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迷信の生贄花嫁、食べられると勘違いしたまま竜王陛下の溺愛が始まって戸惑ってます~食べるって物理的な意味ですよね?~  作者: 小蔦あおい
第5章

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第37話 それからの生活



 ***


 窓の外からチチッと小鳥のさえずりが聞こえてくる。

「ううん……」

 朝の空気を感じて、フィリーネはゆっくりと瞼を開けた。


 薄紅色の瞳に映るのは、こちらをじっと見つめてくる、恐ろしいほど整った顔。

 夢とうつつが判断できず、ぼーっとその相手を見つめ返していた。

 長くて細い指が、フィリーネの頬をそっと撫でる。


「おはよう、フィー」

 優しい低い声が耳朶に触れる。

 フィリーネの微睡んでいた意識がそこでようやっと覚醒した。


「……え? シドリウス様!! いつお戻りに!?」

 うっとりとした表情を浮かべるシドリウスをよそに、上体を起こしたフィリーネは困惑した。

 というのも、フィリーネと一緒にエリンジャー家の舞踏会から屋敷に帰ってきたシドリウスは、すぐに空都へと飛び立ってしまったのだ。


 それから二ヶ月経っても一度も戻っては来ず、フィリーネはカロンと二人で生活をしていた。

 シドリウスが留守の間、フィリーネの生活にも変化があった。

 紫紺蝶と共に、ランドレイス公爵の夢塞病を治す活動を始めたのだ。


 ストレスや精神面から発症する夢塞病は光魔法では治せない。闇魔法のみが通用する。

 舞踏会の一件で、フィリーネは紫紺蝶と精霊契約を結んではいないものの、闇魔法が使えることに気づいた。


 どうして使えるのか改めて紫紺蝶に尋ねると、精霊の祝福を受けているからだという。

 これまで不思議な力で使用人たちの不眠や気分の浮き沈みを改善していたのは、紫紺蝶に授けられた祝福の魔法を使っていたからだった。

 もっと早くに祝福の内容を教えてもらいたかった。しかし、知ったところでフィリーネは精霊契約はできないし、アバロンド家での待遇は絶対に改善しなかっただろう。


 何はともあれ、大手を振って力が使えるようになったフィリーネは、定期的に公爵を起こしに行った。

 シドリウスのように毎日添い寝している訳ではないし、精霊師のように充分な力を発揮できないので、治る速度は緩やかではあるが快方に向かっている。


 自分の新たな役目が見つかり、フィリーネの毎日は忙しくも充実していた。

 とはいえ、たまにシドリウスがいないのを思い出して、寂しくなる時もあった。そんな時は自分の本来の役目を思い出し、生贄として美味しい身体になるよう精を出した。



 舞踏会の一件まではシドリウスの寝室で眠っていた。だが、勝手に眠るのも忍びないと思い、以降は自室のベッドで寝起きをしている。

 そのはずなのに、何故か今はシドリウスのベッドの上だ。

 訳が分からず頭の上にたくさんの疑問符を浮かべていたら、シドリウスが喉を鳴らした。


「夜中に帰ってきたら部屋にフィーがいなかった。おまえがいないと俺は眠れない。だから、こっそり俺の寝室まで運んだんだ」

「ああ、なるほ……いえ、そうではなくて。どうして起こしてくださらなかったのですか!?」

 納得しかけたが、すかさず異を唱える。


 きちんと出迎えの挨拶がしたかった。労いの言葉もかけたかった。

 フィリーネが非難めいた声を上げると、シドリウスが頬杖をつきながら真顔で言う。


「豪快ないびきをかいて幸せそうに寝ていたからな。起こすのは忍びなかったんだ」

 フィリーネは両手で口もとを覆い、周章狼狽する。

「ま、まさかそんな醜態を晒していたなんて。申し訳ございません!」

「ついでに言うと、腹を丸出しにして眠る猫みたいだったな…………というのは冗談だ。だからそんな顔をしないでくれ」


 フィリーネが涙目になったところで、今度はシドリウスが慌てふためく。

 醜態を晒していないと分かってフィリーネは胸に手を置いて愁眉を開いた。

(良かったです。間抜けな姿を見られなくて)


 エリンジャー家の舞踏会でフィリーネはシドリウスが好きだと気づいた。好きな相手には自分の良い面を見て欲しい。

 たとえこの気持ちが一方通行だったとしても。


「帰ってくるのに時間がかかってすまなかった。事後処理に追われていたからな」

 シドリウスは身を起こすと、ベッドから降りてカーテンを開く。

 窓の外は、雲一つない青空が広がっている。

 掃き出し窓を開ければ、夏のからりとした空気が流れてきた。



 フィリーネもベッドから降りようと床に足をつける。

 シドリウスは外の景色を眺めたまま、口を開く。

「……おまえの家族がどうなったか訊きたいか?」

 尋ねられたフィリーネは、背筋を伸ばした。


 カロンから先日の舞踏会で何があったのか、大まかな話は聞いている。

 ハビエルはプセマ準男爵に騙されて首が回らないほどの借金を負った上、領地の落石事故によって大規模なインフラ整備も必要になった。それで入り用となり、フィリーネとダンスを踊っていたシドリウスから大金をせしめようとした。


 また、魔法契約書を濫用して、使用人と不平等な雇用契約を結んでいた。

 アバロンド家当主が代々同じように行ってきたので、ハビエルのみに罪があるわけではないが、今代の当主としてその責任は追及されるようだ。

 そしてミリーネはというと、フィリーネに成り代わってシドリウスの逆鱗に触れた。


 これによりシドリウスが竜の姿になり、ランドレイス家の古城の庭は壊滅的な被害に遭ってしまった。招待客の中には、避難中に負傷した者もいたという。

 様々な騒動を引き起こした結果、二人は現在空都の牢屋に収監されている。



「お二人の処遇はどうなりますか?」

「まず、父親はフィーを虐待していた件と魔法契約書の濫用も併せて法の裁きを受けさせるつもりだ。使用人たちの証言を踏まえ、悪質性が高いと立証された場合は重くになるだろう。借金を負って現時点でも首が回らなくなっているみたいだから、爵位は手放さざるを得ないだろうな。それから」


 シドリウスはくるりとこちらに向き直った。

「姉の方はおまえを虐待していたが、家庭環境のせいもあるから情状酌量の余地はある。よって、性根を叩き直すために無期限の修道院送りになった。これはランドレイス公爵が決めたことだ。婚約を破棄するかどうかは、ミリーネの今後の行い次第だそうだ」

「そうですか。ランドレイス家のお二人には深謝いたします」


 本当だったらミリーネはランドレイス家からも訴えられ、婚約破棄された上で処罰を受けていたはず。

 フィリーネはアーネストと公爵の懐の深さに感銘を受けた。


「まあ、舞踏会での件は感情を抑えられなかった俺にも非があるとして……」

 頬を掻きながら、ごにょごにょとシドリウスが歯切れの悪い物言いをする。やがて、咳払いをしたシドリウスは真面目な顔つきになった。

「処遇は以上になるが、悲しいか? 曲がりなりにも二人はフィーの大事な家族だ」


 フィリーネは思案投げ首になる。

 悲しいかと訊かれたら、意外にもそうでもないというのが本音だ。

 ハビエルとミリーネを『お父様』、『お姉様』と呼んではいたが、これまで虐げられてきたため、家族と言われてもフィリーネはピンとこない。

 寧ろ、召し使いとして扱われてきたので『雇用主』という感覚の方が近かった。


 したがって、フィリーネは二人がどうなろうと何も感じない。

 それよりも懸念する点が一つだけあった。


「あの、アバロンド家の使用人たちは今後どうなりますか? 皆さんには良くしていただきました。彼らが路頭に迷わないようにしていただけると嬉しいのですが……」

「それなら安心して欲しい。彼らには最適の職場を提供するつもりでいる。それに、今回魔法契約書の持ち出しに成功したのは、マーシャという侍女が協力してくれたおかげだ」

「マーシャが」


 使用人の中でも彼女が一番フィリーネが虐げられているのを憤っていた。ハビエルや魔法契約書を恐れる使用人が多い中、勇気を出して立ち向かってくれたのだろう。

(ありがとうございます、マーシャ)


 心の中で感謝を伝えたフィリーネはベッドから立ち上がる。

「寛大なお心に感謝します。――竜王陛下」



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