EP 11
「死神の定食屋と、ひれ伏す弟」
ポポロ屋の裏庭に、凄まじい土埃が舞っていた。
ルナミス帝国が誇る最強の武力、近衛騎士団の精鋭五十名と内務官オルウェル。そして、白銀の鎧を着た騎士団長クラウス(俺の弟)。
彼らは一糸乱れぬ完璧なフォームで、俺の足元に平伏(スライディング土下座)していた。
「「「リアン様ァ! 我ら一生ついて行きますゥゥ!!」」」
大の大人が五十人、涙と鼻水を流しながら大地に額を擦りつけている。
俺は、血抜きを終えた地竜の肉の塊と包丁を持ったまま、深く、深いため息をついた。
「……なぁ、クラウス。お前たち、一体何を勘違いしてるんだ?」
「勘違いなどしておりません、兄上!!」
クラウスが顔をバッと上げた。その瞳には、狂気すら帯びた忠誠の炎がメラメラと燃え盛っている。
「私には全て視えております! 兄上が公爵家を出奔された真の理由……それは、腐敗した帝国の枠組みを捨て、この三国境の中立地帯に『真の独立国家』を建国するためだったのですね!」
「……は?」
「誤魔化す必要はありません! その証拠に、兄上の背後をご覧ください!」
クラウスがビシッと指差す。
その先には、血まみれのエプロン姿で斧を持つ竜人、弁当箱を量産して疲れた顔のエルフ(ルナ)、そしておしぼりを畳んでいる月兎族がいる。
「レオンハートの最高傑作たる月兎族を『給仕』に! 誇り高き竜人の次期族長を『解体業者』に! そして神の代行者たるハイエルフを『工場の歯車』に! これら神話級の怪物たちを『底辺の労働力』として完全に支配・調教するその圧倒的なカリスマ!」
「おい、誰が底辺の労働力だコラ!」
「ひどいですぅー!」
イグニスとルナが抗議の声を上げるが、クラウスの目には『恐怖で従わされている可哀想な怪物たち』にしか見えていないようだ。
「さらに!」
今度は、内務官オルウェルが眼鏡を震わせながら口を開いた。
「リアン様……貴方様が仕掛けた『ベントウ』による兵站支配! 血の一滴も流さず、大陸三大国の国境軍を完全に骨抜きにし、実質的な貴方様の『私兵』へと変貌させたその神算鬼謀! 我が帝国の軍略など、貴方様の前では児戯にも等しい!」
「お、俺たちの弁当、そんなヤバい兵器扱いされてんのか……?」
「……ただのワンコイン弁当だが」
俺が呆れて突っ込むが、彼らの耳には届かない。
「極めつけは、このA+ランクの災害級モンスター『地竜』!」
クラウスが、吊るされた地竜の肉塊を指差して絶叫した。
「一国を滅ぼすバケモノすら、兄上にとってはただの『食肉』! もはや兄上の力は神の領域! このポポロ村こそが、新世界の中心なのです!!」
「……」
俺は無言で、こめかみをグリグリと揉んだ。
すごい。何から何まで、見事に点と点が(間違った方向に)線で繋がっている。
これを論理的に否定して、俺がただ「料理を作ってスローライフをしたいだけの一般人」であることを証明するのは、不可能に近い。
(……面倒くさい。説明するだけ無駄だな)
俺はスッと真顔に戻り、手の中の包丁をくるりと回した。
「お前らの妄想はどうでもいいが……ここはただの『定食屋』だ」
「て、定食屋……。そうか! 独立国家を偽装するための暗号名ですね!」
「違う。飯屋だ。……飯屋の敷地に土足で上がり込み、営業を妨害するなら……」
ゴゴゴゴゴ……!
俺の全身から、暗殺公爵時代の『死神の殺気』が漏れ出す。
五十人の騎士たちが、ヒッ! と喉を鳴らして震え上がった。
「叩き斬って、その地竜と一緒にミンチにするぞ」
「ひぃぃぃッ!! も、申し訳ございません兄上ェ!!」
「客として来たなら、席に座れ。……ニャングル! 表のテラス席にこいつらを案内しろ!」
「へ、へいへい! 旦那衆、こちらへどうぞぉ!」
猫耳商人に誘導され、屈強な帝国騎士たちが、子羊のようにガクガクと震えながらポポロ屋のテラス席へと詰め込まれた。
◇ ◇ ◇
「ご注文は『地竜の極上ステーキ定食』五十名様分でよろしいでっか? お値段は一人前、金貨一枚(約一万円)になりまっせ!」
「き、金貨一枚!? ただの定食で……!?」
ぼったくり価格に騎士たちが悲鳴を上げるが、クラウスが「黙れ! 兄上の料理だぞ、金貨百枚でも安いわ!」と財布を叩きつけた。
厨房では、俺が凄まじい速度で調理を開始していた。
地竜の肉は、魔力を含んで非常に硬い。だが、下処理で叩き、赤ワインと特製の発酵調味料(醤油草)に漬け込むことで、繊維が解けて劇的に柔らかくなる。
カンカンに熱した極厚の鉄板に、地竜の霜降り肉を投入する。
ジュワァァァァァァッ!!
暴力的なまでの脂の弾ける音。
そこに、ニンニクのすりおろしと、焦がしバター醤油の特製ソースを豪快にかける。
「うおっ……!?」
「な、なんだこの匂いは……!?」
テラス席で怯えていた騎士たちの鼻腔を、爆発的なステーキの匂いが直撃した。
恐怖で縮み上がっていた彼らの胃袋が、本能的に『メシを寄越せ』と反乱を起こし、グゥゥゥゥ! と大合唱を始める。
「お待たせしましたぁ! 地竜のステーキですわっ☆」
「ほらよ! 食い残したらアゴ砕くぞコラ!」
ルナ(エルフ)とキャルル(月兎)、そしてイグニス(竜人)という、神話の図鑑から飛び出してきたようなバケモノたちが、給仕として料理を運んでくる。
騎士たちは「ひぃぃ、ありがとうございますぅ」と涙目で受け取った。
熱々の鉄板の上で、ジュージューと音を立てる分厚い地竜のステーキ。
その隣には、大盛りのツヤツヤの白米(銀シャリ)。
「……兄上。いただきます」
クラウスが震える手でナイフとフォークを持ち、肉を切った。
硬いはずの地竜の肉が、まるで豆腐のようにスッと切れる。
断面からは、ルビーのように美しい赤身と、キラキラと輝く肉汁が溢れ出した。
それを一口、口へと運ぶ。
パクッ。
「――――ッ!!?」
カッ!!
クラウスの瞳孔が開いた。
口の中で、地竜の野性味あふれる圧倒的な『肉の旨味』が爆発した。
焦がしニンニクとバター醤油のジャンクな風味が、肉の旨味を何倍にも引き上げ、脳の奥底まで痺れさせる。
たまらず白米をかき込むと、肉の脂と米の甘みが奇跡の融合を果たした。
「う……うめぇ……!!」
「なんだこれ! 俺が今まで食ってた肉は、泥靴の裏だったのか!?」
「ご飯! ご飯おかわりお願いします!!」
先ほどまで恐怖で震えていた騎士団員たちが、我を忘れてステーキにがっつき始めた。
涙と鼻水を流し、顔を脂まみれにしながら、狂ったように肉を貪り、米をかき込む。
「兄上……!」
クラウスは、ボロボロと大粒の涙を流していた。
「この美味さ……やはり兄上の力は神の領域……! 私の胃袋は、いえ、魂は……完全に兄上の『定食』に支配されました……!」
「だから定食屋だって言ってるだろ」
俺はカウンターの中から、呆れ顔でコーヒーを啜った。
ただ、美味い飯を作って食わせたかっただけなのだが。
結果として、ルナミス帝国最強の近衛騎士団五十名は、完全にポポロ屋の『胃袋の奴隷(常連客)』へと堕ちてしまったのである。




