EP 2
「月兎の村長と、魅惑の生キャラメル」
ポポロ村を目指し、のどかな街道を歩いていた時のことだ。
「……チッ。またか」
風に乗って、金属がぶつかり合う硬質な音と、下品な怒声が聞こえてきた。
剣戟の音だ。
スローライフを志す身としては、トラブルには関わり合いたくないのが本音だ。だが、その音の中に、明らかに幼い子供の悲鳴が混じっていた。
「……晩飯の仕込み前に、一運動するか」
俺はため息をつき、音がする森の奥へと足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇
森の開けた場所で、一人の少女が囲まれていた。
白銀の髪に、長く美しい兎の耳。
華奢な体には不釣り合いなほど無骨な剛鉄の『ダブルトンファー』を構え、足元には特注の安全靴。そして、背後には震える人間の子供を庇って立っている。
(あれは……月兎族か?)
対するは、屈強な体躯を持つ虎耳の獣人兵たち。数は5人。
正規の訓練を受けた嫌らしい動きで、ジリジリと少女の退路を塞いでいる。
「貴方達の目的は何!? ただの人攫いじゃないわね!」
少女――キャルルが鋭い声で問いただす。
リーダー格の獣人兵が、舌なめずりをしながら下卑た笑みを浮かべた。
「へへ……それはアンタが一番よく分かってるだろ? 『元・レオンハート近衛騎士候補』のキャルル嬢よぉ!」
「っ……!(やっぱり、国からの追手か。でも、この子を庇いながらだとキツイ……!)」
「アンタは『月兎族の最高傑作』だ。生け捕りにして裏のオークションにでも流せば、俺たちは一生遊んで暮らせるからなァ! 大人しくお縄につきな!」
キャルルの額に脂汗が滲む。
彼女単体の実力なら、この程度の連中、瞬殺できるだろう。だが、背後の子供を守りながらでは、一瞬の死角を突かれて子供が殺されてしまう。
それを理解している獣人兵たちは、わざと子供を狙う素振りを見せて彼女を消耗させていた。
――胸糞が悪い。
「やれやれ。女と子供相手に複数で襲いかかるとはな。どう見ても、お前達が悪役の構図だぞ」
俺は木陰からゆっくりと姿を現した。
「あ、あんたは……!?」
「な、なんだ貴様は!? ただの人間の優男が、しゃしゃり出てくンじゃねぇ!」
キャルルと獣人兵が同時にこちらを向く。
俺は肩をすくめ、冷ややかな視線を獣人兵たちに向けた。
こいつらは、すでに俺の平穏な散歩道を汚した「ゴミ」だ。
「悪党に名乗る名は無い。――『影丸』、拘束しろ」
俺が足元に命じた瞬間。
俺の影が、意思を持ったようにズズズッと伸びた。
漆黒の騎士のシルエットが地面を高速で滑り、獣人兵たちの足元の影へと潜り込む。
「な、なんだ影が動か――!?」
影丸の拘束術『シャドウ・バインド』。
獣人兵たちの影から黒い刃のような蔦が無数に伸び、彼らの四肢を地面へと強引に縫い止めた。
「ぐっ、動けねぇ!? 魔法か!?」
「今だ。やれ」
俺が顎でしゃくると、キャルルの兎耳がピクリと動いた。
彼女はその一瞬の好機を、決して見逃さなかった。
「わ、分かんないけど……好機! ――月影流『乱れ鐘打ち』!!」
ドォォォォォン!!
キャルルの姿がブレた。
特注の安全靴に闘気を纏わせた連続の回し蹴りが、豪快な鐘の音のような衝撃音を立てて炸裂する。
一人、二人、三人――。
拘束されて回避すらできない獣人兵たちの顎と鎧に、的確かつ慈悲のない一撃が叩き込まれた。
「ぐえええッ……!?」
「あべばッ!」
ものの数秒。
白目を剥いて泡を吹き、顎を砕かれた獣人兵たちが、折り重なるように倒れ伏した。完全なる制圧だ。
「……終わったか」
「ふぅ……」
俺が影丸を引っ込めると、キャルルは荒い息を吐きながらトンファーを下ろした。
そして、子供をかばうように立ち塞がり、警戒心丸出しのルビー色の瞳で俺を睨みつけてくる。
「あ、貴方は何者なの!? その影……ただの人間じゃないわよね? 召喚術師?」
「俺か? 俺はただの料理人だ」
「はぁ!?」
キャルルの兎耳がピンと逆立った。
「う、嘘おっしゃい! あんなエグい影の魔法を使う料理人がいてたまるもんですか!」
「本当だ。証拠を見せてやる」
俺は腰の魔法ポーチ(という名の『ネット通販』の隠れ蓑)に手を突っ込んだ。
キャルルがビクリと身構え、トンファーを握り直す。
だが、俺が取り出したのは武器ではない。
半透明のパラフィン紙に包まれた、琥珀色の小さな直方体だ。
「これは俺が手作りした『生キャラメル』だ。さっきの国境の街で仕入れた新鮮なミルクと蜂蜜を、絶妙な温度で煮詰めてある」
「な、生……キャラメル……?」
フワッ。
包み紙を開いた瞬間、濃厚で甘いバニラと焦がしバターの香りが森に漂った。
ピクピクッ。キャルルの鼻と長い耳が、本能に抗えず正直に反応する。
「食ってみろ。毒なんて入ってない」
「……い、いただきます」
キャルルはおずおずと一つ摘み、口に放り込む。ついでに、背後の子供にも一つ渡した。
「んっ……!」
その瞬間、キャルルの表情が劇的に溶けた。
体温で滑らかにほどけるキャラメル。戦い続きで張り詰めていた彼女の心と体に、糖分と暴力的なまでのミルクの甘みが、津波のように押し寄せる。
「おいしぃぃぃぃ……♡」
「あまぁぁい……!」
子供と二人、両手で頬を押さえて悶絶している。
さっきまでの殺伐とした空気や、凄まじい蹴りを放っていた戦闘狂の面影はどこへやら。完全に骨抜きだ。
「あ、貴方……本当に料理人なのね……。悪い人じゃない、みたい」
キャルルは口元の緩みを慌てて引き締め、コホンと咳払いをして居住まいを正した。
「ごめんね、疑って。助けて貰ったのにお礼も言って無かったし……ありがとう! 私はキャルル。こっちは村の子供のティムよ」
「俺はリアンだ。気にするな、悲鳴が聞こえたから来ただけだ」
俺は倒れている獣人兵たちを見下ろした。
こいつらは後で自警団にでも突き出すか。
「それより、何故こんな森の中に女と子供だけでいた? ここは魔物も出るぞ」
「……実はね、前の村長のロップさんが亡くなって、今日でちょうど一週間だったの」
キャルルは少し寂しげに、森の奥にある小さな石碑に視線をやった。
「お墓にお花を添えようと思って来たんだけど、帰り道で待ち伏せされちゃって」
「そうだったのか」
「村のみんなもゴタゴタしてて……なりゆきで、私が新しい『村長』になったばかりなのよ」
キャルルは「えへへ」と困ったように笑いながら、人参柄の刺繍が入ったハンカチで額の汗を拭った。
なるほど。元近衛騎士候補という実力と、この責任感の強さ。満場一致で村長に推されるのも納得だ。
「君が村長か。それは丁度いい」
俺はリュックを背負い直し、ニヤリと笑った。
「俺をその村――ポポロ村に案内してくれないか? 美味い食材と、静かな寝床を探してるんだ」
「えっ? あ、うん! もちろんよ! 私の村の恩人だもの、最高のおでんでおもてなしするわ!」
キャルルは嬉しそうに兎耳を揺らすと、俺の手を引いて歩き出した。
どうやら、俺のスローライフの拠点は、思ったよりも賑やかで、そして退屈しなさそうな場所のようだ。
「へへっ、リアンさんの料理、もっと食べてみたいなぁ!」
「ああ。宿の厨房を借りられたら、この生キャラメルより美味い飯を作ってやるよ」
こうして俺は、武闘派にして最強の村長と共に、ポポロ村の門をくぐることになったのだった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




