EP 10
「三国の完全服従と、ヤクザウサギの誕生」
翌朝。
ポポロ村の広場は、異様な空気に包まれていた。
ルナミス帝国、ワイズ皇国、レオンハート獣人王国。
本来なら国境を挟んでいがみ合っているはずの三国の駐留軍兵士たち、総勢数百名が、一糸乱れぬ整列をして村の入り口に並んでいたのだ。
全員、顔面は死人のように蒼白。瞳の奥には深いトラウマが刻み込まれているが、背筋だけは鉄の棒でも入っているかのようにピシッと伸びている。
そこへ、昨夜の記憶がすっぽりと抜け落ちているキャルルが、可愛らしいウサギ柄のパジャマ姿で目をこすりながらポポロ屋から出てきた。
「ふぁ~あ……よく寝たぁ。あれ? みんなどうしたの? 朝ご飯の並びにしては早いような……」
キャルルが首を傾げた、その瞬間だった。
数百人の屈強な兵士たちが、一斉に軍靴の踵をガチッと鳴らし、直角90度に腰を折った。
「「「チーッス!! 姉御ォォォォォ!!!」」」
地鳴りのような、ヤンキー顔負けの挨拶が朝のポポロ村に轟いた。
「えっ!? あ、姉御!?」
キャルルのウサギ耳が、ビクゥッ!と跳ね上がる。
列の先頭から、各国の部隊長クラスの男たちが、冷や汗を滝のように流しながらズラリと進み出た。そして、恭しく地面に膝をつき、次々と「貢ぎ物」を掲げ始めた。
「あ、姉御! ルナミス帝国第8小隊より、特上品の『帝都産・高級マカロン詰め合わせ』ッス! 昨晩は……その、愛のある御指導、誠にありがとうございましたァッ!」
「レオンハート獣人王国からは、幻の『マタタビ酒』と『特選霜降り肉』をお持ちしやした! ボコボコにされてからの全回復……骨の髄まで、姉御の『優しさ(恐怖)』が染み渡りやしたァッ!」
「ワイズ皇国は、軍の最新式『レーション(戦闘糧食)1年分』を献上いたしやす! どうか、次の満月はお手柔らかにお願いしやす!!」
「えぇぇぇ!? なになに!? マカロンは嬉しいけど、私、みんなに何かしたっけ!?」
パニックになるキャルルをよそに、兵士たちは直角のお辞儀を絶対に崩さない。
昨晩、彼らが体験した地獄は筆舌に尽くしがたいものだった。
突如、音速を超えて飛来した銀色のウサギに、部隊ごと文字通り「フルボッコ」にされたのだ。
だが、本当の恐怖はその後だった。意識が飛ぶほどの重傷を負わされた直後、神聖な光(全回復魔法)に包まれて傷が瞬時に完治する。そして元気になった途端、再び「遊ぼう☆」という満面の笑みと共に、音速の蹴りが飛んでくる。
『破壊』と『再生』の無限ループ。
それは、死ぬことすら許されない究極のヤキであった。
結果として、三国の駐留軍は国家の威信よりも「ポポロ村のウサギの機嫌を絶対に損ねてはならない」という、根源的な生存本能を魂に植え付けられたのである。
◇ ◇ ◇
ポポロ屋の窓から、その光景を遠巻きに眺めている男たちがいた。
「……終わってんな、あの兵隊ども」
リアンが、呆れ果ててモーニングコーヒーを啜る。
「ヒィィ……。キャルルはん、三国を武力じゃなくて『純粋な暴力』で完全に屈服させよったで……。下手な魔王より恐ろしいわ……」
ニャングルが、昨夜の蹴りの感触を思い出して腹をさすりながらガタガタと震えている。
そして、その奥の洗い場では。
「……おい、ニート狼」
「……なんだよ、極道気取りのオッサン」
ピンクのエプロン姿のデュアダロスと、ダメージデニム姿のフェンリルが、虚ろな目でスポンジを握りしめていた。
「ワシら……完全に『格』で負けとらんか?」
「あぁ。ヤクザも不良も、アレ(無限回復フルボッコ)に比べりゃただの児戯だぜ……」
神界を震え上がらせた最恐の邪神と、バトルジャンキーの狼王。
彼らは今、ポポロ村の絶対的な頂点が誰であるかを、心の底から理解させられていた。
「さぁて、貢ぎ物の霜降り肉で、昼は極上の牛カツでも揚げるか」
リアンが包丁を研ぎ始めるリズミカルな音だけが、平和(?)な朝の厨房に響いていた。




