EP 6
「落ち玉回収のプロと、サバ缶の錬金術」
ルナミス帝国・歓楽街の中心にある大型パチンコ店。
店内は鼓膜を劈くような大音量と、ギラギラとしたネオンの光に満ちていた。
その新台コーナーのど真ん中。
狼王フェンリルは、血走った目で『CR異世界転生トラックでドン!』のハンドルを握りしめていた。
「いっけぇぇぇ!! 主人公が横断歩道に出たぞ! ここでトラックが突っ込んでくれば……確変(大連チャン)だァァァ!!」
画面の中で、青信号を渡る冴えない主人公に、猛スピードでデコトラが迫る。
液晶の周りの役物が激しくフラッシュし、「ピュイイイイン!!」と激アツの確定音が鳴り響きそうになった、その瞬間。
主人公は華麗なサイドステップでトラックを躱し、何事もなく無事に横断歩道を渡り切ってしまった。
画面にデカデカと表示される『ハズレ(今日も平和だなァ)』の文字。
「……なんで避けんだよォォォ!! そこは撥ねられろやァァァ!!!」
バンッ!! バンッ!!
フェンリルは台のガラス枠を怒りに任せて叩きまくった。
「おいリーザ!! お前の『幸運バフ』はどうなってんだよ! 全然当たらねぇじゃねぇか!!」
フェンリルが振り返って怒鳴るが、彼の後ろのパイプ椅子に座っているはずのリーザは、どこか上の空だった。
彼女の目は、液晶画面の激アツ演出でもなく、フェンリルの怒りでもなく……『床』に釘付けになっていたのだ。
「……あ、あそこにも一つ。こっちの角にも三つ……♡」
リーザの瞳に映っていたのは、客が落として転がっていった『銀色のパチンコ玉(通称:落ち玉)』である。
カジノでの丁半博打は「純粋な運(リーザの歌声のバフ)」が通じた。しかし、帝国のパチンコは釘調整と確率の完全なプログラム(物理と店長の悪意)である。
しかもリーザは今、歌うことを忘れていた。極貧地下アイドルにとって、目の前に落ちている銀玉は「お金そのもの」だったからだ。
「おい、聞いてんのか嬢ちゃん! 俺様の軍資金がもう……!」
「はいはーい、ちょっと待っててねぇ~☆」
リーザはフェンリルが台を叩いて店員の注意を引いている隙を突き、スッ……と椅子から滑り降りた。
そこからの動きは、まさに『プロフェッショナル』であった。
タタタッ、と足音を一切立てない華麗なステップ。
島端を巡回する店員の死角を完全に読み切り、通路に落ちている銀玉を、靴の裏に仕込んだガムテープ(お手製)でペタッ、ペタッと回収していく。
「あ、あそこのお爺さんの足元に……五玉のクラスター(群れ)が!」
リーザは「あーっ、コンタクト落としちゃったぁ~」とわざとらしくしゃがみ込み、お爺さんの足元から銀玉を根こそぎ回収。
さらに、玉詰まりでイライラしているおばちゃんの横を通り抜ける一瞬の隙に、ドル箱からこぼれ落ちた玉を素手でキャッチするという神業(スリの一歩手前)まで披露した。
「す、すごい……! 今日は大漁よ! これで今週の食費が……ッ!」
エプロンのポケットが、ズッシリと重い銀色の輝きで満たされていく。リーザの顔に、アイドルとしての最高の笑顔が咲き誇った。
数時間後。
「…………クソが」
パチンコ店の景品カウンター前。
そこには、財布の中身(全財産)を完全に吸い取られ、明日のタバコ代すら失って真っ白に燃え尽きたフェンリルの姿があった。
激アツリーチを五回外し、トラックには一度も撥ねられず、神の眷属は見事に帝国資本の前に散ったのである。
「はぁ……。お前の幸運バフ、全く効かなかったじゃねぇか……。俺の勝ち分どころか、帰りの電車賃もねぇよ……」
フェンリルが涙目で膝から崩れ落ちようとした、その時。
「お待たせぇ~☆」
ホクホク顔のリーザが、景品カウンターから大きなビニール袋を両手に抱えて戻ってきた。
袋の中には、ズラリと並んだ『大量のサバ缶(水煮・味噌煮)』と、『特売の食パン(三斤)』がギッシリと詰まっていた。
「な、なんだそれ……!?」
フェンリルが目玉を飛び出させて驚く。
「ふふふんっ! 私が店内でコツコツ集めた『努力の結晶(落ち玉)』を、食料品に交換してもらったのよ! これでしばらくは、パンの耳と雑草サラダから脱却できるわ!!」
リーザはサバ缶を顔にすりすりしながら、勝利のポーズを決めた。
「お前……俺が血反吐を吐いて負けてる横で、床の玉拾ってコソコソ錬金術してやがったのか……!?」
「だって、フェンリルさん全然当たらないんだもん! アイドルは自立が基本よ! ほら、フェンリルさんにも一つ、サバ缶(味噌煮)おすそ分けしてあげるわ♡」
リーザがドヤ顔で差し出した一つのサバ缶。
全財産を失った狼王は、そのサバ缶を震える手で受け取ると、パチンコ店のネオンを見上げて一筋の涙を流すのであった。
神は負け、ド貧乏アイドルは(タダで)勝つ。
異世界のヒエラルキーがまた一つ、絶対的なものとして証明された一日であった。




