EP 15
「社畜の叫びと、聖獣合体ガオガオンの泥沼」
カジノ・ポポロの巨大テント内は、かつてない極限の緊張状態にあった。
「ここから5時間。私の『規律と愛の正座説教』を受けていただきますからね。覚悟なさい……!!」
「ひぃぃっ! ごめんなさい、ヴァルちゃん! 次から気をつけるからぁ!」
黄金の神気を放ちながら壁ドンをキメる天使族族長ヴァルキュリアと、涙目で謝る創造神ルチアナ。
その後ろでは、魔王ラスティアが「ウケる~☆」とスマホで動画を撮り始め、テントの隅では魔公爵ルーベンスが「世界が終わる……俺の競馬が……」と胃薬をガリガリと噛み砕いている。
神聖力と魔力、そして極限のストレスが入り乱れ、空間そのものが崩壊しそうになった、まさにその時だった。
――ズチャッ……ズチャッ……。
突如、ポポロ屋の店内に設置された有線放送(ルチアナのスマホと連携した魔導スピーカー)から、重く、そしてどこか哀愁を帯びたメロディが流れ始めたのだ。
『ガンガンガンガン! アタマガガン!』
『目覚まし時計の 「キーン」 が辛い』
『月曜日だ 朝からバックレしたい〜』
『布団の宇宙から 帰還 したくない』
「……えっ?」
ピタリ、と。
ヴァルキュリアの壁ドンの動きが止まった。
動画を撮っていたラスティアの手が震え、ルーベンスの胃薬を噛むアゴが停止した。
それは、地球のイケメンアイドル・朝倉月人が歌う伝説の迷曲。
『月曜日の社畜』であった。
『満員列車は嫌だ〜 寿司詰めギュー詰め』
『汗と香水の スメルハザード』
『ドナドナドナドナ〜 会社に運ばれる』
『魂抜けた サラリーマン行進』
「あ……ああ……」
最初に膝から崩れ落ちたのは、魔公爵ルーベンスだった。
「わかる……痛いほどわかるぞ……! 毎朝、魔王軍の無能な部下どものケツ拭きをして……終わらない決裁書類の山……。俺だって、バックレて一生競馬場に住みたいんだ……ッ!」
中間管理職の魂の叫びと共に、ルーベンスの目からボロボロと涙がこぼれ落ちた。
『電車が 止まってくれれば〜 (あぁ、神様!)』
『会社に 隕石落ちてくれ〜 (せめて台風!)』
「うぅぅ……ッ! 私だって……!」
次に泣き崩れたのは、あろうことか、怒り狂っていたはずのヴァルキュリアだった。
「私だって! ルチアナ様がサボるせいで、毎日毎日、山のような書類とクレーム処理に追われて……! 神殿(会社)に隕石が落ちればいいって、何度も思いました……! でも、真面目だから出勤しちゃうんですぅぅ……!!」
黄金の神気が、あっという間に「ブラック企業に勤めるOLの哀愁」へと変質していく。
『宝くじよ 当たってくれぇ』
『ルルルールルルー 現実逃避行』
「うわああああん!! 月人君〜ッ!!」
魔王ラスティアも、床に突っ伏して号泣し始めた。
「宝くじ(国庫の横領)なんてしたくなかったぁ! でも、アリーナ最前列のチケットが高すぎるのよぉ! もう魔王なんて辞めて、現実逃避行(全国ツアー)だけしてたいよぉぉ!!」
「私もぉぉ! もう仕事したくない! コタツでずっとソシャゲしてたいぃぃ!!」
ルチアナも便乗してワンワンと泣き始めた。
魔王、天使族族長、魔公爵、創造神。
世界を統べる絶対者たちが、たった一曲の「社畜の歌」の前に魂を完全に共鳴させ、肩を寄せ合ってボロボロと涙を流している。
神も魔族も関係ない。結局のところ、彼らは全員「過酷な労働(激務)に疲弊しきった、哀しき労働者」だったのだ。
「……どういう状況だ、こりゃ」
あまりの光景に、厨房から顔を出したリアンが呆れ果てて呟く。
だが、このカオスに「究極のトドメ」を刺す者がいた。
ポポロ村が誇る、天然サイコパスエルフ――ルナである。
「あらあら~。皆さん、お疲れなんですねぇ。泣いた後には、この本でも読んでリフレッシュしてくださいね☆」
トテトテと歩み寄ったルナが、泣きじゃくるヴァルキュリアの手に『一冊の薄い本』をそっと握らせた。
「ひっく……これは……?」
ヴァルキュリアが涙を拭いながら、その本の表紙を見る。
そこに書かれていたタイトルは、『聖獣機神ガオガオンの社内恋愛事情は辛いよ。(著:ルチアナ)』。
「あの『ガオガオン』の……恋愛小説……?」
真面目なヴァルキュリアは、無意識のうちにペラリとページをめくってしまった。
『朱雀は白虎の耳元で甘く囁いた。「ねぇ……仕事のあと、少し二人きりにならない?」――だがその裏で、朱雀のスマホには青龍からの「今夜、俺の部屋に来いよ」というメッセージが光っていた……』
「なっ……!?」
ヴァルキュリアの顔が、一瞬にして沸騰したように真っ赤になった。
「ななな、なんというハレンチな……! 神聖なる聖獣たちが、このような泥沼の社内恋愛(浮気)を……! しかも、玄武がリスカ未遂って……!」
「ふふっ。続き、気になりますよねぇ?☆」
「き、気になんて……! ……えっと、青龍と朱雀は、この後どうなるんですか……?(チラッ)」
ダメだった。
日頃から「薬草栽培」くらいしか娯楽のない真面目な風紀委員長にとって、地球の概念を煮詰めた「ドロドロのオフィスNTR同人誌」は、あまりにも刺激(毒)が強すぎたのだ。
「あわわわ……だ、駄目です……こんなの読んじゃ……でも、次のページが……!」
完全に脳を破壊されたヴァルキュリアは、顔から湯気を出しながら同人誌を熟読し始め、完全にフリーズしてしまった。
社畜の歌で戦意を喪失した魔王と魔公爵。
同人誌で脳を破壊された天使族族長。
「(……勝った)」
厨房のリアンは、確信した。
今なら、こいつらにどんな『飯』を出しても、完全に胃袋を支配できると。
「おい、イグニス。火を最大にしろ。……世界を救う、とびっきりの『勝負飯』を叩き込んでやる」
包丁を握るリアンの目が、悪役のように妖しく光った。




