EP 3
「勘違いの空と、ポポロ屋の肉椎茸丼」
「来たぞ……撃つ準備はいいな、ユート、リリス!!」
「うわあああん! 嫌ですぅ! マグローザ漁船だけは嫌ですぅぅ!!」
ポポロ村の夜空に現れた、黒いスーツを着た威圧的な集団。
ウィスタが魔導ライフルの安全装置を外し、クレアがシールドの電圧を1億ボルトまで引き上げ、絶体絶命の借金回収バトルが始まる――かに見えた、その時だった。
「おおきにー! 『ルナ・イーツ』の配達やでー! あと、タローマートの夜間納品や!」
「「「……えっ?」」」
夜空から降りてきたのは、黒い四角い保温バッグを背負った、コテコテの関西弁を喋るジオ・リザード(ロード)と、タローマートのロゴが入った制服を着た納入業者のワイバーン部隊だった。
「……なんや、物騒なライフル構えよって。ワテはただのウーバ……いや、ルナ・イーツの真面目な配達員やで?」
ロードが首から下げた魔導通信石をピコピコと操作しながら、呆れたようにため息をついた。
「な、なんだ……取り立て屋じゃないのか。寿命が三年縮んだぞ……」
ユートが膝から崩れ落ち、リリスもその場にへたり込んで安堵の息を吐く。
「いやぁ、拙者も驚いたでござるよ。空を飛んでいたら、いきなり下から物凄い殺気を向けられたでござるからな」
ロードの背中からヒョイと飛び降りたのは、ルナ・イーツの帽子を被った中二病の青年・良樹だった。
「お前ら、こんな夜更けに何やってんだ? っていうか、そのトカゲ……ジオ・リザードなのに喋れるのか?」
ウィスタがライフルを下ろしながら尋ねる。
「ワテか? ワテはただの苦労人や。……おっと、もうこんな時間か。腹減ったなぁ、良樹」
「左様でござるな、ロード殿。本日は溝掃除と迷子の猫探しで『善行ポイント』が150P貯まったゆえ……発動するでござる! 【丼マスター】!!」
ポンッ!
良樹のスキルにより、虚空からホカホカの「特盛り牛丼」が二つ現れた。
さらにロードは、背中のバッグからタローソンの「消費期限切れの廃棄弁当」を取り出すと、息を吹きかけた。
「【時間巻き戻し(リワインド)】! よっしゃ、工場で出来立てアツアツの瞬間に戻ったで! いただきますぅ!」
「「「…………は?」」」
神話級の能力(時間操作)を「タダ飯を食うため」だけに使う始祖竜と、超絶スキルで牛丼を召喚する中二病の姿に、勇者一行と見習い女神は完全に言葉を失った。
「なんだこの村……。武装農家のおばちゃんに続いて、今度は弁当の時間を巻き戻すトカゲだと……?」
ユートの社畜の常識が、音を立てて崩れ去っていく。
「あー、お前らも腹減ってんのか? なら、そこの『ポポロ屋』に行くといい。あそこの飯は、拙者の牛丼より美味いでござるよ」
良樹が牛丼をかき込みながら、村の奥にある定食屋を指差した。
◇ ◇ ◇
カランコロン、とポポロ屋の扉が開く。
「いらっしゃい。……なんだ、随分とボロボロの客だな」
厨房から顔を出したのは、鋭い目つきの料理人、リアンだった。
「お、おじさん……一番安くて、一番美味いものを……出してくれ……!」
ユートがカウンターに銅貨を何枚か置きながら、擦り切れた声で頼み込む。
「一番安くて美味いもの、か。……分かった、座って待ってな」
リアンは手早く厨房を舞い、特上の『肉椎茸』を分厚く切り、醤油草の特製ダレで香ばしく焼き上げた。
それを、炊きたての米麦草の上に豪快に乗せ、最後にツンと鼻に抜ける『ワサビ』を添える。
「お待ちどう。『肉椎茸とワサビの醤油丼』だ」
ドンッ、と置かれた丼から立ち上る、肉とキノコの暴力的な旨味の香りと、焦げた醤油草の匂い。
「こ、これは……!!」
ユートとクレアが、震える手でスプーンを握り、一口、口へ運んだ。
――ガツンッ!!!
「~~~~~~~~ッ!!」
「あ、あああぁぁぁ……ッ!!」
二人の目から、大粒の涙がボロボロと溢れ出した。
肉椎茸の圧倒的な弾力から溢れ出す肉汁と、醤油のコク。それをワサビの爽やかな辛味がピシッと引き締め、無限に米麦草を食わせる神のバランス。
「うめぇ……! うめぇよぉぉぉ!! なんだよこれ、ゲロオムレツの消しゴムみたいな味と全然違う!! 食べ物って、こんなに美味しかったんだ!!」
「ありがとう……神様ありがとう……! 私、生きてて良かったわ……!!」
顔面を涙と鼻水と醤油ダレでドロドロにしながら、狂ったように丼を掻き込む勇者と聖女。
そのあまりにも悲惨な食いっぷりに、リアンは腕を組みながら「……どんだけ酷いモン食わされてたんだ、コイツら」とドン引きしていた。
「ふふっ、美味しいですよねぇ。私もお腹空きましたぅ……」
リリスが横でよだれを垂らしながら、自分の空っぽの財布を見つめていた、その時。
『……五円! 五円! 御縁! 御縁! ハイ!』
ポポロ屋の裏手から、みかん箱に乗って歌う、悲壮感漂うアイドルの歌声が微かに聞こえてきた。
「ん? なんだこの歌……めちゃくちゃ『カネ』への執着を感じるんだが」
ウィスタが耳をすませる。
それは、さらなる「極貧の底辺」との邂逅の合図であった。
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