EP 7
「最終ダンジョン(組長室)と、哀しき一人芝居」
薄暗い地下空間。
かつて数多の勇者たちを絶望させた最終ダンジョンの「封印の間」は、今や完全に『極道の事務所』へとリフォームされていた。
黒い本革の高級ソファ、マホガニーの重厚なデスク、そして無駄にデカい観葉植物。
その部屋の奥で、液晶テレビの明かりだけがチカチカと点滅している。
画面に映っているのは、ルチアナが暇つぶし用にと適当に置いていったDVDボックス。
異世界のヤクザ映画、『極道人魚シリーズ ~広島死闘篇~』である。
『叔父貴ィィィッ!!』
『オドレ! ワレェ! よくも親父を!』
パァンッ!!
テレビから響く銃撃音と怒号。
その画面の前で、スリーピースの高級スーツをビシッと着こなした超絶イケメン――邪神デュアダロスが、革張りの組長椅子に深く腰掛け、足を組んでいた。
「……えぇなぁ。ワシも娑婆に出たいのう」
デュアダロスは、手元にない架空の盃を傾ける仕草をしながら、渋い低音ボイスで呟いた。
次の瞬間。
スッ。
デュアダロスは猛スピードで組長椅子から立ち上がり、デスクの前の空間(前座の位置)へ小走りで移動した。
そして、姿勢を正し、先ほどの「渋い組長(が座っていたはずの空の椅子)」に向かって深々とお辞儀をする。
「そうっすね! 親分! ルチアナの野郎に一泡吹かせましょうぜ!」
チンピラ風の少し高い声を出して、見えない親分(数秒前の自分)に威勢よく同意する。
そしてまた、スッと高速で組長椅子に戻り、足を組んで葉巻(これも架空)を吹かす真似をした。
「おうよ。ワシをこんな目に遭わせたあいつに、きっちり落とし前をつけさせたる……」
ドスを効かせて言い放ち、再びデスクの前へダッシュ。
「さすが! 親分! 一生ついていきやすぜ!! ……って」
ピタッ。
デュアダロスの動きが止まった。
「何で俺は、一人でこんな事しないといけないんだァァァ!!!」
デュアダロスは、ついに限界を迎えて頭を抱えた。
インテリヤクザの完璧なポーカーフェイスが崩れ去り、顔を真っ赤にして地団駄を踏む。
「空しすぎるだろ! なんだこの一人芝居! 俺は邪神だぞ!? かつて世界を滅ぼしかけた存在だぞ!?」
彼は八つ当たり気味に、指をパチンと鳴らした。
パァンッ!
空間が歪み、ダンジョンの壁の一部が塵となって消滅する。神々に匹敵する圧倒的な力だ。だが、心に空いた虚しさは消えない。
「フレアの奴、最近全然慰問に来ねぇし! 俺が楽しみにしてた『コンビニ弁当』も、『缶ビール』も、大好物の『焼きチーズ』も持って来ねぇ!!」
デュアダロスはテレビ画面をビシッと指差した。
「ヤクザ映画なんて、もうテープが擦り切れるほど見たわ! セリフも全部暗記したわ! 続編持ってこいよルチアナ! なんだよ『極道人魚』って! 人魚がチャカ撃つってどういう状況だよ! 反動で後ろに下がるだろ!」
ゼーハーと肩で息をしながら、デュアダロスは胸元にスッと手を入れた。
魔力で生成された、冷たい鋼鉄の感触。旧ソ連製のトカレフTT-33だ。
「……もう我慢の限界だ」
デュアダロスはトカレフを懐にしまい、組長室のデスクを蹴り飛ばした。
「ルチアナも、デュークも、フェンリルも……俺だけ地下に放置して、地上で好き勝手やってるらしいじゃねぇか。舐めやがって。……こっちからカチコミじゃあ!!」
最強にして最恐のインテリヤクザ邪神が、ついに「慰問の品(チーズと酒)の催促」と「身内への落とし前」のために、重い腰を上げた。
目指すは、忌々しい神々の気配が集中している場所――ポポロ村である。




