EP 16
「世界を救う『勝負のカツ丼』と、全員バイト行き」
ジュワァァァァァァッ!!
社畜の哀しみと同人誌の衝撃によって、魔王も天使も魔公爵も完全に骨抜きにされたテント内に、突如として暴力的なまでの「食欲をそそる音と匂い」が爆発した。
「お待ちどう。……『特濃・特大味噌カツ丼』と、『博多風・魔導苺大福』だ」
リアンがドンッ!とテーブルに並べたのは、黄金色に輝く巨大な豚カツに、ドロリと漆黒の甘辛い特製味噌ダレがたっぷりとかかった、圧倒的カロリーの権化。
そしてデザートには、淡いピンク色の求肥から、赤ん坊の拳ほどもある巨大な苺が顔を覗かせる極上の和スイーツである。
「なっ……! なんだ、この暴力的な匂いは……!」
涙と鼻水で顔をグシャグシャにしていた魔公爵ルーベンスが、ふらふらと味噌カツ丼に引き寄せられた。
分厚いカツを一切れ持ち上げ、豪快に噛み付く。
サクッ……ジュワァァァッ!!
「……ッ!!??」
ルーベンスの瞳孔が限界まで開いた。
サクサクの衣。溢れ出す豚の脂の甘み。そこに、八丁味噌をベースに数種類のスパイスと砂糖を限界まで煮詰めた「特濃味噌ダレ」が絡み合い、脳髄を直接殴りつけるような旨味がスパークする。
「う……美味すぎる……! 俺が毎週末、競馬場帰りに食ってるあのキタナシュランの『油ぎった焼き飯』なんて、比べ物にならねぇ……! こんなもん食ったら、もう魔皇国のレーション(暗黒竜の焦がしニンニク炒飯)すら食えなくなるぞぉぉ!!」
ルーベンスは涙を流しながら、一心不乱に丼を掻き込み始めた。
「こ、こっちは……!? これ、私が福岡ドーム遠征の時に食べて感動した大福じゃない!!」
魔王ラスティアと、見習い女神のリリスが『博多風・魔導苺大福』を頬張る。
「んんんん~っ!! お餅がモッチモチ! 白餡の優しい甘さと、苺の強烈な酸味が口の中で完璧なハーモニーを奏でてるわぁぁぁ!!」
「ルナキン(定食)の後に食べるスイーツ、最高ですぅぅ!」
ラスティアは国庫を横領した罪悪感など完全に忘れ、限界突破の「ロイヤル・オタ活スマイル」を浮かべて幸せに浸っている。
そして、最後まで規律に縛られていた天使族族長・ヴァルキュリアもまた、恐る恐る味噌カツ丼を口に運んでいた。
「こんな……こんなジャンクフードなど、健康と規律を重んじる天使の私が認めるわけ……モグッ……」
ピタッ。
ヴァルキュリアの動きが止まった。
「(……なんという肉汁。なんという白米の甘み。……それに比べて、私が天界で推奨している『EPA(天使の試練)』は……)」
ヴァルキュリアの脳裏に、自分が自信満々で開発した「濡れた段ボール味の大豆ハンバーグ」と、「石のように硬い黒パン」の記憶が蘇る。
「(私……今まで、あんなゴミみたいな物を『健康のフルコース』だと言い張って、部下たちに無理やり食わせていたの……!?)」
ポロポロと、ヴァルキュリアの美しい瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「EPA(天界のレーション)なんて……もうゴミ箱行きですぅぅぅ!! お肉最高ォォォ!!」
ついに規律の鬼が完全に陥落した。
ヴァルキュリアは聖槍グラニを床に投げ捨て、両手で丼を抱えて野獣のようにカツ丼を貪り食い始めた。
◇ ◇ ◇
「ふぅ……。食った食った」
「いやぁ、最高の勝負飯だったわ。これで週末のツアーも全力でペンライト振れるわね☆」
数十分後。
すべての皿が綺麗に空になり、世界のトップたちは満腹感と多幸感に包まれてテーブルに突っ伏していた。
「……満足したか」
リアンが、氷のように冷たい声で呟いた。
その手には、一枚の小さな紙切れが握られている。
「カジノの迷惑料、壁の修理代、そして『極上・勝負飯コース(4人前)』。合計で……10万Gだ。ツケは一切認めねぇ」
スッ、と差し出されたお会計の札。
その瞬間、四人の顔から一気に血の気が引いた。
「えっ……? あっ、俺……今週のメインレースで大穴狙って、給料全部スッたから……財布が空だ……」
ルーベンスが、空っぽの財布を逆さにして青ざめる。
「わ、私は国庫の金(防衛予算)を持ってるけど……これは月人君の限定グッズとアリーナ席のチケット代だから、一円たりとも崩せないわよ!!」
ラスティアが旅行鞄を抱え込んで断固拒否する。
「わ、私だって、神聖なる討伐任務に私財など持ち歩いていません……!」
ヴァルキュリアが目を逸らす。
「先輩のクレジットカード……さっき限度額(100万G)で止まりましたぁ……」
リリスが涙目で『エンジェルすまーとふぉん』を見せる。
――沈黙。
圧倒的な、無銭飲食の沈黙。
「……あ?」
リアンの背後から、かつて世界を震え上がらせた『最強暗殺者の殺気』が、ドス黒い形をとって実体化した。
カチャッ。
懐の『銃口剣』の撃鉄が起こされる、冷酷な金属音が響く。
「つまり、テメェら……一円も持ってないのに、俺の店で飲み食いして暴れたってことだな?」
「「「「ヒィィィィィィッ!!!」」」」
魔王、魔公爵、天使族族長が、チワワのように抱き合ってガタガタと震え上がった。
「金が払えねぇなら……体(労働)で払ってもらおうか」
◇ ◇ ◇
夕暮れ時。
赤く染まったポポロ屋の裏手、洗い場。
そこには、アナスタシア世界がひっくり返るような、あまりにも非日常的で情けない光景が広がっていた。
「おう、新入りども。油汚れは二度洗いだ。手ぇ抜いたら、ワシの次元斬りで指飛ばすぞ」
一番奥で、アルマーニのシャツの袖をまくり、ピンクのフリフリエプロンを着たインテリヤクザ邪神・デュアダロスが、先輩風を吹かせて凄んでいる。
「うるせぇよ極道……。和からしのダメージでまだ目が痛てぇんだよ……」
その横で、狼王フェンリルが鼻をすすりながらジョッキを磨き。
「えへへ……先輩たち、手際がいいですね!」
竜人族の将軍イグニスが、ニコニコしながら鍋を洗っている。
そして――彼らの隣の列に、新たに四人の下働き(アルバイト)が追加されていた。
「なんで……なんで魔王の私が、芋ジャージで他人の皿を洗ってるのよぉ……」
半泣きでスポンジを握る、魔王ラスティア。
「……クソッ。俺の週末の競馬が……」
競馬新聞をエプロンのポケットにねじ込み、無心で皿をすすぐ魔公爵ルーベンス。
「これも修行……これも規律と愛の修行です……! 神聖なるキュキュットの力で、汚れを浄化します!!」
傍らに『聖槍グラニ』と『聖盾シュテル』を置き、ピンクのゴム手袋をはめてヤケクソで皿を洗う天使族族長ヴァルキュリア。
「あわわ……お皿割っちゃいましたぁ!」
初心者マークを光らせてパニックになる見習い女神リリス。
邪神、狼王、魔王、魔公爵、天使族族長。
神話や歴史書に名を残す絶対的な頂点の存在たちが、全員横並びになって、ピンクのエプロン姿で必死に皿洗いをしているのだ。
「……どうしてこうなった」
厨房の勝手口に寄りかかり、リアンは夕日に向かって深く、深いため息をついた。
裏社会の血生臭い世界から足を洗い、ただの定食屋のオヤジとして、静かで平穏なスローライフを送りたかっただけなのに。
気がつけば、伝説の神々から大国のトップまで、世界の重鎮を全員「店の皿洗い(下働き)」として取り込んでしまった。
「まぁいい。……明日の日替わり定食の仕込みでもするか」
最強暗殺公爵による異世界定食屋の「美味しい無双(勘違い)」は、留まるところを知らない。
ポポロ帝国(仮)の平和と胃袋は、今日もリアンの包丁によって完全に支配されているのであった。




