EP 12
「ご新規様(近衛騎士団)ご案内~!」
カチャカチャカチャ……。
ズズッ、ガツガツガツ!!
ポポロ屋のテラス席に響き渡るのは、剣戟の音でも怒号でもない。
ルナミス帝国最強の近衛騎士団五十名が、無心で肉を貪り、白米をかき込む音だけだった。
「兄上……おかわりを! ご飯大盛りでお願いします!!」
「こっちもだ! ソースを……あの神のソースをもっとかけてくれぇ!」
「ひぃぃん、美味いよぉ……生きててよかったぁ……」
白銀の鎧を油と肉汁でギトギトに汚しながら、エリート騎士たちがボロボロと涙を流して『地竜の極上ステーキ定食』を胃袋に流し込んでいる。
もはやそこに、帝国の威信も騎士の誇りもない。あるのは「美味い飯に完全に屈服したオス」の姿だけだった。
「はいはーい! ご飯大盛りですねっ☆」
「おら! 食ったらさっさと皿を寄越しやがれ! 俺様が洗うんだからな!」
「お水のおかわりいりますかー?」
ルナ(世界樹の巫女)、イグニス(次期竜王)、キャルル(最強の月兎)という神話級の怪物たちが、テキパキと給仕や皿洗いをこなしていく。
その光景を見つめながら、内務官オルウェルは地竜の肉を咀嚼し、熱い涙を流していた。
「……美味い。圧倒的に美味い……。クラウス団長、我々は完全に敗北しました。リアン様が創り上げたこの『ポポロ屋』という名の独立国家……その真の恐ろしさは、武力でも魔法でもなく、この『絶対的な美味(胃袋の支配)』だったのですね……!」
「ああ。その通りだ、オルウェル」
クラウスは、三杯目の大盛りご飯を平らげ、食後の自家製コーヒーを啜りながら深く頷いた。
「兄上は、剣を交えることすらなく、たった一食の『定食』で我々近衛騎士団の牙を抜いた。もし我々が帝国に帰り『リアン・クラインを討伐せよ』と命じられれば……」
「不可能ですね。このステーキが二度と食べられなくなるくらいなら、私は迷わず帝国を裏切ります」
「私もだ」
帝国のトップエリート二人が、あっさりと国を捨てる発言をした。
「……おい、お前ら」
カウンターの中でフライパンを洗っていた俺は、呆れ果てて口を挟んだ。
「勝手に国を裏切るな。ここはただの定食屋だ。食うもん食ったら、さっさと帝都に帰れ」
「帰れ、と……?」
クラウスがハッと息を呑み、何かを勝手に察した顔で立ち上がった。
「そうか! 我々がここに長居すれば、皇帝陛下が不審に思い、ポポロ村に正規軍を差し向けるかもしれない。兄上は、この村(新世界)の平穏を守るため、我々に『帝都に戻り、ポポロ村の無害さを偽装しろ』と命じておられるのですね!」
「……(もう好きにしろ)」
「承知いたしました! このクラウス、皇帝陛下には『ポポロ村は恐るべき魔境。迂闊に手を出せば帝国が滅ぶため、定期的な偵察(という名の定食屋通い)による監視が必要』と報告しておきます!」
「うむ。完璧な隠蔽工作ですね、団長」
オルウェルがキラリと眼鏡を光らせて同調する。
つまりこいつら、公費(偵察任務)で俺の飯を食いに来る気満々だ。
「まいどォ!! ほな、五十名様で金貨五十枚になりまっせー!」
そこへ、満面の邪悪な笑みを浮かべたニャングルが算盤を弾きながらやって来た。
「安い! これほどの奇跡の味、金貨百枚でも足りぬわ! 取っておけ、猫の商人!」
「ヒャッホォォゥ! 毎度ありィ!!」
クラウスがポンと金貨の入った袋を投げ渡し、ニャングルが歓喜の舞を踊る。
「総員、抜刀!」
チャキッ!!
クラウスの号令で、満腹になった五十名の騎士たちが一斉に立ち上がり、俺に向けて剣を掲げた。
「我らルナミス帝国近衛騎士団は、これより『死神の定食屋』の常連客として、兄上の覇道を影ながらお守りいたします! ……兄上、明日の日替わりランチは何ですか!?」
「アジの開きと豚汁だ。……帰れ」
俺が布巾を振り払うようにシッシッと手を振ると、騎士団は「明日は魚か!」「豚汁だと!? 絶対に休みを取って来るぞ!」と歓喜の雄叫びを上げながら、帝都へと嵐のように去っていった。
◇ ◇ ◇
嵐が去った後の、ポポロ屋。
夕日に照らされる店内には、心地よい静寂が戻っていた。
「あー、忙しかったぁ! でも、皆すっごく美味しそうに食べてくれたね、リアン君!」
キャルルが伸びをしながら、ニコニコと笑う。
「俺様、皿を一枚も割らなかったぜ! 褒めろ!」
「私もお弁当箱、いっぱい作りましたぁ☆ さぁ、おやつ(パフェ)の時間ですよぉ!」
「リアンはん! 今日の売り上げ、過去最高でっせ! ワイら、億万長者も夢やありまへん!」
騒がしい従業員たち。
最強の月兎族、次期竜王、世界樹のハイエルフ、そして守銭奴の猫耳商人。
俺は、ピカピカに磨き上げられた包丁を見つめ、ふと窓の外を見た。
暗殺者として、血と硝煙の匂いに塗れていた前世とこれまでの25年間。
全てを捨てて、のんびりとしたスローライフを求めてこの辺境の村にやって来たはずだった。
だが、現実はどうだ。
伝説の種族たちを住み込みの従業員としてこき使い、三大国の国境軍を弁当で支配し、あろうことか帝国の最強騎士団を「常連客」として手なずけてしまった。
俺の失踪により、帝都の裏社会は大混乱に陥り、各国の首脳陣は「ポポロ村の謎の軍師」に怯えきっているらしい。
「……どうしてこうなった」
俺は思わず、呆れたように独りごちた。
しかし、俺の淹れたコーヒーを飲みながら、キャルルたちが他愛もないことで笑い合っている姿を見ると。
「……まぁ、悪くないか」
血の匂いはしない。
あるのは、出汁の優しい香りと、玉ねぎを炒める甘い匂い。そして、美味い飯を食った客の笑顔だけだ。
「リアン君! 明日の豚汁の仕込み、手伝うよ!」
「ああ。……頼むぞ、キャルル。イグニス、ルナ、ニャングル。明日も戦場だ。気合い入れろよ」
「「「おーーっ!!」」」
俺の静かなスローライフは、どうやらまだまだ遠そうだが。
最強暗殺公爵による、異世界定食屋の「美味しい無双」は、まだ始まったばかりである。




