EP 8
「スアイのDASH村と、橋梁工事の絶望的真実」
「そらよっ! 倒れるから離れてな、素人ども!」
「うわあああっ!? 木が! 樹齢数百年の巨木が降ってくるぅぅ!」
地響きと共に、巨大な丸太がズシンと地面を揺らした。ポポロ村の山間部――通称『開拓DASH村』と呼ばれるその場所で、勇者ユートたちは日給の銅貨に釣られ、ガテン系のアルバイトに駆り出されていた。
彼らの目の前で、タローマン製の防水作業着を着た銀髪の美女、スアイが額の汗を拭っている。
彼女の手に握られているのは、禍々しい冷気を放つ片手斧。本来は敵を両断するための暗殺武器だが、彼女はそれをいとも容易く巨木の幹に叩き込み、柄から伸びる無限の鎖を巻き付けて、一人で丸太を引きずり倒しているのだ。
「す、すげぇ……。あの細腕のどこにそんな馬力が……ってか、あのタローマンの作業着、全然土汚れがついてないわよ! 撥水性が異常じゃない!?」
聖女クレアが、泥だらけになりながらスアイの機能美に見惚れている。
「ふふっ、タローマンの『魔導ストレッチ・イージス』を舐めちゃいけないよ。透湿性と防水性の黄金比、これこそが機能美にして究極の色気さ」
スアイは満足げに笑うと、切り倒した丸太の上にどっこいしょと腰を下ろした。
「ほら、アンタらも休憩にしな。お疲れさん」
スアイが指を鳴らすと、空気中の水分が一瞬で凍結し、キンキンに冷えた氷のジョッキが三つ生成された。そこへ、クーラーボックスから取り出した麦茶を注いでユートたちに手渡す。
「ぷはぁっ! 労働の後の冷たいお茶、最高だぜ……!」
ユートが麦茶を飲み干し、ふとスアイの顔をまじまじと見つめた。
「なぁ、アンタ。昨日広場で『俺の村の橋を直した同僚』って言ってたよな。……そもそもアンタ、ただの林業の姉ちゃんじゃないだろ。その魔法のキレと腕力、何者なんだ?」
スアイはポポロシガレットに火をつけ、紫煙を山空に吐き出した。
「アタシかい? アタシはスアイ。……まぁ、少し前まではアバロン魔皇国で『氷魔将軍』なんて肩書きを背負ってた元・幹部さ」
「「「……魔将軍ッ!?」」」
ユート、クレア、ウィスタの三人が、一斉に身構えた。ウィスタは即座に魔導ライフルに手を伸ばす。
「待ちな、エルフの兄ちゃん。アタシはもう魔王軍は退職したんだ。今はただのタローマン愛好家のDIY女子(農業女子)さ。……それに、アタシの昔の同僚の炎魔将軍グレンは、アンタの『勇者の村』に多大な貢献をしたはずだよ?」
スアイがニヤリと笑う。
その言葉を聞いた瞬間、ユートの表情から血の気がスッと引いた。
「……おい。まさか、あの『コンクリートの橋』を直したのは……魔王軍の幹部だったっていうのか……?」
「ああ、そうさ。あいつは炎で村を焼くどころか、老朽化して崩れかけてた村の橋を、鉄筋コンクリートで頑丈に直して帰ってきたんだ。物流の長期的経済メリットを優先したんだとさ。真面目な事務官だからね」
スアイは肩をすくめて笑った。
だが、ユートの反応は彼女の予想とは全く違っていた。
「ふざけんなああああああああぁぁぁぁッ!!!」
ユートが丸太から転げ落ち、頭を抱えて地面をのたうち回り始めたのだ。
「えっ? ちょ、どうしたのさ勇者?」
「あいつのせいだ! グレンとかいう魔族のせいで、俺の完璧なニート計画がぶっ壊れたんだよぉぉ!!」
ユートは血涙を流しながら、親の仇でも見るような目で空を睨みつけた。
「俺は農家の三男坊でな、あの橋が壊れてるのをいいことに『交通が不便だから討伐には行けません』って言い訳して、実家でぬくぬくとスライムだけ狩って生きていくつもりだったんだ! なのに! ある朝起きたら、橋が立派なコンクリになってて!!」
ユートの悲痛な叫びが、ポポロ村の山間にこだまする。
「村長が『橋も直ったし、もう言い訳はできんぞ。勇者登録も済ませてるんだから、さっさと魔王を倒して一億円稼いでこい!』って、俺を村から叩き出しやがったんだあああ!! 魔王軍なら村を焼けよ! なんでインフラ整備してんだよバカヤロウゥゥ!! おかげで俺は100万円の借金を背負わされたんだぞぉぉ!!」
あまりにも身勝手で、しかし切実すぎる社畜(勇者)の叫び。
それを聞いたスアイは、ポカンと口を開けた後、腹を抱えて大爆笑し始めた。
「アッハハハハハ!! 最高じゃないか勇者! つまりアンタ、グレンのコンプライアンス(善行)のせいで、ニートの道を絶たれて旅に出るハメになったってわけか! アハハ、腹痛い!!」
「笑い事じゃねぇ! あの橋さえ直ってなければ、俺は今頃コタツで寝てたんだ!!」
涙目で抗議するユートをよそに、クレアがため息をつきながら立ち上がった。
「まぁ、済んだことは仕方ないわ。それよりスアイさん、日当をいただけるかしら? 私たち、月末の支払いで本当に首が回らないの。それに、私のシールドの出力も少し上げたいんだけど、魔石の加工ができるような鍛冶屋はこの村にないかしら?」
「鍛冶屋? ああ、それならピッタリの場所があるよ」
笑い涙を拭いながら、スアイが村の奥、地面のハッチのようなものを指差した。
「この村の地下に、ドンガン地下帝国から派遣されてる『頭のイカれた天才発明家』のドワーフがいる。あいつのラボに行けば、シールドの魔改造くらい朝飯前さ」
スアイの瞳が、面白そうなイタズラを思いついたように輝く。
「ただし……あの子、ちょっと『性癖(趣味)』が偏ってるから、気をつけなよ?」
読んでいただきありがとうございます。
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