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迷信の生贄花嫁、食べられると勘違いしたまま竜王陛下の溺愛が始まって戸惑ってます~食べるって物理的な意味ですよね?~  作者: 小蔦あおい
第4章

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第35話 怒れる竜



「一体何ごとだ?」

 ベッドから降りた公爵は、覚束ない足取りで窓辺へと向かう。

 フィリーネもあとに続いて外の景色を確認した。


 すると、大広間に隣接するバルコニーが崩れており、瓦礫が庭園に散乱していた。

 瓦礫の山から少し離れた庭園には、見たこともない大きな黒い塊がある。

(あれは何でしょうか。月が雲に隠れてよく見えません)


 大きな塊が暗がりの中でも動いているのは分かる。しかし、その正体はまるで見当もつかなかった。

 フィリーネが首を傾げていたら、公爵が震えた声を絞り出す。

「あ、あのお方は間違いない。竜王陛下だ!」

「えっ!?」

 フィリーネは黒い塊へ目を凝らす。



 雲の間から月が顔を出した。月光に照らされた黒い塊が、はっきりとその輪郭を現す。

 頭には二本の角、背中にはコウモリのような翼、先が尖った長い尻尾。

 間違いなく、あれは竜だった。


「あの方がオルクール王国の君主、竜王陛下なのですね」

 初めて竜を見たフィリーネは、その覇気に気圧された。

 シドリウスも竜王陛下と同じ竜人だが、竜の姿はこれまで一度も見ていない。

 竜とは、これほどまでに圧倒的な存在だったのだと改めて知った。



 黒い竜が咆哮をあげる。

 尻尾が鞭のようにしなれば、側にあった木々がいとも簡単になぎ倒されていく。


「ああ、陛下は相当お怒りらしい。まったく、誰が陛下の逆鱗に触れるような真似をしたんだ!」

 今にも気絶しそうな顔で、公爵は呆然とその様子を眺めた。

「せっかくのお庭が次々と破壊されていきますね。我を忘れているようです」

「竜人が地上で竜の姿に変身するのは余っ程の時だ。あれほど怒っているとなると、静まるのにどれくらいかかるか……」


 公爵曰く、竜人は感情が爆発すると収まるまでにかなりの時間を要すらしい。

 暴れ回る竜の勢いは、まだまだ収まることを知らない。

 綺麗に刈られていた生け垣も、同色系でまとめられた美しい花壇もダメになった。

 鞭のようにしなる尻尾が、今度はガゼボにぶつかった。


 割れて崩れたガゼボの一部が古城に向かって飛んでくる。

 フィリーネが古城にぶつかると確信した次の瞬間、動きがピタリと止まった。

 ガゼボの一部が、そのまま下へと落下する。


 何が起こったのか目を白黒させていたら、古城から誰かが飛び出してきた。

 それはツバメの姿をした精霊を従える、カロンだった。

 カロンは瓦礫や木々が古城に飛んでこないよう、精霊と連携していなしている。

 他の精霊師一族も古城からやって来ると、カロンに加勢した。



 カロンの存在に気づいた公爵は眉を上げる。

「エリンジャー家の者が来ているのか? まさか今日は、舞踏会か!?」

「はい。今日はランドレイス家で年に一度開かれる舞踏会の日です。大広間には大勢の招待客がいらっしゃいます」


 暴れ回る竜の攻撃をカロンたちが防いでいる間に、古城一階ではアーネストや公爵家の騎士団が招待客を避難誘導していた。

 話を聞きながら眼下の様子を観察していた公爵は、一度目を閉じる。

 やがて覚悟を決めたように目を開き、フィリーネを見る。


「ここは危ないから、お嬢さんもすぐに避難しなさい。私はランドレイス家の当主として、陛下のもとへ行く」

「えっ、そんな!?」

 フィリーネはギョッとした。

 目覚めたばかりの公爵は、完全に健康な状態とはいえない。


 ミリーネが光魔法で定期的に回復させていたようだが、それでも筋力は衰えている。それに公爵が竜王陛下の前に行ったところで、怒りが静まるとも思えない。

「無理をしてはお身体に障ります。激昂している竜王陛下のもとへ行くなんて危険ですよ!」

 今にも倒れてしまいそうな公爵を、竜王陛下のもとには行かせられない。


 フィリーネは必死に止めに入る。

 しかし、公爵は頑なに首を横に振った。

「お嬢さん、この古城の主は私だよ。不届き者を招待して陛下の逆鱗に触れてしまった。その責任はこの私にある」

 目に強い光を宿した公爵は、ふらふらとしながらも廊下へ出ようとする。


 再び、竜の咆哮が響く。

 フィリーネは振り返って窓の外を見た。

 カロンたちが必死に防いではいるが、このままではいずれ彼女たちの魔力が尽きる。

 彼らを心配していると、目の前に紫紺蝶が現れた。

 紫色の翅からは鱗粉が落ちる。同時に、紫紺蝶が何を伝えたいのかが分かった。



 フィリーネは紫紺蝶に向かって頷き、公爵に声をかける。

「公爵様、紫紺蝶が力を貸してくれるそうなので、ここは私たちにお任せください」

「任せるとはどういう意味……おい、お嬢さん! 待ちなさい!!」


 後ろで公爵の引き止める声が聞こえたが、フィリーネは紫紺蝶を連れてそのまま廊下に出る。ミリーネがお仕着せに着替えるよう言ってくれて良かった。

 ドレスだと全力では走れなかったから。

 廊下を走り、階段を駆け下りたフィリーネは外に出た。


 カロンと他の精霊師一族が必死に攻撃を防いでいる中、フィリーネだけが竜に近づく。

「お、お嫁様!? 危険ですから下がってください!!」

「大丈夫です。この子が力を貸してくださいますので」

 狼狽えるカロンを尻目に、フィリーネは歩みを進める。


「どうか怒りを静めてください」

 フィリーネの隣にいた紫紺蝶は二匹に分裂すると、竜の頭上まで飛んで紫の鱗粉を降り注いでいく。

「カロンさん、竜王陛下の全身に鱗粉が行き渡るように力を貸してください」

「しょ、承知しました」

 フィリーネの要望を受けて、カロンが風を操る。

 手を前に突き出せば、たちまちつむじ風が紫の鱗粉をのせて竜王陛下の全身を覆った。



 これはフィリーネの推測だが、闇の精霊の魔法には気持ちを落ち着かせる力があるように思う。アバロンド家では不幸を振り撒く存在と頭ごなしに言われてきたが、それは光の精霊と似た魔法を持っているために冷遇されてきたのだろう。


(光魔法は怪我や体力の回復といった身体面に特化していますが、闇魔法は精神面に特化しているんだと思います)

 もしこの推測が正しければ、彼の怒りを静められるかもしれない。

 現に、紫紺蝶のおかげで竜王陛下の動きが鈍くなっている。

 フィリーネは竜の攻撃が当たらないギリギリのところで立ち止まった。


(あれ、この方って……)

 竜王陛下の横顔を見ていたら、不意にある名前が頭を過った。

 フィリーネはあのアイスブルーの瞳に見覚えがある。


 目の前にいるのは、フィリーネの知っているシドリウスだ。

 竜王陛下のシドリウスではなく、一緒に生活をしてダンスを踊った、あのシドリウス。

「シドリウス様!!」

 フィリーネが声を張り上げて名前を呼ぶと、それまで我を忘れて暴れ回っていたシドリウスの動きがピタリと止まった。



『……フィー、なのか?』

 正気に戻ったのかシドリウスが擦れた声で返事をする。

「はい、フィリーネです。何に対して怒っていらっしゃるのか分かりませんが、落ち着いてくださ……」

 シドリウスが頭を低くしてじーっとこちらを観察してくる。


『頬に怪我をしているぞ。具合はどうだ? ミリーネに傷つけられたんだろう?』

「ああ、これですか?」

 なんとも思っていなかったフィリーネは、引っ掻かれた部分に手を添える。


 以前にシドリウスはフィリーネの血の一滴でも流れるのを嫌がっていた。

 今回彼が暴走したのは、どこかでフィリーネが血を流したのを知ったからかもしれない。


「これはただのかすり傷です。痛くはないので大丈夫ですよ。だからもう怒りを静めてください。私と一緒に屋敷へ帰りましょう」

 フィリーネがシドリウスの顔に手を添えると、そのまま頬をぴたりとくっつける。

 竜の皮膚は鱗で覆われていて硬く、ひんやりとしていた。それがなんだか気持ちいい。

『……ああ、帰ろう』


 返事をしたシドリウスの身体が白い光に包まれ、ボンっという音がした。

 辺りは白い煙に包まれる。

 霧のように何も見えないでいたら、不意に人間の姿になったシドリウスに抱き締められた。


「フィー、俺を正気に戻してくれてありがとう」

「どういたしまして」

 フィリーネはにっこりと笑みを浮かべる。だが、すぐに顔を真っ赤にして懇願した。

「えーっと……お願いですから、帰る前に服は来てくださいね?」



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