EP 13
「邪神の威厳と、チーズへの執着」
ポポロ屋の厨房。
超絶スピードで山積みの皿を洗い終えた邪神デュアダロスは、約束通りリアンから『特大の羽付き焼きチーズ』を受け取っていた。
「へっへっへ……! これよ、これ! この焦げ目の香ばしさがたまんねぇんだ!」
先ほどまでのブチギレヤクザの面影はどこへやら。
デュアダロスは厨房の隅にあるビールケースの上にちょこんと座り、両手で大切そうにチーズを持ちながら、幸せそうにハフハフと頬張っていた。
その至福の時間を、背後から震える声が遮った。
「お、恐れながら……邪神デュアダロス様で、あらせられますか……?」
「ンァ!?」
ビクッ! とデュアダロスの肩が大きく跳ねた。
慌てて振り返ると、そこには屈強な老竜人――イグニスの父ドグラが、床に膝をつき、滝のような冷や汗を流しながら平伏していた。
「(ヤ、ヤベェ! 竜人の族長じゃねぇか! ワシがエプロン姿で皿洗いして、ビールケースに座ってチーズ食ってたの見られたか!?)」
デュアダロスは一瞬で極道のポーカーフェイスを取り戻し、素早くエプロンを引きちぎって放り投げた。
そして、アルマーニのベストの襟をスッと正し、残ったチーズを背中に隠しながら、低いドスを効かせた声を出した。
「……おぅ。なんや、トカゲの爺さんか。ワシの顔を知っとるとは、長生きしとるようやな」
「はっ! 神話に語り継がれるその圧倒的な魔力と威容、忘れようはずもございません! しかし、なぜ邪神様ほどの御方が、このような場所で……その、下働きのような真似を……?」
ドグラが恐る恐る、最大の疑問を口にした。
「ギクッ!!」
デュアダロスの心臓が跳ね上がった。
『無一文でカチコミに来たら、美味いスープの誘惑に負けて食い逃げ未遂になり、借金返済のために皿を洗わされていた』などと、極道(邪神)のプライドにかけて絶対に言えるわけがない。
「(ど、どうする!? 適当な嘘で誤魔化さねぇと、ワシの伝説が丸潰れや!)」
デュアダロスは数秒の思考の末、任侠映画の知識をフル動員して、顔の半分を影で隠し、ニヒルな笑みを浮かべた。
「……クックック。爺さん、ワシがただの下働きに見えたか? こいつはな、一種の『シノギ(ビジネス)』なんや」
「シノギ、でございますか?」
「おうよ。あのリアンとかいう男……あいつの創る『焼きチーズ』という名のヤク(劇薬)にな、ワシは完全に惚れ込んじまったんや」
デュアダロスは背中に隠していたチーズをチラリと見せ、ワザとらしくため息をついた。
「ワシほどの力があれば、力ずくで奪うこともできる。……だが、あの男の持つ『底知れぬ器(料理の腕)』には、ワシから進んで頭を下げてでも、正当な対価(労働)を払う価値がある。……ワシは、あいつと『盃を交わした』つもりで、ここで皿を洗ってやってるんや」
「な、なんと……!!」
ドグラの目が、驚愕で見開かれた。
「あの男は恐ろしいでぇ。武力ではなく、ただ一つの『美味』でワシら神々を骨抜きにし、裏からこの世界を支配しようとしとる。……ポポロ帝国、とんでもない極道な国やで」
デュアダロスは、ただ「飯が美味くて離れられない」という情けない事実を、見事なヤクザ構文で「強者同士の魂の共鳴」にすり替えることに成功した。
しかし、それがドグラの『勘違い』を、後戻りできない次元へと引き上げてしまった。
「(邪神デュアダロス様が……皇帝陛下の器を認め、自ら進んで配下に加わっているだと!?)」
ドグラの全身がブルブルと震え出した。
恐怖ではない。圧倒的な感動と、自らの息子がこれほどの巨大な組織(定食屋)の将軍を務めているという誇りだ。
「おおお……! 皇帝陛下! なんという恐るべきカリスマ! 神すらも魅了し、世界を掌握するその御力……! このドグラ、感服つかまつりましたァァァ!!」
ドグラは、厨房の奥で翌日の仕込み(玉ねぎの皮むき)をしているリアンの背中へ向かって、涙ながらに絶叫し、額をガンガンと床に打ち付けた。
「ん? なんだあの親父。急に泣き出して……玉ねぎの成分でも飛んだか?」
リアンは不思議そうに首を傾げたが、忙しいので無視することにした。
「お、親父!? 何やってんだこんな所で!?」
そこへ、明日の薪割りを終えたイグニスが、タオルで汗を拭きながら厨房へ入ってきた。
「おお、息子よ!!」
ドグラはガバッと立ち上がると、イグニスの両肩をガシッと掴んだ。
「イグニス! お前は本当に素晴らしい主君を持ったな! 邪神様すら従えるポポロ帝国……この父は、お前が将軍であることを誇りに思うぞ! 命を懸けて、皇帝陛下(店長)をお守りするのだ!!」
「へ? あ、あぁ……おう! 任せとけって! 俺様はポポロ帝国の右腕だからな!(バレてねぇ! よかったぁぁ!)」
イグニスも安堵の涙を流し、竜人の親子は熱い抱擁を交わした。
「(……ふぅ。なんとか誤魔化せたぜ。危うくメンツが潰れるところだったわ)」
デュアダロスはホッと息を吐き、冷めて硬くなる前に、残りの焼きチーズを急いで口に放り込んだ。
こうして、様々な嘘と見栄、そして極上の定食が複雑に絡み合い、ポポロ村は「神すら従える最強の帝国」として、ドグラの心に深く刻み込まれたのだった。
だが、この巨大すぎる勘違いが、翌日、本物の『敵』を前にして奇跡の爆発を起こすことになろうとは――。
ポポロ屋の熱い夜は、まだ終わらない。




