EP 7
「ダストンの出張『土雷亭』と、包丁に潜む殺気」
「ごっつぁんドス! さあ、ポポロ村の皆の衆、遠慮せずに腹一杯食うドスよ!」
村の広場の中央に、見上げるほどの超巨大な特製土鍋が鎮座し、マグマのように沸き立つスープが暴力的な旨味の香りを撒き散らしていた。
ポポロ村の平和な夜に突如現れたのは、ルナミス帝国で大行列を作る大人気ちゃんこ屋『土雷亭』の店主にして、元・アバロン魔皇国幹部(土雷魔将軍)の巨漢、ダストンであった。
「うおおおっ! すげぇいい匂いだ! これ、タダで食っていいのか!?」
ファミレスのポテトだけでは腹が満たされなかった勇者ユートが、ヨダレを拭いながら巨大な土鍋に駆け寄る。その横では、クレアが「食費が浮いたわ!」とガッツポーズを決めていた。
「おう、未来の横綱たちドスな! 今日はワシの店が定休日やから、ポポロ村への慰問で炊き出しに来たドス!」
ダストンはふんどし一丁(の上からタローマンの分厚いエプロンを着用)という力士スタイルで、自身の魔法を惜しげもなく鍋に注ぎ込んでいた。
「秘技・『土雷電気煮込み(ライトニング・クック)』ドス!」
バチバチッ!
ダストンの極太の指先から放たれた『15アンペア・ジャスト』に制御された微弱な雷魔法が、土鍋全体を包み込む。
ロックバイソンの極上出汁と、シープピッグの肉厚なつくね、そしてポポロ村で収穫されたばかりの月見大根が、細胞を破壊されることなく一瞬で芯まで熱を通され、極限の旨味をスープに溶け出させていく。
「フッ……ならば拙者も、微力ながら協力させてもらうでござるよ! 今日のゴミ拾いで貯めた最後の50Pを消費! 【丼マスター】!!」
良樹が右手を突き出すと、土鍋の横に、ちゃんこ鍋の最高の相棒である「炊きたての米麦草(白米)が入った巨大なおひつ」がドスーンと召喚された。
「ありがたいドス! あとは、これに合う新鮮な『つみれ』や魚介があれば最高なんドスが……」
「……なら、ウチの厨房で余った端材を使ってくれ」
広場の喧騒の中、静かな足音と共に現れたのは、ポポロ屋の料理人・リアンだった。
彼の手には、見事な銀鱗を輝かせる巨大な凶暴魚『ピラダイ』と、特大の『肉椎茸』が握られている。
「おおっ! リアン殿! 助かるドス! しかし、ピラダイの身は硬く、骨も太いドス。鍋に入れるには、かなり細かく叩き切らんと……」
「問題ない」
リアンは手にした銀の包丁を、まるで自分の指先のように軽く持ち直した。
――シャッ。
それは、音が鳴るよりも早かった。
リアンの手首がブレたかと思った次の瞬間。空中に放り投げられた巨大なピラダイと肉椎茸が、まるで最初からそうであったかのように、寸分の狂いもない均等な「薄切りの切り身」となって、鍋の中へと吸い込まれるように落ちていった。
「「「…………え?」」」
ユートやクレアはもちろん、ダストンでさえ、今何が起きたのか理解できず目を丸くした。
「火を通しすぎないように、直前に入れた。……さぁ、食っていいぞ」
リアンは包丁を布で拭い、何事もなかったかのようにエプロンのポケットにしまった。
「う、うめえええええええっ!!」
「なによこれ! ピラダイの身がホロホロに解けて、肉椎茸の旨味が爆発してるわ!! ゲロオムレツのトラウマが完全に成仏していくぅぅぅ!!」
我に返ったユートとクレアが、熱々のちゃんこ鍋と白米を猛烈な勢いで掻き込み、再び顔面を涙と鼻水とスープでドロドロにしながら号泣し始めた。
平和で、どこか滑稽な炊き出しの風景。
だが、その広場の少し離れた木の陰で、ポポロシガレットの紫煙を燻らせていたウィスタの目だけは、一切笑っていなかった。
(……おいおい。冗談だろ)
エルフ特有の異常な動体視力を持つウィスタの網膜には、先ほどのリアンの動きがコマ送りのように焼き付いていた。
(魚を『切った』んじゃない。細胞の隙間、生命の継ぎ目を、寸分の狂いもなく『断ち切った』んだ。それに、あの踏み込み……足音どころか、空気の揺らぎすら完全に殺していた。あんな動き、ただの定食屋の親父ができるわけがない)
ウィスタはライフルの銃床を撫でながら、楽しそうに談笑するリアンの背中を鋭く睨み据える。
(あれは、幾百もの命を無慈悲に刈り取ってきた……極めきった『暗殺者』の太刀筋だ)
リアンがふと視線を横に流し、木陰のウィスタと目が合った。
定食屋の愛想の良い親父の顔から、一瞬だけ、底なしの深淵のような冷たい眼光が覗く。
ウィスタはニヤリと口角を上げ、ライフルを下ろして歩み寄った。
「よぉ、大将。アンタのその包丁……随分と『切れ味』が良さそうだな。魚を捌く以外にも、色々使えそうなモンだ」
ウィスタの挑発的な言葉。
しかしリアンは表情一つ変えず、お玉で鍋のアクを掬いながら淡々と返した。
「……ただの仕事道具だ。俺は料理人だからな。腐った『害虫』や、鮮度の落ちた『クズ肉』は、周りの食材(村)に移る前に、綺麗に処理しなきゃならねぇ。それだけのことだ」
「へぇ……。そいつは頼もしい。なら、その美味いちゃんこ、俺にも一杯もらうとするか。俺の手の届く範囲の『食材』が腐るのは、俺も嫌いなんでね」
互いの「裏の顔」を言葉の端々で牽制し合いながら、二人は不敵に笑い合った。
「ふぅーっ! 食った食った! 腹がはち切れそうだぜ!」
鍋を五杯おかわりしたユートが、地面に大の字になって膨れた腹をさすっていた。
その顔に、巨大な影が落ちる。
「……ねぇ。アンタが、噂の『勇者』かい?」
ユートが見上げると、そこにはタローマン製の作業着に身を包んだ、銀髪の絶世の美女が立っていた。彼女の肩には、物騒な巨大な斧が担がれている。
「アタシの昔の同僚が、アンタの村の『橋』を、随分と頑丈に直してやったらしいじゃないか。……ちょっと、顔貸しな」
読んでいただきありがとうございます。
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