EP 9
「深夜の怪獣大決戦 ~寝起きドッキリは地竜と共に~」
深夜のポポロ屋。
カウンターで頬杖をつくジャージ姿の女神が、ポテチの袋を放り投げ、気怠げに注文を追加した。
「あぁ、リアン。あと『月見大根』。出汁を限界まで吸わせて、箸でスッと切れるくらい煮込んだやつね。和からしは鼻がツーンとするくらい多めで。……あと、熱々の『芋酒』もつけて」
「……注文の多いババアだ。金、持ってんだろうな?」
リアンが呆れながら、おでん鍋の蓋を開ける。
湯気とともに、トライバードと昆布が織りなす極上の出汁の香りが立ち昇る。
「ババアじゃないっての! ピチピチの永遠の17歳(神界歴)よ! 金ならちゃんと払うわよ」
ルチアナが唇を尖らせて抗議する。
その横で、キャルルがニコニコと――しかし、目は全く笑っていない「村長の顔」で話しかけた。
「ねぇ、おば様」
「……あ?」
ルチアナの眉がピクリと動く。
「ポポロ村は如何ですか? 最近、少し雨が少なくて作物が心配なの。おば様の力で、明日の天候は『適度な恵みの雨』にして頂けると、村長として大変助かるのですが」
キャルルは上目遣いで、可愛らしく首を傾げた。
だが、その内容は「天候操作」という神への直談判であり、呼び方は「おば様(BBA)」だ。
「お、おば様ァ!? あんたねぇ、可愛くお願いすれば何でも許されると思ったら大間違いよ!?」
ルチアナがバンとカウンターを叩いた。
「出会って3分で『天候変えろ』って図々しいお願い!? しかも『おば様』呼ばわり!? 無茶苦茶なウサギね、あんた!」
「てへへ☆」
「てへへ、じゃないわよ!」
ギャーギャーと騒ぐ女神とウサギ。
そこに、ドンッと重厚な徳利とお皿が置かれた。
「ほらよ。おでんと芋酒の熱燗だ」
リアンが出したのは、飴色に透き通るまで煮込まれた大根。その頂点には、山盛りの和からしが乗っている。
「それ食ったら、さっさと帰れ。おばさん」
「きいいい! お前もおばさん言うな!」
ルチアナは悪態をつきながらも、熱々の大根を箸で割り、ハフハフと口に運んだ。
「んむっ……! あつっ……うまっ!」
じゅわっと溢れる出汁の旨味。
直後に襲ってくる、和からしの強烈な刺激。
それを、熱々の純芋焼酎で一気に流し込む。
「くぅぅぅ……! 効くぅ~! 神界のネクタルより美味いじゃないのよ、悔しいけど!」
文句を言いながらも、女神の箸は止まらない。
結局、彼女は鍋の底が見えるまでおでんを食べ尽くし、酒も一滴残らず飲み干した。
◇ ◇ ◇
食後。
満足げに爪楊枝(これも通販)をシーハーさせているルチアナに、リアンが手を差し出した。
「おら。食うもん食ったんだ。さっさと金を出せ。日本円でも魔石でもいいぞ」
「……チッ。世知辛いわねぇ、元日本人。最近ソシャゲのガチャで爆死して金欠なのよ」
ルチアナは面倒くさそうに立ち上がった。
「分かってるわよ。現物がいいんでしょ、現物が」
「あ?」
ルチアナは店の外へ向かい、夜の闇に向かって指をパチンと鳴らした。
「――『召喚』」
ズゴゴゴゴゴゴゴ……!!
突然、ポポロ屋の外で地面が激しく揺れた。
窓の外、店の駐車場(予定地)のアスファルトを突き破り、巨大な影が出現した。
岩石のような分厚い鱗。丸太のような尻尾。
体長15メートル級の、超巨大モンスター。
「……は?」
リアンとキャルルが絶句する。
「『地竜』よ。ランクはA+。一匹で小国が滅ぶレベルの災害指定ね」
ルチアナはケラケラと笑い、その巨大な怪物を指差した。
「ほらほら! アレを倒して素材を売れば、おでん代どころか、一生遊んで暮らせるくらい金が稼げるでしょ? じゃあね~! ご馳走様! べ~だ!」
ルチアナはあっかんべーをして、光の粒子となって消滅した。
残されたのは、深夜に咆哮を上げる地竜と――。
グラグラグラッ!!
『ガアアアアアアアッ!!』
地竜が暴れ、ポポロ村の大地が激しく揺れる。
その瞬間、リアンの顔色が変わった。
彼の視線の先にあるのは、厨房のコンロ。そこには、明日の『ポポロ弁当』のために、12時間かけて極弱火で煮込んでいる『秘伝の特濃スープ(寸胴鍋)』が乗っていた。
地震によって、寸胴鍋の中の黄金のスープが波打ち、今にもこぼれそうになっている。
「……おい」
リアンの全身から、地竜など比較にならないほどのドス黒い殺気が噴出した。
かつて帝都の裏社会を支配した『死神』のオーラが、ポポロ屋の厨房を制圧する。
「あ、あのスープ……1ミリでもこぼれたら、黄金比が崩れる……」
リアンは、ゆっくりと腰の『銃口剣』を抜いた。
そして、恐怖で固まっているキャルル、そして騒ぎに起きてきたルナとニャングルに向かって、氷点下の声で告げた。
「全員、聞け。……あのクソトカゲを今すぐ殺せ。ただし」
リアンの目が、ガチで据わっている。
「店に『振動』を伝えるな。……もし、俺のスープが1滴でもこぼれたら。お前らを全員ミンチにして、明日の弁当の具にしてやる」
「「「ヒィィィィィィッ!?」」」
A+ランクのドラゴンへの恐怖ではない。
スープをこぼした瞬間に確定する『リアンによる処刑』への恐怖に、キャルルたちが悲鳴を上げた。
◇ ◇ ◇
「ガアアア……ゴゴゴゴゴ……」
店の裏にあるボロテント。
地割れのようなイビキをかいていたイグニスだが、テントが吹き飛ばされたことで目を覚ました。
「あぁ? なんだよ……もう飯は食えねぇ……って、ん?」
寝ぼけ眼を開けると、目の前に本物の地竜(超巨大)の顔があった。
「な、なんだあああ!? なんでこんな所に本物の地竜がいんだよォ!?」
「イグニス! ふざけてないで早く手伝って!」
パジャマ姿のキャルルが、血相を変えて飛び出してきた。
「いい!? あのドラゴンを倒すのよ! ただし、絶対に『地面を揺らさないで』倒して!!」
「はあ!? 無理言うな! こんなデカブツが倒れたら絶対に揺れるだろ!」
「揺れたらリアン君に殺されるのよ! ドラゴンよりリアン君の方が怖いでしょ!!」
「……ッ!! た、確かに!!」
イグニスは瞬時に理解した。この定食屋における真の食物連鎖の頂点を。
『ガアアアアッ!』
地竜が大きく息を吸い込んだ。岩をも溶かすブレスの予備動作だ。
それをさせれば、衝撃波で店が揺れる。
「させませんわ! えいのえいのえいっ☆」
ネグリジェ姿のルナが、世界樹の杖を天に掲げた。
ズズズズッ!
地面のアスファルトを突き破り、極太の『世界樹の根』が何十本も隆起する。根は生きた大蛇のように地竜の手足と口に巻き付き、その巨体を空中に「ふわり」と持ち上げて固定した。
「ナイス、ルナちゃん! 地面から浮かせれば揺れないわね!」
キャルルが大地を蹴る。
靴底に仕込んだ『雷竜石』に闘気を流し込み、青白い稲妻を纏う。
「月影流・雷撃『鐘打ち』!!」
バリバリバリッ!!
キャルルの空中回し蹴りが、空中に固定された地竜の顎に直撃。
電撃が脳髄を焼き、地竜の意識を一瞬刈り取る。
「トドメは俺だ! スープのために死ねェェェ!!」
上空から、紅蓮の炎を纏ったイグニスが降ってきた。
両手斧に全闘気を注ぎ込み、自らが隕石となって突っ込む。
「必殺! 『イグニス・ブレイク』!!」
ズバァァァァン!!
灼熱の斧が、地竜の首を深々と断ち切った。
首を失った巨体が落ちる――その瞬間!
「影丸ッ!! 衝撃を吸収しろ!!」
店の入り口に立つリアンが叫んだ。
地竜の落下地点に、漆黒の巨大な『影の沼』が展開される。
ズボォォォン……!
A+ランクの巨体は、音も衝撃もなく、影の沼にふんわりと優しく受け止められたのだった。
◇ ◇ ◇
静寂が戻ったポポロ村。
残されたのは、巨大なドラゴンの死体と、肩で息をする最強の店員たち。
「ふぅ……。やったか」
リアンがコンロの火を止め、寸胴鍋を確認する。
スープは一滴もこぼれていない。完全なる勝利だ。
「よ、よかったぁ……殺されずに済んだぁ……」
キャルルとイグニスが、安堵の涙を流してへたり込む。
物陰から、震えていたニャングルが這い出してきた。
「す、すごいで……! 小国を滅ぼすA+ランクの地竜を、スープの煮込みを守りながら無傷で倒してもうた……!」
「当然だ。料理人の執念を舐めるな」
リアンは倒れた地竜を見下ろし、極悪な笑顔を浮かべた。
「さて……災い転じて福となす、だな。見ろ、この霜降りの立派な肉。鮮度抜群だぞ。明日のスペシャル弁当のメインは『地竜の極上ステーキ』で決まりだ」
「ひゃっほー! ドラゴンの肉だぁ!」
「地竜の皮と牙は高く売れまっせ! 億万長者や!」
神罰(嫌がらせ)として遣わされた災害級の怪物は、一瞬にしてポポロ屋の「極上食材」と「臨時ボーナス」に成り下がってしまった。
だが、彼らはまだ知らない。
この「A+ランクの地竜が解体されている光景」こそが、明日この村に到着する『ルナミス帝国の精鋭騎士団』の心を完全にへし折り、決定的な勘違いを確固たるものにすることになるということを――。




