第十章 借金勇者とマグローザの恐怖! どん底フリーター狂騒曲
「リボ払い勇者、ポポロ村へ(ルチアナを許すまじ)」
「……なぁ、ウィスタ。これ、何度嗅いでも『腐った靴下に胃酸をぶち撒けた匂い』がするんだけど、俺の鼻がイカれてるだけかな?」
「安心しろユート。俺の耳の尖ったエルフの嗅覚でも、全く同じ『ゲロの匂い』がしている。……つまり、それがこの食い物の正常な仕様ってことだ」
ルナミス帝国、レオンハート獣人王国、アバロン魔皇国の国境が交わる緩衝地帯。
そのど真ん中に位置する絶対中立特区『ポポロ村』の入り口に、ボロボロの装備を纏った三人の男女が、死んだ魚のような目で立ち尽くしていた。
彼らの手には、ルナミス帝国軍がコストカットの果てに生み出した最悪の戦闘糧食、MRE型……通称『ゲロオムレツ』が握られている。
「うぅぅ……! もう嫌! こんな消しゴムみたいな食感の塊、胃袋が受け付けないわ! 勇者の懸賞金(1億円)でセレブな積立NISA生活をするはずだったのに、なんで私たちがこんな残飯を齧りながら魔獣を狩らなきゃいけないのよ!」
電撃を放つシールドを背負った聖女、クレア・イリスパトラが、ゲロオムレツを地面に叩きつけて絶叫した。
「仕方ないだろ! 俺たちのパーティー資金は、今月も『マイナス』なんだから! 誰かさんが、胡散臭い女神から【初心者用・鉄の鎧セット(タローマン製)】なんていうゴミ装備を、100万円のリボ払いで買わされたせいで!!」
「俺のせいじゃねぇ!! あの『永遠の17歳』とか抜かす自堕落なジャージ姿の女神が、『これがないと異世界じゃ一歩も歩けずに死ぬわよ? 大丈夫、支払いは20歳になってからでいいから♡』って騙し討ちで契約書にサインさせたんだ!!」
勇者ユート・ディスパーダ(元・社畜アルバイター)が、血涙を流しながら叫び返す。
「契約書の裏面、ルーペで読まなきゃ見えないようなミジンコみたいな字で書いてあったんだぞ! 『※支払いが遅延した場合、天界の回収人がマグローザ漁船(あるいは蟹工船)へドナドナします』ってな!! 俺は絶対にあのカニ地獄には行きたくねぇんだよぉぉ!!」
「はいはい、喧嘩はそこまでだ。……ほら、見ろ。あそこに光り輝く『オアシス』があるぜ」
賢者エルフのウィスタが、愛用の魔導ライフルを肩に担ぎ直し、ポポロシガレットをふかしながら顎で前方をしゃくった。
その視線の先。
のどかな農業村の風景には全く似つかわしくない、煌々とネオンを輝かせる巨大な看板が立っていた。
『ルナミスキング(24時間営業ファミレス)・ポポロ支店』
「「……ファ、ファミレスだああああぁぁぁぁッ!!」」
ユートとクレアの目に、一瞬でハイライトが戻った。
彼らは最後の銅貨を握りしめ、ゲロオムレツの袋を放り捨てて、ルナキンの自動ドアへと全速力でダイブしたのである。
◇ ◇ ◇
「ぷはぁぁぁぁっ! 五臓六腑に染み渡るぅぅ! やっぱルナキンのメロンソーダは最高だな!!」
「太陽芋のフライドポテトも絶品よ! ああっ、塩気が! ゲロオムレツで破壊された私の味蕾が浄化されていく……!」
ルナキンの窓際席。
ユートとクレアは、最も安い「山盛りポテト」と「ドリンクバー単品」だけを注文し、涙を流しながら飢えを満たしていた。
「……お前ら、それ一応『最底辺の食事』だからな。まぁ、MREに比べりゃ天上の美味だろうが」
ウィスタはブラックコーヒーを啜りながら、呆れたようにため息をつく。
しかし、そんな彼らの横のテーブル席から、何やら不穏な「すすり泣き」が聞こえてきた。
「うぅぅ……。イチゴの特大パフェ……食べたいですぅ……。でも、これを頼んだら……」
隣の席に座っていたのは、ピンク色の芋ジャージに、初心者マークの刺繍をつけた謎の美少女だった。
彼女は手元の「エンジェルすまーとふぉん」の画面を恨めしそうに見つめながら、ドリンクバーの烏龍茶をズズーッとすすっている。
「あと5万円……。今月の限度額まで、あと5万円しかありませんぅぅ……! ルチアナ先輩が私のカードで勝手に『月人君の限定アクリルスタンド』なんて買うからですぅぅ! このままじゃ、月末の支払いがショートして……うぅっ……マグローザ漁船で一生カニの殻を剥かされますぅぅ!!」
ピクッ。
その『マグローザ漁船』という単語を聞いた瞬間。
ユートの社畜センサーが、異常な数値を叩き出した。
「……おい、あんた」
ユートは思わず席を立ち、隣のテーブルのジャージ少女――見習い女神リリスに声をかけた。
「ひっ!? な、なんですか!? 私はただの怪しい女神見習いであって、寸借詐欺とかしてませんぅぅ!」
「いや、そうじゃなくて……。あんたもしかして、借金抱えてるのか? しかも、『ルチアナ』って女のせいで……?」
「!?」
リリスの瞳孔が、カッと開いた。
「お、お兄さん……どうしてその名前を!? もしかして、お兄さんもあの堕落女神の被害者ですか!?」
「ああ! 100万円のリボ払いだ! 月末の支払いに怯えながら、カニ工船行きを回避するためにゲロオムレツ食って魔物狩ってるんだよ!!」
「うわああああん!! お仲間ですぅぅ!! 私も月給18万円なのにスマホの維持費でカツカツなんですぅぅ!!」
ガシィィィッ!!
絶対に交わってはいけない「現世の底辺勇者」と「天界の底辺女神」が、ルナキンのテーブル越しに熱い握手を交わし、大号泣し始めた。
「よし! あんたの名前は!?」
「リリスですぅ!」
「俺はユートだ! リリス、お互い絶対に生き延びて、あのクソ女神に一泡吹かせてやろうぜ!! いつか絶対、カニ食う側に回ってやる!!」
「はいですぅぅ! うぅ、ユートさんのおかげで少し元気が出ました! よし、今日は奮発して……ポテト、追加注文しちゃいますぅ!!」
底辺同士の悲しくも熱い友情(連帯)が、ポポロ村のファミレスで結ばれた。
……しかし、彼らはまだ気づいていなかった。
ルナキンの窓の外、ポポロ村の上空に、分厚い暗雲が立ち込め始めていることに。
そして、月末の「回収」の時期が、文字通り『音速』で迫ってきていることに。
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