EP 6
「落とし前の料理人」
月見大根の畑にうつ伏せでめり込み、首が真後ろを向いている(※神なのでノーダメージ)にも関わらず、世界神オリンの口は止まらなかった。
「うぅ……い、言う……。あのババ……いや、ユニーバ様は……実は、数十万歳も……サバを……」
「アカン! アカンて! このままやと全宇宙が初期化されてまうで!!」
ニャングルが毛を逆立てながら、オリンの口に必死に月見大根をねじ込もうとするが、オリンの顎は万力のような力でそれを噛み砕き、言葉を紡ぎ出そうとする。
魔界の深海魚『暴露鯛』の呪いと、極貧アイドル・リーザが渡した『ふ〜ん石』の不運デバフの相乗効果は、物理的な気絶すら凌駕し、ただ「秘密を暴露するマシーン」としてオリンの肉体を駆動させていたのだ。
『(コメント欄)ユニーバ様のサバ読み!?』
『(コメント欄)数十万歳!? マジかよ!!』
『(コメント欄)早く続きを!! 歴史の真実を!!』
「あわわっ! ゴッドチューブの同接が1000億人を突破しましたぁぁ! もう配信止められませんぅぅ!」
リリスがエンジェルすまーとふぉんを構えながら半泣きで叫ぶ。
「冗談じゃないわよ! このままじゃウチのコタツ部屋どころか、アナステシア世界ごと消し飛ぶわ!!」
ルチアナがオリンの頭に馬乗りになり、両手で必死に口を塞ぎながら背後を振り返った。
「リアン!! 元はと言えば、アンタが変な魚を捌いたのが原因でしょ! なんとかしなさい!!」
「……」
「なんでもいいから、アイツの口を完璧に塞ぐ『落とし前のメシ』を作れ! 料理人のケツは、料理人が拭きなさい!!」
女神の悲痛な叫び。
それを聞いた元最強の暗殺者にして、ポポロ屋の料理人であるリアンは、静かに腕を組んだまま目を閉じた。
「……違いない。どんな食材であろうと、客の前に出した以上は俺の責任だ。……そして、料理によって起きたトラブルは、料理によって解決するのが『ポポロ屋』の流儀だ」
カッ! とリアンが目を見開く。
その瞳には、かつてルナミス帝国の裏社会を震え上がらせた『最強の暗殺者』としての絶対零度の殺気と、料理人としてのプライドが混ざり合っていた。
「分かった。……だが、口を封じるには少しばかり『荒療治』になるがな」
「荒療治でもなんでもいいわ! 早く!! オリンの顎の力が強すぎて、私の腕がへし折られそうよぉぉ!!」
悲鳴を上げるルチアナを尻目に、リアンは神速の足捌きでポポロ屋の厨房へと舞い戻った。
◇ ◇ ◇
ポポロ屋の厨房の最奥。
そこには、ドワーフの天才発明家キュルリンが特別に設えた『絶対密閉・魔導冷凍庫』が鎮座している。
リアンは迷うことなくその扉の前に立ち、幾重にも掛けられた魔法のロックを解除した。
プシューッ……!!
扉が開いた瞬間。
漏れ出したのは、冷気ではない。
『目と鼻の粘膜を直接ぶん殴ってくるような、致死性の刺激臭』だった。
「ッ!? な、なんやこの匂い!? 鼻が……ワイの鋭敏な猫の嗅覚が死ぬぅぅぅ!!」
厨房の外まで漏れ出したその匂いに、ニャングルが算盤を放り出して地面をのたうち回る。
月兎族であるキャルルも、あまりの刺激臭にウサギ耳をペタンと伏せて涙目になっていた。
「けほっ、ごほっ! リ、リアンさん!? 厨房から、生物兵器みたいな匂いがしますの!?」
リーザがジャージの襟で鼻を覆いながら叫ぶ。
「安心しろ。これはただの『農作物』だ。……少しばかり、口臭が効きすぎているだけだがな」
リアンが分厚い耐熱・防臭グローブをはめ、冷凍庫の奥から『ソレ』を取り出した。
ゴロン、とまな板の上に置かれたソレは。
人間の赤ん坊ほどの大きさがある、不気味な薄紫色の皮に包まれた巨大な球根植物であった。
しかし、ただの植物ではない。
その球根の表面には、ギョロリとした目と、ニヤァッと歪んだ口が浮かび上がっていたのだ。
『へへへ……。よぉ、兄ちゃん。俺様を外に出すなんて、よっぽど「刺激」に飢えてるみたいだな?』
――喋った。
しかも、その一言を発しただけで、厨房内の空気が黄色く変色して見えるほどの強烈な口臭(ニンニク臭)が爆散した。
「息が臭えよ、魔界植物『ガーリッ君』」
リアンは表情一つ変えず、愛用の銀の包丁と、ドワーフ製の『特大おろし金』をテーブルにセットした。
ガーリッ君。
かつて泥沼夫妻の人生を狂わせた「メロロン」と同じく、自我を持つ魔界植物の一種。
喋るたびに周囲の生物を気絶させるほどの強烈な悪臭を放つため、農家からは忌み嫌われているが、リアンはその「圧倒的な風味と暴力的な辛味」に目をつけ、極秘裏に仕入れていたのである。
「これで、あのピカピカのハゲの『暴露の呪い』を完全に上書き(オーバーライド)してやる。……究極の口封じ(レシピ)の完成だ」
リアンの手の中で、銀の包丁がギラリと冷たい光を放った。
全宇宙の命運は今、一玉の「喋る激臭ニンニク」に託されようとしていた。
お読みいただきありがとうございます!
評価・ブックマークで応援いただけると励みになります。




