EP 8
「カチコミの邪神と、悲しきアルマーニ」
平和でのどかなポポロ村の入り口。
そこに、場違いなほどビシッと決めた男が立っていた。
最高級のアルマーニのスリーピーススーツ。オールバックに撫で付けた髪。そして、周囲の空気を歪めるほどの尋常ではない魔力(ただし本人は極道のオーラだと思っている)。
「おぅおぅ! てめぇら! 調子に乗んなよ!」
邪神デュアダロスが、任侠映画で100回は練習したであろう「完璧なカチコミの第一声」を村中に響き渡らせた。
しかし、そこに立ちはだかったのは、神の軍勢でも伝説の勇者でもなく、ただの(少しおバカな)竜人だった。
「あぁ~ん? 誰だおっさん?」
畑仕事の途中で通りかかったイグニスが、首にタオルを巻いたまま怪訝な顔で鼻をほじった。
「……おっさんだと?」
デュアダロスはピキリとこめかみに青筋を立てた。
「竜人族の小僧か。ワシを誰と心得る! かつて世界を二分し、神々すら恐れた最恐の存在……邪神デュアダロスよ!」
バァァァン!!
背後に幻影の黒龍が浮かび上がる(ような気がするほどの気迫)。
普通の人間なら、この名を聞き、このオーラを浴びただけで泡を吹いて気絶するはずだ。
だが、ここは魔境ポポロ村である。
「なんだ、その痛い設定は……」
イグニスはドン引きしたような目を向けた。
「中学生かよ。顔はいい歳した爺なのに、痛ぇなぁ。『世界を二分した邪神』とか、自分で言ってて恥ずかしくねぇのか?」
「な、何だとォ!? このガキィ!」
極道(邪神)のプライドを「厨二病」という言葉でへし折られ、デュアダロスはブチギレた。
「ワレェ! その腐った性根、ワシが直々に叩き直したるわ!! ウオォォォォ!!」
デュアダロスが本来の姿(邪龍形態)へと移行しようと、全身の筋肉を膨張させ、莫大な魔力を解放し始めた――その瞬間。
ビリッ……。
嫌な音が、彼の肩口から響いた。
「ハッ!?」
デュアダロスはハッと我に返った。
彼の肉体が膨張したことで、奮発してネット通販(ルチアナのアカウントを勝手に使用)で買った『特注のアルマーニのスーツ』がパッツンパッツンになり、限界の悲鳴を上げていたのだ。
「くぅ……!! ワシが本気を出すと、せっかくのアルマーニが破れちまう……!!」
デュアダロスは慌てて魔力を引っ込め、スーツのシワを必死に伸ばした。
世界を滅ぼすことよりも、イタリアの高級仕立て服(約50万円)の安全を優先してしまったのだ。
「どうした? イグニス。えらい騒がしいのう」
そこへ、騒ぎを聞きつけたニャングルが、算盤を片手にやってきた。
「あぁ、ニャングル。ポポロ村によ、変な奴が来たんだよ。前に俺へ『俺は選ばれし勇者だ!』って絡んできた奴より酷い。重度の厨二病のおっさんだぜ」
「なんやて? また面倒なのが来よったんか」
「ワ、ワシは厨二病ではない! 邪神じゃ! 極道じゃ!」
必死に弁明するデュアダロスだが、スーツの破れを気にしてモジモジしている姿は、どう見ても「ちょっとヤバい人」だった。
そこへ、騒動を聞きつけた村長のキャルルがトテトテと歩み寄ってきた。
彼女はデュアダロスの顔をじっと見つめると、全てを察したような「慈愛に満ちた(哀れむような)目」になった。
「まぁまぁ……。遠いところから来て、疲れちゃったんですよね。何か飲みます? 温かいお茶でも飲んで、落ち着いたらきっとマシになりますから……」
「マシになるって言うな! ワシはボケておらんわ!」
完全に「迷子の痛いおじいちゃん」扱いである。
最強の邪神としての威厳は、ポポロ村の土(ルナが舗装済み)に完全に地に落ちた。
「ぐぬぬぬ……!!」
デュアダロスはギリギリと歯を食いしばった。
しかし、彼の「葉巻が吸いたい」「ワインが飲みたい」「美味いチーズが食いたい」という本来の目的(欲求)が、キャルルの「何か飲みます?」という言葉に激しく反応していた。
(……ええい、背に腹は代えられん! カチコミの前に、まずは腹ごしらえじゃ!)
「お、おう……。じゃあ、ワインとチーズを頼むわ」
「はいはい、ポポロ屋にご案内しますね~。段差があるから気をつけてくださいね」
こうして、神々に落とし前をつけるためカチコミに来たはずのインテリヤクザ邪神は、キャルルに手を引かれるようにして、リアンの待つ定食屋へと連行されていくのだった。




