EP 15
「邪神のキレる理由と、竜人族の完全服従」
超音速で振り下ろされた巨大シャコ型魔物『死蟲機将』の必殺パンチ。
それが絶望して目を閉じたイグニスを粉砕する――直前。
「オドレェ……誰の許可得て、ワシの『休憩時間』ブチ壊しとんじゃあ!!」
ドゴォォォォォォンッ!!!
凄まじい衝撃波が弾け飛んだ。
イグニスが恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
死蟲機将の巨大な前脚を、アルマーニのベストを着たインテリヤクザ邪神・デュアダロスが、なんと「片手(素手)」で軽々と受け止めていたのだ。
『ギ、ギジィ……!?』
「あぁん? なんやその間抜けな声は。ワシの極上ワインをこぼしといて、ただで済むと思っとんのか!」
デュアダロスは空いている右手で、魔力によって生成された漆黒の日本刀――いや、極大の『ドス』を抜き放った。
「リアンが『身を潰すな、綺麗に斬れ』って言うとったな……。オラァ! 極道の『刺身包丁』の切れ味、とくと味わえや!!」
閃刃。
デュアダロスの腕がブレたかと思うと、死蟲機将の鋼鉄よりも硬い甲殻に無数の線が走った。
パカッ……ズルンッ。
見事なまでの「殻むき」であった。
巨大な死蟲機将の装甲だけが綺麗に剥がれ落ち、中からプリップリの透き通った巨大な白身が、無傷の状態でドサリと地面に転がった。
『ギィィィッ!?』
「オラオラァ! てめぇらも全員、ワインの弁償代(食材)になれやァ!!」
デュアダロスは完全にキレていた。
彼は残像を残しながら五百匹の死蟲機の群れへと単騎で突撃し、瞬く間に全てを「完璧な下処理(殻むき済み)」の新鮮な剥き身へと変えてしまったのだ。
「ふぅ……。落とし前はつけさせたで」
デュアダロスがドスをしまい、前髪をかき上げたその時。
背後で、重い金属音が鳴った。
ガシャンッ!!
竜人族の族長ドグラが、大地に膝をつき、滝のような涙を流して平伏していたのだ。
「(おおおおお……!! 邪神様が……邪神様が、自ら身を呈して我が息子(将軍)の盾となり、敵を殲滅してくださった!!)」
ドグラの脳内では、「怒れる邪神」が「息子思いの最高のボディーガード」に完全変換されていた。
「イグニス! お前はなんという果報者か! 邪神様にそこまで愛されているとは!」
「へ? あ、おう……! 俺様の人徳ってやつだな!(なんで邪神のおっさんが助けてくれたのか全然分かんねぇけど!)」
ドグラはそのまま、ポポロ屋の厨房から出てきたリアンに向かって、両手を高く掲げた。
「皇帝陛下ァァァ! これほどの奇跡、これほどの御力……! 我が竜人族、一族郎党すべて、永遠にポポロ帝国(定食屋)と陛下に忠誠を誓いますぞォォォ!!」
「……また変なこと言ってるな、あの親父」
リアンは呆れたようにため息をつくと、山のように積まれた『死蟲機(巨大エビ)』の剥き身を見て、ニヤリと料理人の笑みを浮かべた。
「まぁいい。デュアダロス、見事な下処理だ。これで今夜のメニューは決まったな」
◇ ◇ ◇
ジュワァァァァァァッ!!
ポポロ屋の厨房で、リアンが振るう巨大な中華鍋から、食欲を暴走させるニンニクと生姜、そして豆板醤の香りが爆発的に立ち昇った。
「お待ちどう。……**『死蟲機将の極上大エビチリ』と、殻を砕いて丸一日煮込んだ『濃厚甲殻ビスクスープ』**だ」
テーブルに運ばれてきたのは、真っ赤な特製チリソースがたっぷりと絡んだ、赤ん坊ほどもある巨大なエビ(蟲)の身。
そして、黄金色に輝く、旨味の暴力のようなビスクスープだった。
「おおお……! なんという良い匂い……!」
ドグラが震える手で、極大エビチリを一口頬張る。
ブツンッ!!
尋常ではない弾力。噛み切った瞬間、中から甘く濃厚な肉汁が溢れ出し、ピリッと辛いチリソースが旨味を何倍にも引き上げる。
「美味い……! 美味すぎる!! これが帝国の力……いや、皇帝陛下の奇跡!!」
ドグラは涙を流しながら、夢中でエビチリを貪り食った。イグニスやキャルルたちも「うまっ!」「ご飯が進むぅ!」と大絶賛だ。
「おい、リアン」
カウンター席の端で、デュアダロスがエビチリを頬張りながら、空になったグラスをドンッと置いた。
「ワシ、さっき残業(戦闘)したんや。赤ワイン、もう一杯つけろ。もちろん、焼きチーズもだ」
「……お前、洗い物のバイト代、全部食費で消えるぞ?」
「うるせぇ! 美味い飯と酒がなけりゃ、極道(邪神)なんてやってられっか!」
リアンはやれやれと肩をすくめ、デュアダロスのグラスに最高級の赤ワインを注いだ。
こうして、イグニスの見栄っ張りな嘘から始まった「ポポロ帝国建国騒動」は、一人の死者も出すことなく、美味いエビチリの匂いと共に幕を閉じた。
ただの定食屋でスローライフを送りたかっただけなのに。
伝説の種族に続き、最高位の神々と邪神を「常連客(下働き)」として取り込み、ついに竜人族という強大な軍事国家まで「傘下」に収めてしまった。
「……どうしてこうなった」
リアンは、満面の笑みで飯を食うバカどもを眺めながら、静かに呟くのだった。
最強暗殺公爵による異世界定食屋の「美味しい無双(勘違い)」は、まだまだ止まることを知らない。




