺様は、こんな筈じゃなかったのに」
イグニスは、懐からクシャクシャになった手紙の写しを取り出し、深いため息をついた。
それは、故郷の「竜人の里」に送ってしまった手紙の控えだ。
『親父! お袋! 俺様は人間達の街ですぐに英雄扱いされて、広場には俺の純金の像が建ったぜ! 仕送りはいらねぇ、ガハハ!』
「……今更、帰れねぇよなァ」
彼は頭を抱えた。
現実は、純金の像どころか「無一文のホームレス」だ。
◇ ◇ ◇
――数週間前。
『こんな田舎臭い里で一生を終える俺様じゃねぇ!』と、里の「試練の門」を守る門番たちを、自慢の必殺技『イグニス・ブレイク』でなぎ倒し、意気揚々と上京したまでは良かった。
だが、ルナミス帝国の冒険者ギルドで待っていたのは、冷酷な現代社会(マニュアル対応)の壁だった。
『登録には身分証と、報酬振込用の「魔導通信石(5万円)」が必要です』
『えっ? 俺様、そんな石持ってない……』
『では、初期費用としてギルドから貸し出しますが、当然利子が付きます』
出鼻を挫かれつつも登録したが、初仕事で特大のやらかしをした。
ゴブリン討伐の際、張り切りすぎて竜人族特有の『大火炎』で森ごと焼き払い、納品するはずの耳や皮まで消し炭にしてしまったのだ。
『バカ野郎! 素材を炭にしてどうする! お前みたいな火力バカはパーティには入れられん! クビだ!』
結果、ギルドを追放され、所持金ゼロ。
日雇いの土方と炊き出しの豚汁で食いつなぐ生活に転落した。
そして今、その炊き出しの列に並ぶプライドすらへし折られ、この辺境のポポロ村まで流れ着いてしまったのだ。
グルルルルル……!
腹の虫が、雷鳴のように鳴り響く。
「……腹減った。もう、あの鳩でも焼いて食うか……」
イグニスが凶悪な目で鳩をロックオンした、その時だった。
フワッ……。
風に乗って、暴力的なまでに食欲をそそる「スパイシーな香り」が漂ってきた。
肉を炒める脂の匂い。鼻腔を突き抜ける複雑なスパイスの刺激。そして、炊きたての米の甘い香り。
「な、なんだこの匂いは……!?」
イグニスは本能的に立ち上がった。
ドラゴンの嗅覚が、DNAレベルで告げている。この先に、至高のエネルギー源があると。
◇ ◇ ◇
「いらっしゃいませ」
イグニスがふらふらと匂いに吸い込まれたのは、丘の上に建つガラス張りの店『ポポロ屋』だった。
清潔な店内。見たこともないピカピカの設備。
「……客か? ずいぶん腹を空かせてるみたいだが」
カウンターの中には、純白のコックコートを着た優男がいる。
イグニスは、なけなしのプライドを奮い立たせ、ドカッと椅子に座って虚勢を張った。
「ふん、俺様はイグニス・ドラグーン。次期竜王になる男だ。……貴様、いい匂いをさせてるな。この俺様に相応しい、一番ガツンとくる料理を出せ!」
「(……文無しの目をしているな)」
リアンは一瞬で客の財布事情を見抜いたが、元シェフとして「限界まで空腹の客」を追い返すことはしなかった。
「あいよ。ガツンとくるやつな」
リアンが厨房で動き出す。
ジュワアアアッ!
分厚い肉に衣をつけ、油で揚げる音。
そして、圧力鍋の中でグツグツと煮込まれる漆黒のソース。
「お待ちどう。『ロックバイソンの特盛カツカレー』だ」
ドンッ!!
目の前に置かれたのは、洗面器のような巨大な皿に盛られた黄金色の『米麦草』。
その上には、ロックバイソンの極厚ロース肉を使った300gの巨大カツ。
そして、それらを全て覆い尽くす、黒光りする激辛カレーソースだ。
「こ、これが……?」
ゴクリ。
イグニスはスプーンを掴み、震える手で一口食べた。
パクッ。
「――ッ!?」
カッ!!
イグニスの口から、思わず小さな火炎が漏れた。
「辛ぇ! ……けど、なんだこの尋常じゃないコクは!? 辛さの奥から、野菜と果物の甘みが津波のように押し寄せてきやがる!」
次はカツだ。
サクッ。ジュワッ。
衣の香ばしさと、ロックバイソンの野性味あふれる肉汁が口内で爆発する。それをスパイシーなカレーが包み込み、米がすべてを受け止める。
「う、うめぇ……! なんだこれ、うめぇえええええ!!」
イグニスは泣いた。
故郷を出てから、乾パンと水、たまの豚汁しか口にしていなかった胃袋に、リアンの料理が容赦なく染み渡る。
ガツガツガツ!
彼はスプーンをスコップのように使い、特盛カツカレーを息もつかずに飲み干した。
「ふぅ……。食った……。俺様は今、生きてるぞぉぉ……!」
完食し、満足げに腹をさするイグニス。
だが、ここで重大な事実に直面する。
(……金がねぇ)
チラリとリアンを見る。
一見ただの優男に見えるが、纏っている空気が只者ではない。食い逃げしたら、間違いなく命はないという野生の勘が警鐘を鳴らしている。
イグニスは滝のような冷や汗を流しながら、意を決して立ち上がった。
「……店主。礼を言う。最高の味だった」
「そいつは良かった。代金は銀貨1枚と銅貨2枚(1200円)だ」
「……金はない」
「だろうな」
リアンは表情一つ変えずに言った。
イグニスはテーブルに手をつき、必死に叫んだ。
「だ、だが俺様は竜人族のエリートだ! 出世払いで……いや、俺様の『イグニス・ブレイク』で裏山の木を全部切り倒してやる! だから見逃してくれ!」
「木こりか。……悪くない提案だ」
リアンはニヤリと笑った。
その笑顔は、かつて帝都の裏社会を震え上がらせた「死神」の顔だった。
「ちょうど、裏の太陽芋の収穫と、ロックバイソンの世話係が欲しかったんだ。お前、体力と頑丈さには自信あるだろ?」
「あ、ある! 岩をも砕く剛力だ!」
「よし。じゃあ今日からウチの『従業員(下っ端)』だ。労働の対価として、まかないと寝床は提供してやる」
「ほ、本当か!?」
イグニスの目が輝いた。
あの美味い飯が毎日食える。野宿しなくていい。それだけで、今の彼には天国だった。
「その代わり、皿を一枚でも割ったら給料天引き、サボったら夕飯抜きだからな」
「うっ……ぜ、善処する!」
こうして、ポポロ屋に新たな(トラブルメーカー兼)労働力が加わった。
最強の元・暗殺公爵リアンと、見栄っ張りだがちょろい竜人イグニス。
ポポロ屋の賑やかな日常は、さらなるカオスへと加速していく。




