EP 3
「最強の料理人、国境の村で『定食屋』を所望する」
森を抜け、緩やかな丘を越えると、そこには牧歌的でありながら活気に満ちた光景が広がっていた。
「と・う・ちゃ・くぅ~!」
キャルルが長い耳をぴょんと跳ねさせ、太陽に向かって気持ちよさそうに伸びをした。
目の前には、石積みと木造が混在した温かみのある建物群が立ち並んでいる。
通りからは食欲をそそる出汁の香りが漂い、遠くの畑からは「ギャーッ!」という『人参マンドラ』の威勢のいい悲鳴(収穫の音)が聞こえてきた。
「ここが、ポポロ村か」
俺は目を細めた。
すれ違う住人たちは多種多様だ。畑仕事帰りのオーク、荷車を引く人間の行商人、屋台で買い食いをする猫耳族。
本来なら国を分けて殺し合うはずの種族たちが、ここでは当たり前のように挨拶を交わし、共存している。
「……良い所だな」
俺の言葉は、お世辞ではなく本心だった。
ただ、元・裏社会のトップとしての職業病か、ついつい村の設備を軍事的な目で見てしまう。
(防壁の作りが少し甘いな。あの程度の柵では、中型の魔獣の群れが来たら一息に破られる。俺の魔法で地雷原を作るか、防衛用ドローンの巡回ルートを設定すれば、半日もかからず絶対不可侵領域にできるが……いや、ダメだダメだ。まずは飯だ。俺はスローライフをしに来たんだ)
危ない。無意識のうちに村を要塞化するところだった。
「えへへ、でしょ? 自慢の村なの!」
キャルルは村の入口に立っていた自警団の若者に、助けた子供――ティムを引き渡すと、ホッと息をついて俺に向き直った。
「それで、リアンさんはこれからどうするの? 宿を探すなら、おすすめのおでん屋があるけど」
「いや、その前に……まずは君に話したい事がある。村長としての君にな」
俺が真剣なトーンで告げると、キャルルの表情が少し引き締まった。
彼女は周囲を見回し、小声で言う。
「分かった。立ち話もなんだし、私の家に来て。付いてきて」
◇ ◇ ◇
案内されたのは、村の一番奥にある、こじんまりとした一軒家だった。
村長の家というには質素だが、窓辺には彼女が自ら刺繍したと思われる「人参柄」のカーテンが揺れ、隅々まで掃除が行き届いている。
「粗茶だけど、どうぞ」
キャルルが出してくれたのは、村の特産品である『陽薬草』のハーブティーだった。
一口飲む。……悪くない。乾燥のさせ方が丁寧で、微弱な回復魔力が体に染み渡る。
「それで、話って何?」
向かいに座ったキャルルが、ルビー色の瞳で俺を真っ直ぐに射抜く。
先ほどまでのあどけなさは消え、村を守る長としての顔だ。
俺はカップを置き、改めて自己紹介をした。
「助けた時は名乗りそびれたな。改めて言うが、俺の名はリアン・クラインだ」
「……クライン?」
キャルルの片方の耳が、ピクリと不自然な角度に曲がった。
「ねえ、リアン。私、ルナミス帝国に少しだけいたことがあるから知ってるんだけど……帝国には『クライン公爵』っていう、逆らう者を影から次々と消し去る、とんでもなく恐ろしい裏の支配者がいるって噂よ。確か、その長男の下の名前も……」
鋭い。
さすがは元近衛騎士候補だ。情報のアンテナが高い。
だが、ここで身バレして公爵家に連れ戻されるわけにはいかない。
俺は一切の動揺を見せず、無表情のまま即答した。
「同姓同名だ」
「……へ?」
「よくある名前だろう? リアンも、クラインも。俺はただの料理人だ。公爵様ともあろうお方が、こんな辺境で護衛もつけずに泥だらけになってゴブリンを狩るわけがないだろう」
「うーん……言われてみればそうかも。公爵様って、もっと恰幅が良くて、高そうな服を着てふんぞり返ってるおじさんってイメージだし」
キャルルは腕組みをして唸った後、あっさりと納得した。
……助かった。世間の公爵に対する偏見が酷くて命拾いした。
「それで、キャルル。単刀直入に言うが、俺はこの村に滞在したい」
「滞在? お客さんとして?」
「いや、住人としてだ」
俺は身を乗り出した。
「俺は、ここで『定食屋』を開きたい」
「定食屋……?」
キャルルが目を丸くする。
「ああ。ここに来る途中、村の畑を見せてもらった。月見大根、太陽芋、ニンジンマンドラ……どれも一級品の食材だ。だが、そのポテンシャルを活かしきれているとは言い難い」
俺の前世――三ツ星シェフとしての血が騒ぐのだ。
「ルナミス、アバロン、レオンハート。3つの国が重なるこの場所は、あらゆる種族の舌が集まる場所だ。俺の料理を試すには、世界で一番うってつけの場所なんだよ」
俺の熱弁を聞いて、キャルルはしばらく沈黙した。
村長として、得体の知れない(しかもやたら強い)男を村に定住させていいのか、天秤にかけているのだろう。
真剣な面持ちで悩むウサギの村長。
だが、彼女の鼻がヒクヒクと動いた。
俺があげた生キャラメルの、あの甘い余韻を思い出しているに違いない。
俺は、最後の一押し(トドメ)を刺すことにした。
「俺の店を置かせてくれるなら、約束しよう。あの生キャラメルすら児戯に思えるような、極上の定食を毎日作ってやる。もちろん、村長には特別サービスだ」
「ご、極上の……!」
その言葉が、完全に理性の堤防を決壊させた。
キャルルはパッと顔を輝かせ、満面の笑みでバンッとテーブルを叩いた。
「分かった! 出店を許可するわ!」
彼女は身を乗り出し、俺の手を両手でギュッと握った。
「ただし条件があるわ。村の行事や自警団の活動には協力すること! あと……新作料理の試食は、絶対に一番最初に私に食べさせてよね?」
「ああ、契約成立だ。村長殿」
こうして俺、リアン・クラインは、ポポロ村の公認住人となった。
スローライフの第一歩。
まずは――この村の食卓を、俺の色(異世界の料理)に染め上げるとしようか。
「それで、お店をやるなら物件が必要よね? ちょっとボロい空き家ならあるんだけど……」
「ボロいのは構わない。俺が『リフォーム』するからな」
俺は密かに、魔法ポーチの中の『ネット通販』のカタログを開きながら、不敵に笑った。
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