EP 10
「帝国の精鋭、ポポロ村で絶望を知る」
翌朝。
ルナミス帝国が誇る最強の武力『近衛騎士団』の精鋭五十名が、ポポロ村を見下ろす丘の上に到着していた。
「……見えました。あれが、三国境の緩衝地帯『ポポロ村』です」
木陰に身を潜め、冷や汗を拭いながら報告するのは帝国の影を司る内務官オルウェルだ。
その隣で、白銀の鎧に身を包んだ近衛騎士団長クラウス・クラインが、鋭い眼光で村を睨みつけている。
「ついに来たか。兄上……リアン・クラインが密かに建国した、恐るべき独立武装国家へ」
「クラウス団長。決して油断なさらぬよう。あの村には、伝説の種族たちが集結しているとの報告です。もし我々の存在がバレれば、帝国精鋭といえど全滅の危険が……」
「分かっている。総員、気配を殺せ! 隠密裏に村の中心部へ潜入し、敵の戦力を探るのだ!」
クラウスの合図で、騎士団員たちが息を潜め、村へと侵入を開始する。
だが、村の様子は彼らの予想とは全く違っていた。
武装した兵士の姿などどこにもない。農民たちが「おはようさーん」と挨拶を交わし、のどかに畑を耕しているだけだ。
「……妙ですね。軍事施設どころか、防壁すらありません。完全に無防備です」
「いや、これは罠だオルウェル! 兄上が無策なわけがない。あえて隙を見せることで、我々を奥へと誘い込んでいるのだ!」
クラウスは極度の緊張状態のまま、村の中心にある小高い丘へと進んだ。
そこには、一際目立つ巨大な翠色のログハウスと、ガラス張りの真新しい建物――『ポポロ屋』が建っていた。
「団長! あそこをご覧ください!」
斥候に出ていた騎士が、顔面を蒼白にして戻ってきた。
クラウスとオルウェルが茂みの陰からポポロ屋の裏庭を覗き込むと――そこには、ルナミス帝国軍が総力を挙げても勝てるか分からない、信じがたい光景が広がっていた。
「な……ッ!?」
「ば、馬鹿な……!!」
まず彼らの目に飛び込んできたのは、巨大な岩のような塊だった。
いや、ただの岩ではない。分厚い鱗、鋭い牙。それは、間違いなく一国を滅ぼす災害指定の怪物。
「A+ランクの……『地竜』だと!?」
「ひぃぃっ! なぜあんなバケモノがこんな村に!」
騎士たちが恐怖で後ずさるが、さらに異常なのはその「状態」だった。
地竜はすでに首を落とされ、巨大なフックで逆さに吊るされていた。
そして、その前で、赤い鱗を持つ巨漢の戦士が、巨大な両手斧を振るっている。
「そぉら! 硬ぇんだよこの筋が! さっさと肉塊になりやがれェ!!」
「あ、あれは……竜人族の次期族長、イグニス・ドラグーン!? なぜ彼ほどの誇り高き戦士が、あんな小花柄のエプロンを着て、ただの『解体業者(肉屋)』のような真似を!?」
オルウェルが眼鏡を震わせる。
さらに、その横では信じられない魔法が行使されていた。
「えいのえいのえいっ☆ お弁当箱、いっぱい作りますぅ~♡」
金髪の美しいエルフが、国宝級のマジックアイテム『世界樹の杖』を無邪気に振るっている。
杖が振られるたびに、ただの木材が瞬時に加工され、高級な弁当箱(曲げわっぱ)が無限に量産されていく。
「あ、あれは……不可侵領域であるエルフの森の次期女王、ルナ・シンフォニア!?」
「なんと恐ろしい……! 神の奇跡とも言える世界樹の魔法を、ただの『流れ作業(ライン工)』として消費しているだと……!?」
そして、店の表側。
テラス席のテーブルをピカピカに拭き上げているのは、白銀の髪と兎耳を持つ美少女だった。
「いらっしゃいませー! あ、そこのおじさん! 土足で上がらないでって言ったでしょ! 次やったらアゴ砕くよ!(ニコッ)」
「ヒッ! す、すんませんキャルル村長!」
農民が平謝りして逃げていく。
その少女の足元には、闘気を帯びた特注の安全靴。
「レオンハート獣人王国の最高傑作、キャルル・ムーンハート……! 彼女ほどの逸材が、ただの『ウェイトレス』として接客をしている……」
オルウェルは膝から崩れ落ちた。
彼の優秀な頭脳(内務官としての論理)が、完全にショートしていた。
「あ、あり得ません……! 竜人に、エルフに、月兎。彼らはみな、各国の王族やそれに準ずる最高位の存在です! それが、エプロンをつけて下働きをしているなど……!」
「……それが、兄上の力だ」
クラウスが、血の滲むような声で呻いた。
その体は、圧倒的な恐怖と、それ以上の畏敬の念に小刻みに震えている。
「力だ。権力でも、金でもない。絶対的な『暴力』と『恐怖』、そして抗えぬカリスマによって、兄上はあの神話級の怪物たちを『底辺の労働力』として完全に支配(調教)しているのだ……!」
「ひぃぃ……! なんという男だ、リアン様は……!」
騎士団員たちが、恐怖でガチガチと歯を鳴らす。
「――おい。手が止まってるぞ」
その時。
ポポロ屋の勝手口から、純白のコックコートを着た男が姿を現した。
リアン・クラインだ。
「イグニス、赤身と脂身をしっかり分けろ。スジ肉は煮込みに使う。ルナ、弁当箱の縁にささくれがあるぞ、やり直しだ。キャルル、開店前におしぼりの補充をしておけ」
「へいへい! 人使い荒いぜ店主!」
「はにゃ~、厳しいですぅ~!」
「了解! すぐやるわ!」
リアンの冷淡な(ただの店主としての)指示に、伝説の種族たちが文句を言いながらも、絶対服従の姿勢でキビキビと動き出す。
「見ろ……」
クラウスが息を呑んだ。
「兄上が一言発しただけで、あの怪物たちが怯え、従っている。……あれが、帝国を捨ててまで兄上が手にした『真の軍隊』! 我がルナミス近衛騎士団など、あの三人(従業員)の前では三分と持たずに塵と化すだろう……!」
勘違いが、天元突破していた。
リアンはただ、「今日の弁当の仕込みが忙しい」という理由で指示を出しているだけなのだが。
「オルウェル……。我々は、とんでもない思い違いをしていたようだ」
「クラウス団長……」
「兄上は帝国に反逆しようとしているのではない。……この大陸全てを、あの『弁当』という兵器と、あの怪物たちを使って、全く新しい秩序へと作り変えようとしているのだ!!」
クラウスの瞳に、狂気すら帯びた忠誠心が燃え上がった。
「もはや帝国という枠組みすら、兄上にとっては狭すぎる! 私は……私は今すぐ兄上の御前に平伏し、その壮大な覇道の末席に加えていただかねば!!」
「お、お待ちください団長! 一人で突っ走っては――」
オルウェルの制止を振り切り、クラウスは茂みを飛び出した。
そして、白銀の鎧をガシャンガシャンと鳴らしながら、ポポロ屋の裏庭へと猛然とダッシュした。
「兄上ェェェェェェェッ!!!」
「ん?」
地竜の肉の鮮度を確認していたリアンが、血相を変えて突進してくる弟の姿に気づき、眉をひそめた。
「クラウス? なんでお前がこんな所にいるんだ?」
ザザーーッ!!
クラウスはリアンの三メートル手前で猛烈なスライディング土下座を敢行し、大地に額を擦りつけた。
「お許しください兄上! 貴方様の深遠なるお考えも理解せず、視察などという無礼な真似をした愚弟を! ですが、私のこの命、兄上の建国される『新世界(ポポロ屋)』のために、どうかお使いください!!」
「…………は?」
リアンの頭に、盛大な疑問符が浮かんだ。
「新世界? お前、何言って……」
「団長ーッ! 我々もご一緒いたしますぞォォ!」
さらに茂みの中から、五十名のルナミス帝国精鋭騎士団と内務官オルウェルが雪崩れ込んできて、クラウスの後ろで一斉に土下座を決めた。
「「「リアン様ァ! 我ら一生ついて行きますゥゥ!!」」」
ズザアァァァッ!!
五十名の重装甲騎士の土下座により、ポポロ屋の裏庭に凄まじい砂煙が舞い上がった。
「……」
包丁を持ったままのリアンと、エプロン姿のイグニス、ルナ、キャルルが、その異様な光景を呆然と見下ろしている。
ただ美味しいご飯を作って、スローライフを満喫したかっただけなのに。
なぜかルナミス帝国のトップエリートたちが、涙を流して地面に額を擦りつけている。
「……なぁ、ニャングル」
「は、はいな、リアンはん」
リアンはこめかみを押さえ、横にいた猫耳商人に静かに告げた。
「なんかめんどくさい奴らが来た。とりあえず、今日の『地竜のステーキ定食』の客として、全員からふんだくれるだけ金をむしり取れ」
「ヒヒッ……合点承知の助でっせ!」
最強の暗殺公爵を巡る特大のアンジャッシュ(すれ違い)は、ついに帝国の精鋭部隊を「ただの定食屋の常連客」へと叩き落とす最終段階へと突入したのだった。




