EP 4
「丸ごと玉ねぎの極上カレーと、食欲に支配された神々」
ポポロ屋の厨房から、暴力的なまでの『スパイスの香り』が村中に漂っていた。
クミン、コリアンダー、カルダモン、そしてターメリック。
複数の香辛料が複雑に絡み合い、熱せられたラードの香ばしさと共に、道行く者の胃袋を容赦なく鷲掴みにしていく。
「……よし。ルーのとろみも完璧だ」
リアンは巨大な寸胴鍋の前で、木べらをゆっくりと回していた。
鍋の中でコトコトと煮込まれているのは、ポポロ屋特製・異世界カレーライス。
具材は、豚の強烈な旨味と羊の柔らかさを併せ持つ魔物肉『シープピッグ』の分厚いブロック。
そして、切る時に耳をつんざく悲鳴を上げるため、リアンが包丁の柄で物理的に気絶させてから乱切りにした『人参マンドラ』。
だが、このカレーの真の主役はそれらではない。
鍋の中にゴロゴロと浮かぶ、『皮を剥いて丸ごと煮込んだ、巨大なポポロ村産の玉ねぎ』である。
「ねぇ~! リアン~!! まだなのぉ!?」
「お腹すいたぁぁ! 死ぬぅぅ!」
バンバンバンバンッ!!
厨房の外から、地響きのような音が鳴り響いている。
カウンター席では、芋ジャージ姿の創造神ルチアナと、すっかり堕落した不死鳥フレアが、スプーンを握りしめて子供のように机を叩きまくっていた。
神の威厳など、スパイスの香りの前では塵芥に等しい。
「うるせぇ。今よそうから黙って座ってろ。……ほら、イグニス、よだれを拭け。キャルルもだ」
「あ、あわわ……! だってリアンはん、この匂い、反則っスよ……!」
「じゅるり……早く、早く食べたいですぅ……」
竜人族の将軍であるイグニスと、村長のキャルル(※満月の夜は音速の狂戦士)までもが、カウンターに顎を乗せてよだれを滝のように流している。
「お待ちどう。……**『シープピッグと丸ごと玉ねぎの極上カレー』**だ」
ドンッ!
リアンがカウンターに並べた深皿。
そこには、純白の炊きたてご飯と、艶やかな褐色のカレールーが波並々と注がれていた。
そして、その中央にドカッと鎮座するのは、飴色に染まり、トロトロに煮崩れかけている『丸ごと玉ねぎ』だ。
「「「いただきます!!!」」」
神々も獣人も関係ない。全員が猛然とスプーンを突き立てた。
キャルルが、中央の『丸ごと玉ねぎ』にスプーンを入れる。
力を入れる必要は全くなかった。スプーンの重みだけで、玉ねぎがスッと滑らかに割れ、中から熱々の湯気と極上の甘い香りが弾け飛ぶ。
たっぷりのルーと、崩れた玉ねぎ、そしてご飯を一緒にすくい、口へ。
「…………ッ!!?」
キャルルのウサギ耳が、天を衝く勢いでピンッ!と跳ね上がった。
「お、美味しすぎるぅ……!!」
キャルルは両頬を抑え、恍惚の表情で身悶えした。
「スパイシーな辛さが来たと思ったら……玉ねぎが、玉ねぎがこんなに甘いなんて♡ 口の中で、お芋みたいにトロットロに溶けちゃいますぅ!」
「マジかよこれ……! シープピッグの肉も、スプーンで切れるほどホロホロじゃねぇか! 噛むたびに肉汁とスパイスが爆発するぞ!」
イグニスが、感動の涙を流しながらガツガツとカレーをかき込む。
「はぁんっ……♡ リアン、これヤバいわ……! この玉ねぎの優しい甘さが、スパイシーなルーを完全に包み込んで……もうスプーンが止まらないのぉ!」
ルチアナが、女神らしからぬ下品な速度で皿を空にしていく。
「こんなの食べちゃったら……天界の味気ない神饌(お供え物)なんて、もう二度と食べられないわぁ……!」
フレアも完全に堕ちた顔で、シープピッグの脂の甘みに酔いしれていた。
リアンは腕組みをして、そのカオスな光景を鼻で笑った。
「玉ねぎは、弱火で何時間も煮込んで、本来の甘みを限界まで引き出してるからな。……ま、味わって食え」
「リアン君……!」
キャルルが、ピカピカに空になった皿を両手で持ち上げ、とろんとした熱い視線をリアンに向けた。
「私……もう昔(このカレーを知らなかった頃)には戻れなぁい♡ ……おかわり!!」
「私もぉ!」
「俺もッス!」
結局、リアンが仕込んだ特大寸胴鍋の極上カレーは、神々と村人たちの底なしの胃袋によって、あっという間に空っぽになるのであった。
ポポロ村の平和は、今日も圧倒的な「カロリーと旨味」によって守られている。
――しかし。
神々が満腹で腹をさすり、平和な夜を謳歌していた頃。
ポポロ村の地下深く、はるか地底に広がる闇のダンジョン『天魔窟』。
薄暗いモニタールームの中で、スパイスの匂い……ではなく、「平和ボケした人間たちの生温かい気配」を嗅ぎ取って、悍ましい笑い声を上げる者がいた。
「ヒヒヒッ……。人間どもめ、カレーの匂いに浮かれおって。その絶望の顔を引き攣らせてやる……!」
最悪の敵対勢力、死蟲軍。
かつて世界を恐怖に陥れた虫の化け物たちが、ポポロ村に向けて静かに蠢き出そうとしていた。




