第三章 神々の飲み会とインテリ邪神
「拝啓、親父殿。俺様はポポロ帝国の将軍になりました(大嘘)」
昼下がりの『ポポロ屋』。
ランチタイムの嵐が過ぎ去り、客足が落ち着いたアイドルタイム(休憩時間)の店内には、のんびりとした空気が流れていた。
――ただ一箇所を除いて。
「……ッ、……よし」
店の片隅のテーブル席。
エプロン姿の竜人族、イグニスが、鬼気迫る形相で羊皮紙に向かってペンを走らせていた。
丸太のように太い腕から繰り出されるすさまじい筆圧により、羊皮紙がギリギリと悲鳴を上げている。まるで恐ろしい呪いの魔法陣でも刻んでいるかのようだ。
「『拝啓、親父、お袋へ。……俺様は今、ポポロ帝国というすげぇデカい国で、最強の将軍をやってる』」
イグニスがブツブツと読み上げながら書くその内容に、横から覗き込んでいたキャルルが即座に無慈悲なツッコミを入れた。
「帝国? ここ、ポポロ村なんですけど」
キャルルはジト目で周囲を見回した。
窓の外に広がるのは、のどかな田園風景。行き交うのは農作業中のオークのおばちゃんや、日向ぼっこをしている猫だ。どこをどう切り取っても、平和な「村」である。
「うるせぇ! 心意気は帝国なんだよ! 器の問題だ!」
イグニスは聞く耳を持たず、さらに筆を進める。ここから先は、もはや見栄と虚勢が服を着て歩いているような嘘八百のオンパレードだった。
「『……俺様の活躍は凄まじく、広場には純金で出来た俺様を讃える像も立ったぜ。村人……いや、国民たちは毎日、俺様の像に祈りを捧げている』」
「……」
「『……俺様の直属の部下は3万人居て、俺様が直々にしごいて鍛えてる。毎日、大地を揺るがすような訓練の声が響いているぜ』」
「おい」
カウンターの中でグラスを磨いていたリアンが、布巾を持ったまま呆れ果てた声を出した。
「3万人って、この村の人口は全員合わせても300人も居ないんだが……」
「しかもその内訳、半分は畑で走り回ってるマンドラ(野菜)じゃない?」
キャルルが的確な追撃をする。
実際のイグニスの「部下」といえば、畑の害虫駆除や皿洗いを手伝ってくれる近所の子供(3人)くらいのものだ。3万人には程遠い。
「うるせぇ! 細かい数字を気にするな! 四捨五入すりゃ3万人だ!」
「どういう計算だ。お前の脳内算盤は壊れてるのか」
リアンは深いため息をついた。
この竜人、故郷の親に見栄を張るためなら、算数の概念すらねじ曲げる気らしい。
「よし! 書けたぜ!」
イグニスは満足げに手紙を封筒に入れ、これでもかとばかりに立派な封蝋を垂らして、竜人族の紋章をバンッと押し付けた。
「ニャングル! これを『ゴルド郵便』で竜人の里まで送ってくれ! 超特急便だ!」
「お、おう……」
呼ばれた猫耳商人のニャングルは、受け取った手紙の重み(というより罪の重み)に、引きつった笑いを浮かべていた。
「ええんか、ホンマにこれ……。親御さんが事実を知ったら卒倒するで? 『うちのバカ息子が、知らん間に皇帝の側近になって、純金の像まで建っとる』やなんて……」
「いいんだよ! バレなきゃ真実だ!」
堂々と詐欺師の理論を口にするイグニス。
そこへ、奥の世界樹のログハウスから遊びに来ていたルナが、トテトテと歩み寄ってきた。
彼女はキラキラした純真な瞳で、イグニスを見上げる。
「イグニスさん? 純金の像が欲しかったんですか? 私、作りましょうか?」
ルナは、神話級のアーティファクトである『世界樹の杖』を無邪気に構えた。
「石ころを金に変える魔法なら得意ですぅ☆ 3万人の部下も、裏の土からゴーレムで練成すればすぐに作れますよぉ?」
「バカ野郎!!」
イグニスは血相を変えて、ルナの杖を持つ手をバシッと払いのけた。
「お前の黄金化魔法は『3日で元(石)に戻る偽金』じゃねぇか! そんなもんはただの詐欺だ! 誇り高き俺様のプライドが許さん! 絶対にいらん!」
――その瞬間。
店内にいた全員(リアン、キャルル、ニャングル)の心が、見事に一つになった。
「「「詐欺師はお前だ!!!!」」」
「ぐっ……!?」
三方向からの見事な正論ストレートパンチに、イグニスがたじろぐ。
「う、うるさい! 手紙の中だけなら夢を見てもいいだろ! 俺様だっていつかは本当に……!」
「夢を見るのは勝手だが、親が視察に来たらどうするんだ」
リアンの氷のように冷徹な指摘に、イグニスは一瞬凍りついた。
しかし、すぐにブルブルと頭を振って、ひきつった声で笑い飛ばした。
「ガ、ガハハ! 心配すんな! 親父たちのような古い竜人は、里から一歩も出たことねぇんだ! わざわざこんな人間の国まで来るわけがねぇ! ……たぶん!」
「知らんで、ほんまに……ワイはちゃんと忠告したからな」
ニャングルはやれやれと肩をすくめ、「宛先:竜人の里・族長ドグラ・ドラグーン様」と書かれた分厚い封筒を、鞄の奥深くにしまった。
この見栄と虚勢にまみれた一通の手紙が。
後にポポロ村を揺るがし、神々をも巻き込む「国家規模の最大級トラブル」の特大の火種になるとは――この時のイグニスは、まだ知る由もなかったのである。




