EP 10
「美少女村長のヤキ入れと、狂愛の人狼執事」
地下ラボのハッチから地上へ顔を出したユートたちの目に飛び込んできたのは、のどかな農業村にはおよそ似つかわしくない、一触即発のミリタリー・サスペンスだった。
「おい、この村が中立地帯だか何だか知らねぇが、こっちは国境警備で疲れてんだ! 酒と、美味い飯と、それから『女』を出せや!!」
「ルナミス帝国の豚どもが偉そうに! ここは我々アバロン魔皇国の管轄でもある! おい村長! 要求を呑まねぇなら、この畑ごと焼き払うぞ!!」
広場では、ルナミス帝国軍のならず者小隊と、アバロン魔皇国の過激派小隊が、なぜか一時休戦して徒党を組み、村人に理不尽な要求を突きつけていた。
その怒号の中心に、一人の少女が立っていた。
銀色の髪に、白ウサギの可愛らしい耳と丸い尻尾。動きやすい現代風のパーカーを着こなした彼女の足元には、タローマン製の『特注・ミスリル芯入り安全靴』が鈍く光っている。
ポポロ村の村長であり、元レオンハート獣人王国の姫君、キャルル・ムーンハートである。
「あらあら、困りましたねぇ。皆さま、任務でお疲れなのは分かりますが、村のルールを破るような要求にはお応えできませんよ?」
キャルルは両手を前で合わせ、まるで聖母のように優しく微笑んだ。
「はっ! ルールだぁ? んなもん、俺たちの武力の前に――」
「それに……あなたの心臓の音、酷く乱れていますね」
キャルルの長いウサギ耳が、ピクリと動いた。
「『ただの国境警備』と言いながら、懐から金目の物を奪おうとする強欲な心音。……嘘つきは、泥棒の始まりですよ?」
「な、なんだとこのガキ――ッ!?」
激高したルナミス兵が、魔導ライフルを振り上げようとした、その瞬間。
「『月影流・顎砕き』」
キャルルの姿がフッと掻き消えたかと思うと、兵士の懐にゼロ距離で潜り込んでいた。
彼女の手に握られた『ダブルトンファー』が兵士の腕を絡め取り、完全に体勢を崩す。そして、闘気を極限まで圧縮したキャルルの膝が、兵士の顎をカチ上げ、宙へと浮かせた。
「ガハッ!?」
「よそ様のお家で暴れる悪い子には……熱い『ヤキ(指導)』が必要ですね♡」
空中に浮いた兵士に対し、キャルルは軸足を独楽のように回転させた。
「『月影流・鐘打ち』!」
タローマンの特注安全靴(ミスリル芯入り)による、情赦のないフルスイングの回し蹴りが、兵士の横っ腹にクリーンヒットした。
ドゴォォォォンッ!! という破砕音と共に、ルナミス兵の巨体が吹き飛び、広場の石壁にめり込んで白目を剥いた。
「な、なんだこの女!? 殺せ! 撃ち殺せェェ!!」
パニックに陥ったアバロン魔皇国の兵士たちが、一斉に魔法の詠唱を始めようとする。
だが、彼らの動きは、背後から音もなく現れた「漆黒の影」によって完全に封殺された。
「……お嬢様(村長)の御手を、これ以上煩わせるわけにはいきませんね。皆様、少々マナーがなっておられないようです」
パリッとした漆黒の燕尾服を着こなした、長身の美男子。
ルナミス帝国執事検定1級を保持する人狼族の怪物にして、ポポロ村宰相・リバロンであった。
彼は懐から、最高級和紙でできた「自分の名刺」を数枚取り出すと、そこに人狼族の爆発的な闘気を流し込んだ。
「『名刺刃』」
シュパパパパッ!!
リバロンの手首が軽くスナップした瞬間、名刺が時速300kmの凶刃となって宙を舞い、魔族の兵士たちが構えていた杖や武器だけを、ミリ単位の精度で綺麗に両断した。
「ヒィィッ!? め、名刺で鋼鉄の剣が切れたぞ!?」
「武器を持つなど野蛮な真似、真の執事には不要。『戦争論』にもある通り、戦闘は最終手段……ですが、村の秩序を脅かす愚者には、冷徹なる罰を」
リバロンが冷たい目で一瞥するだけで、残った兵士たちは人狼族の圧倒的な殺気に当てられ、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
「……おいウィスタ。この村、やっぱり頭おかしい奴しかいねぇぞ」
地下ハッチから顔だけ出していたユートが、ガタガタと震えながら呟いた。
「ああ。あの執事、闘気を物質に流し込む精度が異常だ。……それに、あの村長の女……ここからが一番『ヤバい』ぜ」
ウィスタが冷や汗を流しながら、広場の中心を指差す。
「さぁて、これで全員大人しくなりましたね!」
キャルルはパンパンと手を払うと、顎を砕かれ、全身打撲でピクピクと痙攣している兵士たちを見下ろし、天使のような笑顔を向けた。
「怪我人を出してしまったのは村長としての私の責任です。……だから、私が『治して』あげますね♡」
「えっ……?」
兵士たちが戸惑う中、キャルルの両手から、規格外の治癒能力を秘めた『陽薬草』と『月兎族のオド』が融合した光が放たれた。
フワァァァァ……ッ。
瞬く間に、兵士たちの砕けた顎が繋がり、折れた肋骨が元通りに修復されていく。痛みは完全に消え去り、彼らは無傷の状態へと全回復した。
「お、おお……! 治った! 痛くねぇぞ!」
「ち、チクショウ! 舐めやがって、もう一度痛い目見せてやる――」
立ち上がり、再び悪態をつこうとした兵士の顔面に。
キャルルの安全靴による『流星脚』が、情赦なく叩き込まれた。
「グベァァァァッ!?」
「はい! 治ったから、もう一回『ヤキ』を入れられますね♡ 悪い心が治るまで、何度でも骨を折って、何度でも全回復させてあげますからね♡」
キャルルの瞳の奥が、底なしのヤンデレ的な慈愛と狂気でドス黒く濁っていた。
「ひぃぃぃぃッ!? い、命だけはァァァ! お許しをぉぉ!!」
「姉御ォォ! ワシらが悪うございましたァァ!! これ、部隊の裏金(軍資金)です! 全部ポポロ村に寄付しますからァァ!!」
無限に続く「回復と暴力の無間地獄」の恐怖に、完全なトラウマを植え付けられた兵士たちは、ありったけの金品をその場に放り出し、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
「ふふっ、今日も村の平和が守られましたね、リバロン」
「ええ。皆様、お嬢様の『熱いご指導』にすっかり心を入れ替えられたご様子。……さて、そこの物陰で震えておられる勇者様一行も、お茶になさいますか?」
リバロンが、ユートたちが隠れている方向へ優雅に一礼する。
「……あ、あはは。お構いなく……俺たちはただの通りすがりの――」
ユートが引きつった笑顔で誤魔化そうとした、その時だった。
「ユ、ユートさぁぁぁん!! たすけてぇぇぇ!!」
広場の向こうから、タローソンの制服を着たリリスが、涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら全速力で駆け寄ってきたのだ。
「リリス!? どうした、そんなに慌てて!」
「き、来ちゃいましたぅぅ!! コンビニの時計が、深夜0時を回った瞬間に……!!」
リリスが震える指で空を指差した。
ポポロ村の上空、星々が瞬く夜空に、突如として巨大な「次元の亀裂」が走り、空間がガラスのようにひび割れていく。
その亀裂の奥から、禍々しい殺気と、冷徹な回収の意志を持った「黒い影」たちが、無数に降り立とうとしていた。




