EP 9
「キュルリンの地下ラボと、聖女の電撃シールド改造」
スアイに教えられた村の外れの隠しハッチを開けると、そこには農業村の地下とは思えない、油と金属、そして濃厚なマナの匂いが充満する空間が広がっていた。
カンッ、カンッ、と小気味良い金属音が鳴り響く階段を下りていくと、巨大な歯車と魔力炉が鈍い光を放つ『秘密ラボ』へと行き着いた。
「おいおい……。ルナミス帝国軍の最新鋭『魔導戦車』のプロトタイプに、ドンガン帝国の刻印が入った未発表の『自爆ドローン』まで転がってるぞ。ここは兵器廠か何かか?」
ウィスタが周囲の機材を見渡し、呆れたようにポポロシガレットに火をつける。ここは明らかに、国家間の軍事バランスを単独で崩壊させうる「ヤバい場所」だった。
「誰だお前ら。ワタシのラボに無断で入ると、防衛用の自動ガトリング魔砲で蜂の巣にするぞ」
巨大な魔力炉の下から、台車に乗ってスススッと滑り出てきた小柄な人影があった。
ユートたちは、その姿を見た瞬間、視覚情報のあまりの渋滞に脳の処理が追いつかず硬直した。
漆黒のフリルとレースをふんだんに使った、見事な『ゴスロリドレス』。
だが、その上にはタローマンで売られている『蛍光イエローの反射ベスト(安全チョッキ)』が羽織られ、腰には無骨な工具がぎっしり詰まった『巨大なツールベルト』が巻かれている。足元は土木作業員御用達の『ミスリル芯入り安全靴』だ。
そして、顔にオイル汚れをつけながら巨大なスパナを肩に担いでいるのは、どう見ても十代前半の愛くるしい童顔を持つ少女だった。
「あ、あなたが……スアイさんの言っていた、天才発明家のドワーフさん?」
クレアがおそるおそる尋ねる。
「いかにも。ドンガン帝国から派遣された天才内務官にして、このポポロ村の裏のインフラを牛耳る女、キュルリンだ。……で、何の用だ? 借金取りから逃げるための地下シェルターなら、使用料は一泊金貨三枚だぞ」
キュルリンはぶっきらぼうに言い放ち、手元のスパナをクルクルと回した。
「シェルターは必要ないわ。実は、私のユニークスキル【シールド】の出力と機動力を底上げしたくて、魔石の加工と調整をお願いしに来たの」
クレアが一歩前に出て、自身の両拳に微弱なバリア(シールド・メリケンサック)を展開して見せた。
「私のバリアは表面に1億ボルトの電流が流れるんだけど、防御特化の能力ゆえに『自分の体重以上の質量攻撃』を受けると、バリアごと弾き飛ばされちゃうの。だから、突進力(質量)を補う魔導ブースターみたいなものを、この腕輪に組み込めないかしら?」
「ふぅん……」
キュルリンはクレアの腕輪をジロジロと眺め、鼻で笑った。
「技術的には朝飯前だ。ドンガン帝国の『超小型魔力推進器』を組み込めば、バリアを張ったまま戦車並みの推進力で突撃できるようになる。……だが、タダじゃやらないぞ。改造費は金貨五十枚だ」
「ご、五十枚!? そんなお金、あるわけないじゃない! ゲロオムレツ生活から抜け出したばかりの私たちに!!」
ユートが悲鳴を上げる。
クレアも唇を噛んだ。彼女の目標は1億円の老後資金(NISA)であり、借金返済も控えている今、1銅貨すら無駄にはできない。
だが、クレアは聖女であると同時に、強かな現実主義者だった。彼女の鋭い観察眼が、キュルリンの『ゴスロリドレスの袖口』に施された精緻な刺繍を捉えた。
(……この子、ぶっきらぼうに振る舞ってるけど、このドレスのレース……手編みだわ。それに、工具箱の隅に可愛いウサギのぬいぐるみが置いてある。……いける!!)
「ねぇ、キュルリンちゃん」
クレアは聖女モード全開の、慈愛に満ちたキラキラとした笑顔を浮かべ、キュルリンの両手をガシッと握りしめた。
「そのドレスのフリル、とっても可愛いわね! もしかして、自分で縫ったの? 黒のレースに蛍光イエローのベストを合わせるなんて、前衛的で凄くオシャレだわ! あなた、発明の天才なだけじゃなくて、デザイナーとしても一流なのね!」
「えっ……!?」
その瞬間。キュルリンの愛くるしい童顔が、ボフンッ! と音を立てるほどの勢いで真っ赤に染まった。
「わ、わわわ、ワタシの服が、か、可愛い、だと……!? こ、これは機能性と美しさを両立させた究極の……ち、違う、そうじゃなくて……!!」
パニックに陥ったキュルリンは、肩に担いでいた巨大なスパナを『ガチャン!』と派手に足元へ落とした。(※ミスリル芯入り安全靴のおかげで足は無事である)。
「ほ、褒められたからって、安くするわけじゃないんだからなっ! べ、別に、可愛いって言われたのが嬉しかったわけじゃないぞ! 材料費の金貨一枚分だけ出してくれれば、特別に今すぐやってやるんだからっ!!」
完全に「ドジっ娘モード」に突入したキュルリンは、顔を真っ赤にして工具をバラバラと落としながら、クレアの腕輪をひったくるように受け取った。
「(……チョロい)」
ユートとウィスタが、背後で同時に同じことを思った。
◇ ◇ ◇
ガガガガッ! キュイィィィン!!
顔の赤みが引いたキュルリンは、別人のような真剣な眼差しで、クレアの腕輪にドンガン帝国製の極小魔力炉とブースター機構を組み込んでいく。
わずか十数分後。
「完成だ。名付けて『電撃シールド・オーバードライブ』」
キュルリンが汗を拭いながら、銀色に輝く無骨なパーツが追加された腕輪をクレアに渡した。
「さっそく起動してみてくれ。ただし、屋内で全力は出すなよ」
「ええ、ありがとう!」
クレアが腕輪を装着し、魔力を流し込む。
――バチィィィィンッ!!
クレアの周囲3メートルに、これまで以上に濃密な青白いバリアが展開され、表面を1億ボルトの紫電が狂ったように走り抜けた。
「ブースター、点火!」
クレアが拳を前に突き出すと、腕輪の背面に組み込まれた魔力推進器から爆発的な青い炎が噴き出した。
「おおっ!? 凄い推進力! これなら、バリアを張ったまま魔導戦車だろうがなんだろうが、真正面から突っ込んで粉砕できるわ!!」
「ヒィィッ! こっちに腕を向けるな! 感電して死ぬ!!」
凄まじい紫電と風圧に、ユートが涙目で部屋の隅へと逃げ込んだ。
「ふふっ、良いデータが取れた。……おっと、ワタシはこれからポポロ煙草の密輸……ゲフンゲフン、村の在庫管理の仕事があるから、さっさと出ていけ!」
キュルリンは再び顔を赤くしてそっぽを向きながら、三人に向かってシッシッと手を振った。
強力な対抗手段を手に入れ、大満足で地下ラボから地上への階段を上っていく勇者一行。
しかし、ハッチを開けて地上に出た彼らの耳に飛び込んできたのは、平和な農業村の長閑な音ではなく――。
「ああっ! 姉御、お許しをぉぉ! ワシらが悪うございましたァァ!!」
「村のルールを破る奴は、私の『安全靴』のサビにしてあげるわ♡」
複数の屈強な兵士たちの悲鳴と、鈍い打撃音。そして、村長である絶世の美少女(月兎族)の、背筋が凍るような楽しげな声だった。
読んでいただきありがとうございます。
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