EP 6
「背徳の極み! マヨ玉焼きそば爆弾」
「……いくぞ」
リアンがカンカンに熱した極厚の鉄板に、自家製の特製中華麺(かんすい入り)を投入した。
ジュワァァァァァッ!!
すでに炒めてあった『ピッグシープ』の豚バラ肉と、シャキシャキのキャベツ、もやしと合流させる。
「味の決め手はこれだ」
リアンが回しかけたのは、村の特産『ソーリーフ』の葉脈から採れるエキスを煮詰め、数種類のスパイスと共に熟成させた『特濃ソース』だ。
鉄板の上でソースが踊り、一気に蒸発し、麺の一本一本にねっとりと絡みつく。
「はぁ……♡ いい匂い……」
カウンターで頬杖をつくキャルルの鼻が、ピクピクと激しく痙攣している。
ソースが焦げる香ばしい香りは、獣人の本能を直接揺さぶる危険な麻薬だ。
「美味そうだぜ……。肉の脂とソースが混ざる音だけで、白飯が三杯食える」
「じゅるり……。デザートの後に、麺類も別腹ですわ……」
イグニスとルナも、生唾を飲み込んで鉄板を凝視している。
だが、リアンはニヤリと魔王のように笑った。
「まだだ。ただの焼きそばで終わらせるつもりはない」
リアンは別のフライパンを火にかけた。
コンッ、パカッ。
割り入れたのは、栄養価の高い『トライバード』のL玉卵。
白身の縁がチリチリと焼け、黄金の黄身はプルプルの半熟状態――極上の『目玉焼き』を作る。
「こいつを、こうして……」
ドンッ!
ソース焼きそばの頂上に、プルプルの半熟目玉焼きを鎮座させる。
さらに、リアンは『マヨ・ハーブ』の特製チューブを構えた。
「仕上げだ」
ブチュチュチュチュチュ……!!
ためらいなど一切ない。
茶色い麺と黄色い目玉焼きの上を、白い悪魔が美しい網目状に覆い尽くしていく。
最後に、たっぷりの青海苔と紅生姜を添えて――。
「完成だ」
リアンがドンと置いたその弁当箱は、圧倒的なカロリーの塊だった。
「こ、これは……」
ニャングルが目をひん剥いた。
「麺×濃厚ソース×卵×マヨネーズ……!? あかん、これ見ただけで血管詰まりそうなほど凶悪に美味そうや……!」
「名付けて、『背徳のマヨ玉焼きそば弁当』だ」
リアンは不敵に笑い、割り箸を添えた。
「獣人族は毎日の肉体労働や戦闘で、常に莫大なカロリーを欲している。この濃厚な味付けと炭水化物、そして脂質のコンボ……ヤツらの本能で抗える奴はいない」
リアンはニャングルに弁当の山を託した。
「ニャングル。これをレオンハート獣人王国の国境警備隊に売ってこい。……一瞬で落とせるぞ」
「任せておくんなまし! この『悪魔の食べ物』、吹っ掛けて売りつけてきまっさ!」
◇ ◇ ◇
レオンハート獣人王国・国境警備隊駐屯地。
そこは、筋骨隆々な獣人たちが日々過酷な訓練に明け暮れる、血と汗に塗れた場所だ。
彼らの食事は、質実剛健な干し肉と、歯が折れるほど硬いパンのみ。「食」に楽しみなど求めていなかった彼らの鼻に、突如として『それ』は届いた。
「……くんくん。おい、なんだこの刺激的な匂いは?」
「ソース……? いや、もっとこう、脳みそが直接痺れるような……」
ドスンッ!
いつものようにイグニス(無給輸送機)が着陸し、ニャングルが風呂敷を広げた。
「へいへい! 腹ペコの旦那衆! 今日はスタミナ満点、食えば無限に力が湧いてくる『マヨ玉焼きそば弁当』でっせー!」
「焼きそばだと?」
隊長である虎耳族の巨漢が、弁当箱をひったくるように手に取った。
蓋を開ける。
ドォォォォォン!!
「なッ……なんだこの凶暴なビジュアルは!?」
テカテカに光る茶色い麺。それを覆い尽くす白いマヨネーズ。そして中央に輝く黄金の目玉焼き。
隊長は震える手で箸を取り、黄身を突いた。
トロォォォ……。
半熟の黄身が溢れ出し、濃厚なソースとマヨネーズと混ざり合い、麺にねっとりと絡みつく。
それは芸術的なまでの「背徳の濁流」だった。
「い、いただきます……!」
隊長は大きく口を開け、麺を豪快にすすり込んだ。
ズルルッ、ズルズルッ!!
瞬間。
彼の脳内で、理性の糸がブチッと弾け飛んだ。
「ぬぉぉぉぉぉぉぉッ!!?」
隊長の全身の毛が、逆立った。
「こ、濃い! 濃厚だ! ソースのスパイシーさを、卵のまろやかさとマヨネーズの酸味が完璧に包み込みやがる……! なんだこれは! 口の中が暴動を起こしてるぞ!」
「隊長! 俺にも! 俺にも食わせてください!」
「うめぇぇぇ! なんだこの白いソース(マヨネーズ)は! 悪魔的な美味さだ!」
一口食べた獣人たちが、次々と白目を剥いて天を仰ぐ。
「飛ぶ……! 意識が飛ぶぞぉぉぉ!!」
「カロリーが……カロリーが直接血に溶け込んでくるぅぅ!」
あまりのカロリーと旨味の暴力に、一騎当千の屈強な戦士たちが次々と陥落していく。
食後の彼らは、満腹感と血糖値の急上昇により、全員がその場にゴロンと横たわり、幸せそうに腹を出して眠り始めた。国境の防衛力、完全にゼロである。
「ヒヒヒ……チョロいわぁ。やっぱり『ジャンクフード』は世界共通の言語やな!」
ニャングルは両手いっぱいの金貨をジャラジャラと鳴らし、イグニスと共にポポロ村へと帰還していった。
◇ ◇ ◇
【幕間:世界を覆う「勘違い」の影】
数日後。
ルナミス帝国、そしてレオンハート獣人王国の首脳陣に、それぞれ信じがたい報告がもたらされていた。
「……なんだと? 我がルナミス帝国の誇る第七国境検問所の兵士たちが、全員『武装を解除して昼寝をしていた』だと!?」
帝都の玉座で、冷徹なる皇帝マルクスが報告書を握りつぶした。
「は、はい……! 査問したところ、彼らは『ポポロ村から来た謎の商人』に謎の物資を供給され、完全に骨抜きにされたと……!」
「血の一滴も流さず、我が軍の精鋭を無力化したというのか。兵糧攻めならぬ、兵糧『与え』……いかなる軍師の策だ……!?」
一方、レオンハート獣人王国の王宮。
「アーサー王! 国境警備の虎耳族部隊が、何者かの手によって『カロリーの暴力』を受け、全員が昏睡(昼寝)状態に陥りました!」
「馬鹿な……! あの最強の部隊を、たった一つの『箱(弁当)』で狂わせただと!?」
獣王アーサーは、戦慄に震えた。
「ルナミスと我が国、双方の国境部隊を同時に無力化する存在……。ポポロ村に、一体何者の軍師が潜んでいるというのだ……!」
ただ美味しいご飯を作って売っているだけの定食屋。
しかし、リアンの放ったワンコイン弁当は、三国の首脳陣に「未知の巨大な脅威」として、特大の勘違いとパニックを巻き起こし始めていた――。




