EP 10
「見習い女神の『ホーリー・スマッシュ』!(そして終幕)」
ポリッ、ポリポリッ……。
サクサク、カリカリッ……。
泥沼農園のリビングには、ごま油とニンニクの強烈な香りが充満していた。
先ほどまで「メロ美いいぃ!」「メロ彦おおぉ!」と永遠の愛を誓って大号泣していた泥沼夫妻は、今や完全に真顔でサケスキー(芋酒)のグラスを傾け、愛人の亡骸(メロロンの皮と種)を無限に貪り食っていた。
「たまんねぇな恵! メロ美の皮、ニンニクがガツンと効いてて最高だ! 酒が止まらねぇ!」
「本当ね愛蔵さん! メロ彦の種も香ばしくて、塩加減が絶妙だわ!」
「あぁ、やっぱりポポロ野菜の料理には敵わねぇな。……なぁ恵、明日の夕飯は、またお前の手料理が食いたいな」
「うふふ、いいわよ。腕によりをかけて、特大の肉椎茸を焼いてあげる」
究極の不倫劇は、リアンが提供した『メロロン皮のピリ辛浅漬け』と『種のガーリックロースト』によって、あっさりと「いつものおしどり夫婦の晩酌」へと引き戻されてしまった。
「フッ。やはり食材は、骨の髄まで愛して(食い尽くして)こその農家だ。美味いメシの前には、どんな悲恋もロマンスも無意味だぜ」
腕を組み、満足げに頷く料理人リアン。
……しかし、この空気を読まない「飯テロによる強制解決」を、絶対に許せない存在が一人いた。
◇ ◇ ◇
【天界・ルチアナのコタツ部屋】
「…………私の、感動の涙を返せ」
「見事に情緒が粉砕されたわね……。あーあ、宇宙規模の純愛映画が、深夜の孤独のグルメ(居酒屋編)になっちゃったわ」
ルチアナとカグヤが、虚無の顔でモニターを見つめていた。
だが、その背後で。
「ちぃぃぃぃぃ……っ!!」
ワナワナと肩を震わせ、ピンク色の芋ジャージを強く握りしめている少女がいた。
頭上の光輪が、怒りのあまりバチバチとショートしている。
「ちーがーうーでーしょぉぉぉぉぉぉっ!!!」
初心者マークの刺繍が入ったジャージを着た見習い女神・リリスが、ついにブチギレた。
「せっかく! せっかく全宇宙が涙した悲恋の結末だったのに! お互いの過去を許し合ったマスクメロン夫婦の尊いエンディングだったのに! なんでニンニクとごま油で酒のツマミにしてるんですかぁぁ! ロードショーの最後に『からあげタロー』のCMを流すようなものですよ!!」
リリスは、分厚い耐衝撃ハードケースに入れられた『エンジェルすまーとふぉん』を力強く握りしめると、コタツ部屋の窓をバァァンッ!と開け放った。
「私が! 現場に行って、直接ガツンと言ってやりますぅぅ!!」
リリスはそのまま、天界から現世のポポロ村(泥沼農園)を目指して、健康サンダルを履いた足で一直線にダイブした。
◇ ◇ ◇
ポポロ村郊外、泥沼農園。
リアンが「さて、俺は厨房に戻るか」と背を向けた、その瞬間である。
ドゴォォォォォンッ!!!
リビングの天井がぶち破られ、ピンク色の芋ジャージが流星のように降臨した。
「むぐっ!?」
「あ? なんだお前。空から降ってきた新手の害虫か?」
土煙の中から現れたリリスを、リアンが冷たい目で見下ろす。
「が、害虫じゃないです! 私は第四種惑星創造神格公務員見習いの、リリスですっ! リアンさん、あなた『空気』ってものを知らないんですか!?」
「空気? 料理は味と鮮度がすべてだ。ロマンスで腹は膨れねぇ」
悪びれる様子も一切ないリアン。
その言葉が、純粋な見習い女神の逆鱗に完全に触れた。
「……もう許しません! 今日の私は、おっちょこちょいでも、ただのポンコツでもありません! 宇宙の情緒を守るための……天罰ですぅぅ!!」
リリスは高く跳躍した。
そして、手にした『エンジェルすまーとふぉん』を大きく振りかぶる。
「食らえぇぇぇッ!!」
詠唱のミスも、出力調整の失敗もない。なぜならこれは、純粋な『物理』だからだ。
「『ホーリー・スマッシュ』ッ!!!」
ゴガァァァァァァァァァァァンッ!!!
耐衝撃ハードケースで覆われた、エンジェルすまーとふぉんの『一番硬い角』。
それが、オリハルコンを叩き割るほどのスイングスピードで、元・最強の暗殺者リアンの脳天にクリーンヒットした。
「ぐ、ぼぁッ……!?」
さしものリアンの超絶動体視力をもってしても、神の怒りが乗った物理のツッコミを避けることはできなかった。
リアンは白目を剥き、バタリとリビングの床に崩れ落ちた。
「はぁ、はぁ、はぁ……! や、やりました……! 宇宙の平和は、私が守りました……!」
肩で息をしながら、ポーズを決めるリリス。
しかし、彼女がふと自分の手元のスマホを見た瞬間。
ピキッ……。
「……えっ?」
リアンのあまりにも硬い頭蓋骨のせいで、エンジェルすまーとふぉんの画面保護フィルムに、無惨な『ヒビ』が入っていた。
「あ……あああああぁぁぁっ!? 画面の保護フィルムが割れてますぅぅぅ!!」
リリスの表情が、ロマンを守った女神の顔から、現実に打ちのめされた『薄給の労働者』の顔へと一瞬で切り替わった。
「うそっ、これ天界のオフィシャルショップで交換したら5000円も取られますぅ! む、無理ですぅぅ! 今月の手取り13万円なのに、これを払ったらエンジェルすまーとふぉんの基本利用料(月額2万円)が払えなくなって……!」
リリスは頭を抱え、床を転げ回りながら絶叫し始めた。
「限度額オーバーで! 天界から黒服のレスラーが降りてきて、身ぐるみを剥がされて、一生チンチロリンをやらされるマグローザ漁船にドナドナされちゃいますぅぅぅ!! 嫌ですぅぅぅ! ルチアナ先輩! お小遣いくださいぃぃ!!」
『(コメント欄)女神がスマホの割れでガチ泣きしてるwww』
『(コメント欄)マグローザ漁船行き(リーチ)で草』
『(コメント欄)この世界、神様も世知辛すぎだろwww』
泣き叫ぶピンクジャージの見習い女神。
脳天をカチ割られて気絶している暗殺料理人。
そしてその横で、そんなカオスな状況など一切気にも留めず、ひたすら「美味いな」「本当ね」と笑い合いながら、メロンの皮の浅漬けをポリポリと食べ続けているマスクメロン夫婦。
全宇宙の神々を巻き込んだ、前代未聞の愛憎劇(メロロン不倫騒動)は。
こうして、あまりにもくだらなく、そして完璧な『日常』として大団円(?)を迎えたのであった。
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