EP 2
「父、来襲。――ポポロ帝国建国のお知らせ」
数日後。
イグニスの書いた見栄と虚勢(嘘八百)にまみれた手紙が、『ゴルド郵便・超特急便(ドラゴン便)』によって実家に届けられた、まさにその翌日のことだった。
ズシーン……ズシーン……!
ポポロ村の地面が、一定のリズムで大きく揺れ始めた。
ポポロ屋のテーブルに置かれたコップの水が波紋を描き、棚の皿がカタカタと嫌な音を立てる。
「な、なんだ!? また地竜でも出たのか!?」
リアンが厨房から顔を出し、外の様子を伺う。
そこへ、猫耳商人のニャングルが、顔面を紙のように蒼白にして店に飛び込んできた。
「た、た、大変でっせー!! 村の入り口に、とんでもない行列が来とる!」
「行列? うちの弁当を買いに来た客か?」
「ちゃうわ! 全身フルプレートメイルで重武装した、竜人族の一団や! 先頭のデカい爺さん、『ワシはポポロ帝国の将軍イグニスの父、ドグラ・ドラグーンである! 息子の晴れ姿を見に来た!』って言うて、村の門を粉砕しよったで!」
「!!??」
ガシャァァァン!!
店内で皿洗いをしていたイグニスの顔から、一瞬にして全ての血の気が引いた。手から滑り落ちた皿が粉々に砕け散る。
彼はそのまま泡を吹き、その場に膝から崩れ落ちた。
「お、親父ぃぃぃ!? 早すぎるだろ! どんだけフットワーク軽いんだよあのクソ親父!」
「おい、イグニス。どうすんだこれ。村の入り口からここまでは、徒歩で10分だぞ」
リアンが、絶対零度の冷ややかな目で見下ろす。
嘘がバレれば、イグニスはただでは済まない。竜人の掟では「一族を騙した者は、鱗を全部剥いで荒野に放置」という凄惨な罰が待っているらしい。
イグニスはガバッと起き上がると、リアンの足に涙ながらにすがりついた。
「た、頼むリアン! キャルル! みんな! 今から10分間だけでいい、この定食屋を『ポポロ帝国』にしてくれ!!」
「はぁ? バカかお前」
「無理に決まってるでしょ!」
キャルルも呆れ果てて叫ぶ。
だが、イグニスは必死だった。涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、床に額を擦りつける。
「頼む! この通りだ! 親父にバレたら俺様はマジで殺される! 一生皿洗いでも、畑仕事でも、便所掃除でも何でもするから! 『俺様=将軍』『リアン=皇帝』『キャルル=宰相』ってことにしてくれぇぇ!!」
哀れな爬虫類が泣き喚く中、ルナがひょっこりと顔を出した。
「あら? なんだか面白そうですわね☆ 帝国ごっこですか?」
ルナはニッコリと無邪気に笑い、世界樹の杖を高く掲げた。
「じゃあ、舞台セットは私が作りますぅ! えいのえいのえいっ☆」
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
大地が鳴動した。
ポポロ屋(木造平屋)を中心に、地中から世界樹の極太の根が爆発的に隆起する。
店ごと空中に持ち上げられ、木々が複雑に絡み合い、瞬く間に天を突くような『仮設・世界樹城』が形成されていく。
さらに、ルナは店の前の広場にあるただの巨大な岩を指差した。
「そして~、イグニスさんの手紙に書いてあった『純金像』でしたっけ? ――『物質変換』!」
カッ!!
ただの岩が、眩い黄金の光を放ち始めた。
光が収まると、そこには両手斧を掲げてドヤ顔をする**『純金製イグニス像(高さ5メートル)』**が爆誕していた。
「で、できちゃった……」
キャルルが口を開けたまま固まる。
(※ただしルナの魔法なので、3日後にはただの岩に戻る詐欺仕様である)。
「よし! 外見の形にはなった!」
イグニスは勢いよく立ち上がり、引き出しから取り出した『王冠(ネット通販でリアンが買った宴会用パーティグッズ)』を、コックコート姿のリアンの頭に無理やり被せた。
「リアン! 今日だけはお前が皇帝だ! 偉そうにしててくれ! 絶対に『いらっしゃいませ』とか『ご注文は?』とか言うなよ!」
「……チッ。でかい貸し一つだからな」
リアンは舌打ちをし、ルナの魔法で玉座風にアレンジされた厨房の椅子に深く座り、足を組んだ。
バンッ!!
その瞬間、城(定食屋)の扉が豪快に蹴破られた。
「イグニスー!! 父が来たぞー!! どこだ我が息子よ!!」
現れたのは、身長3メートル近い巨漢の老竜人。
イグニスの父であり、竜人族の族長ドグラ・ドラグーン。その背後には、屈強な親衛隊がズラリと並んでいる。
ドグラは店内を見渡し、玉座(厨房)に座るリアンと、その横に控えるイグニス(エプロンを脱ぎ捨てて両手斧を構えている)を見た。
「おお……! なんという神秘的な城だ。これがお前の拠点か! そして、そちらにおわすのが……」
イグニスが一歩前に出る。
声が裏返りそうになるのを必死に抑え、腹から声を出した。
「ち、父上! 遠路はるばるよく来たな! 紹介しよう! このお方こそが、我が主君にしてポポロ帝国の偉大なる皇帝、リアン・フォン・クライン陛下であらせられる!!」
リアンは無言で、ドグラを見下ろした。
その目には、数々の修羅場を潜り抜けてきた「本物の強者の覇気」と、かつて帝都の裏社会を震え上がらせた『死神』の冷徹な殺気が宿っている。
演技ではない。ただ、元・最強の暗殺者としての地が出ただけだ。しかも頭には、チープなプラスチックの王冠。
「……ほう」
ドグラが息を呑んだ。
「(なんと……ただ座っているだけで、肌を刺すようなこの威圧感! そして、己の真の力を隠すかのように、あえてチープな王冠や料理人の服を着こなす余裕……! 只者ではない! 息子が仕えるに値する、底知れぬ器だ!)」
ドグラはガシャンと重い音を立てて膝をつき、深く頭を垂れた。
「お初にお目にかかります、皇帝陛下! 愚息イグニスが将軍としてお世話になっております!」
「……うむ。楽にしろ」
リアンが、低く威厳のある声で短く答える。
「イグニスは……まぁ、よくやっている。日々の皿……いや、戦場での働きは見事だ。俺の片腕として重宝している」
「おお! 陛下からの直接のお褒めの言葉、恐悦至極!」
ドグラはボロボロと涙を流して感激した。
イグニスは背後で、リアンに向けて親指を立てて「グッジョブ!」のサインを送っている。
しかし、この薄氷を踏むような嘘が、ここで終わるはずがなかった。
ドグラが顔を上げ、期待に満ちた熱い眼差しで言ったのだ。
「して、陛下。手紙にあった『3万人の部下』による軍事演習……ぜひ、この老いぼれの目にも拝見しとうございます!」
「!!!」
イグニスが再び凍りついた。
3万人。
今ここにいるのは、リアン、キャルル、ルナ、ニャングル、イグニス。あと、冷蔵庫の横に逃げ遅れたネタキャベツが1玉。計5人と1玉だ。
「ど、どうするんや……!?」
ニャングルがカウンターの陰で小声で叫ぶ。
絶体絶命のピンチ。
その時、キャルル(宰相役)がスッと一歩前に出た。
「ふふふ……ドグラ殿。あいにく、我が帝国の正規軍は現在遠征中でして」
キャルルはニッコリと完璧な営業スマイルを浮かべ、窓の外の畑を指差した。
「代わりと言ってはなんですが……我が国の誇る『特殊部隊・マンドラゴラ師団』による、苛烈な演習をお見せしましょう。――ルナ、やって!」
「は~い☆ みんな起きろ~!」
ルナが窓の外に向かって杖を振った。
ギャアアアアアアアアア!!!
畑の土が弾け飛び、ルナの魔法で限界までパンプアップされた数千本の『ニンジンマンドラ』が一斉に飛び出した。
奇声を上げ、残像を残しながら音速の反復横跳びで畑を走り回る、まさにこの世の地獄絵図が展開された。
「おおお! なんという俊敏さ! なんという統率の取れた(?)変則的な動き! あのような謎の植物兵器を飼い慣らしているとは……これがポポロ帝国の真の力か!」
ドグラは完全に勘違いして、感動のあまり震え上がっているが、実際はただルナのドーピング魔法で野菜がパニックを起こしているだけである。
ポポロ村の運命とイグニスの命は、文字通り薄皮一枚で繋がっていた。




