EP 5
「天魔窟の引きこもり魔人。死蟲軍の襲来」
ポポロ村の地下深く、はるか地底に広がる闇のダンジョン『天魔窟』。
無数の魔導モニターが怪しく発光するその薄暗い部屋で、巨大な鎌を背負った道化師姿の魔人が、カタカタとキーボードを叩きながら歓喜の声を上げていた。
「ヒヒヒッ……! 良いねぇ、実に良い! 平和ボケした人間どもが絶望に顔を歪める瞬間こそ、最高のエンターテイメントだ!」
死蟲軍指揮官、魔人ギアン。
手品と操り人形を好む彼は、狂気的なインテリジェンスを気取る残忍な男――を自称しているが、その実態は「薄暗い部屋から一歩も出ずにモニター越しでイキる、重度の引きこもりゲーマー」である。
ギアンは手元のエナジードリンクをストローで啜りながら、コンソールに表示されたポポロ村の座標をロックオンした。
「さぁ、行け! 我が愛しき『死蟲軍』よ! あのカレーの匂いに浮かれたマヌケな村を蹂躙し、恐怖と悲鳴のオーケストラを奏でるのだァ!!」
ギアンがエンターキーをターンッ!と叩き(台パン一歩手前)、出撃ゲートが解放される。
強力な酸を吐く『死蟻型』。毒針を射出する『死蜂型』。強固な装甲を持つ『死甲虫型』。
おぞましい羽音と這いずる音を立てて、数万に及ぶ虫のバケモノの大群が、地底からポポロ村へと向けて一斉に這い出し始めた。
◇ ◇ ◇
「……なんや、外が騒がしいな?」
ポポロ屋の厨房で皿洗いをしていたデュアダロスが、窓の外を見て眉をひそめた。
村の入り口方面の空が、真っ黒な雲のようなもので覆われ始めている。
ジジジジジジジ……ッ!!
空気を震わせる悍ましい羽音。
木々をなぎ倒して現れたのは、馬ほどの大きさがあるグロテスクな巨大昆虫の群れだった。
口から緑色の強酸の涎を垂らし、鋭い大顎をカチカチと鳴らしてポポロ村へ迫り来る。まさに、ファンタジー世界における『絶望の軍勢』そのものであった。
「ひぃぃぃっ! ば、バケモノの大群だぁぁ!」
「逃げろ! 村が食われちまうぞ!」
平和なポポロ村は一転してパニックに陥った。
……しかし、そんな世界の危機を前にしても、ポポロ屋の店内だけは全く別の時間が流れていた。
「うわ、キモッ」
芋ジャージ姿の創造神ルチアナが、窓の外をチラリと見て顔をしかめた。
彼女は温かいコタツに入ったまま、ミカンを剥く手を一切止めない。
「ちょっと、ありえないんだけど。虫とか絶対無理。肌荒れるし、体液とか飛んできたら最悪じゃない」
不死鳥フレアも、ワイングラスを片手に完全にドン引きしている。
「あー……俺もパス。俺様の美しい絶対零度の氷に、あんなグロい虫の汁をつけるとか美学に反するわ。……リーチ! よし来た激アツ!!」
狼王フェンリルに至っては、スマホでパチンコのアプリ(CR異世界王道トラックでドン!)を打ちながら、外の絶望の軍勢を完全にガン無視していた。
世界の調停者たる神々が出した結論。
それは『キモいから戦いたくない(丸投げ)』という、あまりにも身勝手で怠惰なものであった。
「ねぇ、リアン~! 外のあれ、なんかキモいからサクッと掃除しておいてよぉ☆」
「ついでに食後のデザートもお願いね♡」
コタツから一歩も出ようとしない神々の無責任な声援を受け、厨房の奥から一人の男がゆっくりと歩み出てきた。
リアン・クライン。
元暗殺者にして、ポポロ屋の店主。
彼はエプロンで手を拭いながら、店の外へと出た。
「……チッ。どいつもこいつも、ニート共に甘やかされやがって」
リアンは舌打ちをしながら、眼前に迫る数万の死蟲軍を見据えた。
常人なら恐怖で発狂するであろう、悍ましい甲殻と大顎の波。
しかし、リアンの氷のように冷たい瞳に浮かんでいたのは、恐怖でも焦りでもなかった。
「……分厚い甲殻。節のある腹。そして、あの独特のフォルム……」
リアンは無意識のうちに、料理人としての『食材を見る目』で敵を値踏みしていた。
「……なるほど。見た目はグロテスクだが、要するに『陸を歩く巨大なエビやカニ』ってことだな」
リアンの口角が、ニヤリと悪役のように吊り上がった。
「ちょうどいい。明日の日替わり定食に、『極上のシーフードカレー』を出そうと思ってたんだが……甲殻類の濃厚なダシ(エキス)が足りねぇと思ってたところだ」
Aランク指定の凶悪なバケモノの大群を前に、リアンは懐から一つの小さな魔導通信機を取り出した。
それは、ポポロ屋の裏手に待機させている、彼の規格外のチート軍隊を呼び出すためのスイッチ。
「……腹一杯のシーフードを仕入れさせてもらうぜ。……出てこい、俺の厨房(艦隊)よ」
カチッ、と。
リアンが通信機のボタンを押した瞬間。
ポポロ村の上空を覆っていた分厚い雲が、巨大な影によって一気に真っ二つに引き裂かれた。
天魔窟の引きこもり魔人はまだ知らない。
自分が送り出した『絶望の軍勢』が、最高級の『シーフードBBQの食材』として、近代兵器によって一方的に乱獲される運命にあることを――。




