EP 9
「満月の狂気と、音速の村長」
ポポロ屋の営業も終わり、静かな夜が訪れようとしていた頃。
「ん?」
リアンが厨房の片付けの手を止めた。
外から、ただならぬ気配と物音が聞こえてきたのだ。
バタン! バタン! ガチャン!
次々と、ポポロ村の家々の扉が慌ただしく閉まり、窓には厳重な板が打ち付けられていく。
まるで、巨大な台風や災害の直撃を恐れてシェルターに引きこもるかのような異常な光景だった。
「どうしたんだ? 皆?」
イグニスが不思議そうに首を傾げる。
「まだ、寝るには早いですよ?」
ルナもキョトンとしている。
しかし、ただ一人、ポポロ村の「真の恐ろしさ」を熟知している行商人だけは違った。
「……ハッ!」
ニャングルが夜空を見上げ、その顔から一瞬で血の気が引いた。
雲が晴れ、夜空に浮かび上がったのは、不気味なほど大きく、そして白く輝く円。
「ま……満月や! ちゅ~事は……!!」
ニャングルが叫びかけた、その時だった。
「アハハハ☆ 皆ぁ~、盛り上がってるぅ?」
ポポロ屋の屋根の上から、場違いなほどハイテンションでポップな声が降ってきた。
そこに立っていたのは、村長のキャルルだ。
だが、その姿は普段の温厚な彼女とは全く異なっていた。
つぶらな瞳はルビーのように紅く発光し、全身からは銀色の闘気が凄まじい密度で立ち昇っている。
ウサギの耳はアンテナのようにピンと張り詰め、周囲の空気がビリビリと震えていた。
「キャルル……?」
リアンが怪訝な顔で声をかける。
「あかん!? 皆、逃げるんや! 満月の時のキャルルは……いや、月兎族は……死ぬでぇぇ!!」
ニャングルが涙目で絶叫した。
しかし、その悲鳴を聞いたキャルルの耳がピクリと動く。
「うわあああん! ニャングルがイジメるぅ! 月に代わって……流星脚!!」
ドンッ!!
屋根の瓦が粉砕されたかと思うと、キャルルの姿が完全に「消えた」。
初速0からトップスピードへの到達時間、ほぼゼロ。
「ヒッ!?」
ニャングルが悲鳴を上げる間もなく、銀色の閃光が彼の腹部に突き刺さった。
計算上の威力、実に33,750ジュール。
小型自動車が猛スピードで激突したに等しい、殺意100%の飛び蹴りである。
ドガガガアアアンン!!
「ひぃぃぃ……(ガクッ)」
ニャングルはポポロ屋の壁をぶち抜き、はるか後方の畑まで吹き飛んで白目を剥いた。完全に即死レベルの一撃だ。
「あぁっ! ケガした? じゃあ、回復ぅ!」
キャルルは一瞬でニャングルの横にワープすると、月兎族の秘められた治癒の力を解放した。
ボロボロになったニャングルの体が、光に包まれて一瞬で全回復する。
「……はっ! ワイは生きて……ヒィィィ! また蹴られるぅ!」
ニャングルは回復した傍から恐怖で震え上がった。
殺して、蘇生させて、また遊ぶ。満月の月兎族は、加減を知らない純粋な狂戦士なのだ。
「どないなっとんねん、おい。兎、調子にのんなよ」
ここで、洗い場から顔を出した邪神デュアダロスが、極道の凄みを利かせて前に出た。
「ワシが相手したるわ。その銀色の闘気ごと、次元の彼方へ……」
「わぁっ! 遊んでくれるの~☆」
デュアダロスが仕込み刀を抜くより早く、キャルルの口角が三日月のように吊り上がった。
彼女の足元で、アスファルトが爆発するように弾け飛ぶ。
「む、無理だ……!」
リアンは元・暗殺者の動体視力で必死に彼女を追おうとした。
「キャルルは通常時でも、100mを5秒台で走り、ジャンプ力は20mだ……。どんな奴でも、あの動きを完全に捉えられるか……!?」
「違いまっせ……リアンはん……」
畑から這い出してきたニャングルが、恐怖のあまり胃液を吐き出しながら(オロロロロ……)首を振った。
「それは、通常時の話や……。月兎族は、満月時にはリミッターが外れて……『音速』を超えますねん。だ、だから蹴りの威力は……」
ドッバァァァァァン!!
ニャングルの言葉を証明するかのように、ソニックブーム(衝撃波)がポポロ村を吹き荒れた。
「げふぁっ!?」
邪神デュアダロスが、音速のウサギのタックルを食らい、自慢のアルマーニのスーツを破きながら夜空の星へと変えられていく。
「……そ、総員撤退!! 店の中に入ってバリケードを築け!!」
リアンは即座にプライドを捨て、イグニスとルナの首根っこを掴んでポポロ屋の中へと退避した。
神や邪神ですら手玉に取るリアンも、本能が「今のキャルルには絶対に関わるな」と警鐘を鳴らしていたのだ。
「え~? つまんな~い! 誰も相手してくれないの~?」
バタン!と閉ざされたポポロ屋の強固な扉を前に、キャルルは頬を膨らませた。
紅く光る瞳が、夜の闇を見渡す。
そして、はるか遠く、国境の向こう側へと視線を向けた。
「そうだ! ワイズ皇国の人達と遊んでこよぉっと☆」
キャルルは無邪気に笑い、脚に闘気を溜め込んだ。
ドゴォォォォン!!
大地を蹴り割る轟音と共に、銀色の流星が国境を越えてワイズ皇国方面へと飛び去っていく。
翌朝、ワイズ皇国の軍事施設が「謎の銀色の流星(笑顔のウサギ)」によって壊滅的な被害を受け、魔公爵ルーベンスの胃痛がさらにマッハで加速することになるのだが……それはまた別の話である。




