EP 5
「空飛ぶ弁当屋と、泣き崩れるルナミス国境兵」
早朝のポポロ村。
『ポポロ屋』の裏庭には、ルナが魔法で量産した高級曲げわっぱ(弁当箱)が、山のように高く積まれていた。
「よし、積み込み完了だ! イグニス、飛べるか?」
「ぐぬぬ……! 俺様は誇り高き竜人族だぞ! 爆撃機でも輸送ヘリでもねぇ!」
巨大な竜の翼を広げたイグニスの背中には、500個の弁当箱が詰まった特大の風呂敷と、それにしがみつく猫耳商人ニャングルが厳重に括り付けられていた。
「文句言うなや、トカゲの兄ちゃん! これが全部売れれば、今日の晩飯はリアンはん特製の『特盛カツカレー』おかわり自由やで!」
「……本当だな!? よし、飛ぶぞ!!」
イグニスは現金なもので、カレーという最強の燃料を得て力強く翼を羽ばたかせた。
バサァッ!
突風を巻き起こし、紅蓮の竜が朝日の中へと舞い上がる。
「いってらっしゃ~い☆」
「気をつけてねー!」
「しっかり稼いで来いよ。……フッ、帝国の連中の胃袋、底から支配してこい」
ルナとキャルルが無邪気に手を振る横で、リアンだけが一人、魔王のような悪い笑顔で見送っていた。
◇ ◇ ◇
ルナミス帝国・第七国境検問所。
そこは、他国からの侵略を警戒し、常に緊張が張り詰める最前線の基地……のはずだったが、現在の空気は澱みきっていた。
「はぁ……またこれかよ」
見張りの兵士が、カチカチに乾燥した黒パンをかじり、塩水に泥を混ぜたような薄いスープを啜っていた。
補給線が細いこの国境基地では、まともな温かい食事が届くのは稀だ。兵士たちのストレスは限界に達していた。
「肉が食いてぇなぁ……。せめて、柔らかくて味のする肉が」
「夢を見るな。塩気があるだけマシだろ。……あぁ、帝都に帰りたい」
兵士たちが死んだ魚のような目をして虚空を見つめていた、その時。
ドォォォォォン!!
突如、上空から巨大な赤い影が降下し、検問所の広場に凄まじい地響きを立てて着地した。
もうもうと砂煙が舞う。
「て、敵襲かァーーッ!?」
「空からドラゴンが降りてきたぞ! 総員戦闘配置!!」
けたたましい警報が鳴り響き、槍と魔導ライフルを持った兵士たちが殺到する。
だが、砂煙の中から現れたのは、業火のブレスを吐くドラゴンではなく――。
「まいどォ!! ゴルド商会・ポポロ支部のお届けモンでっせー!!」
白旗(商人の旗)をパタパタと振りながら、満面の笑みで手を振る前掛け姿の猫耳族の男だった。
「……は?」
隊長らしき騎士が剣を下げ、呆気にとられた。
「なんだ貴様は。ドラゴンに乗った商人だと?」
「へぇ。今日は国境警備で疲れた皆様に、極上の『差し入れ』を持ってきたんですわ」
ニャングルはイグニスの背中からひらりと飛び降りると、荷台の巨大な風呂敷を解いた。
フワァァァ……。
その瞬間、検問所を支配していた男たちの汗と鉄の臭いが、一瞬にして消し飛んだ。
代わりに漂ってきたのは、醤油の焦げる香ばしい匂い、炊きたての米の暴力的なまでの甘い香り、そしてバターとマヨネーズの濃厚な匂い。
ゴクリ。
兵士全員の喉が鳴る音が、一斉に響いた。
「な、なんだこの尋常じゃない香りは……!?」
「黒パンと泥スープの匂いじゃないぞ……! 脳みそが溶けそうないい匂いだ!」
ニャングルはニヤリと笑い、杉の香りがする美しい木箱(ルナ製)を一つ開けて見せた。
「ジャジャーン! 『ポポロ・デラックス幕の内弁当』や!」
蓋が開かれた瞬間、光が溢れた(ように兵士たちの目には見えた)。
黄金色に輝く太陽米の銀シャリ。
バターと醤油が染み込んだ、ピラダイと極厚肉椎茸のホイル焼き。
マンドラとかぼちゃがゴロゴロ入った、彩り豊かな三色ポテトサラダ。
そして、デザートのハニーかぼちゃの甘露煮。
「こ、これが……弁当……?」
「宝石箱の間違いじゃないのか……?」
隊長が震える手で、ニャングルに詰め寄った。
「き、貴様……これをいくらで売る気だ? これほどの芸術品、金貨一枚(約一万円)か? それとも我々の魂か?」
「いいえ、いいえ」
ニャングルは、指を5本立てた。
「たったの銀貨半枚……500円でっせ」
「!!??」
時が止まった。
次の瞬間、検問所が物理的に揺れた。
「や、安いィィィィィィ!!!」
「俺にくれ! 俺が先だ!」
「給料袋ごと持ってけェェ!! 全部買う!!」
兵士たちが財布を握りしめて殺到した。
空腹の軍隊は、もはや飢えた獣の群れだ。軍の規律などそこには存在しない。
「はいはい、並んで並んで! 押さんでも数はありまっせー!」
「おいコラ! 俺様を押すな! 炎吐くぞコラァ!!」
イグニスが力任せに交通整理(物理)をし、ニャングルが高速で算盤を弾きながら小銭を回収していく。
◇ ◇ ◇
数分後。
広場には、弁当箱を抱えて号泣する兵士たちの姿があった。
「うめぇ……! 冷めてるのに、魚の身がフワフワだ……!」
「母ちゃん……俺、今、人間らしい飯を食ってるよ……生きててよかった……」
「このポテトサラダ、マンドラの悲鳴が聞こえるような活きの良さだ……最高だ!」
隊長もまた、一口食べるごとにボロボロと大粒の涙を流していた。
「この味……我がルナミス帝国の宮廷料理より美味いかもしれん。……おい、猫の商人!」
「へい!」
「明日は来るのか? いや、毎日来てくれ! 我々の胃袋は、もう貴様らの……いや、ポポロ村の捕虜だ!」
「おおきに! ご贔屓に!」
完売。
500個の弁当は、わずか10分で消滅した。
帰り道、イグニスの背中で、ニャングルはずっしりと重くなった小銭袋(売上25万円)を抱きしめていた。
「ヒヒヒ……チョロいで。チョロすぎるで、帝国の人間ども!」
「……お前、本当に悪徳商人の顔になってるぞ」
「アホ言え! これはリアンはんの言ってた『平和活動(軍事制圧)』や。見てみぃ、あいつらの幸せそうな顔」
眼下では、満腹になった兵士たちが、武器をその辺に放り投げ、幸せそうな顔で一斉に昼寝を始めていた。
殺伐とした国境に、かつてない平和な時間(完全なる無力化)が訪れている。
「ま、リアンのあの飯を食ったら、戦う気力なんて起きねぇよな。胃袋に血が回って眠くなるし」
イグニスは苦笑し、ポポロ村へと翼を羽ばたかせた。
リアンの恐るべき「胃袋制圧作戦」第一弾、ルナミス帝国検問所――陥落である。




