第32話 対峙(シドリウス視点)
「あの子は昔から親を困らせるのが上手なんですよ。まあ、あんな娘でも私からしたら可愛い我が子に違いありません。それで、もしあなた様があの子を気に入ってくださるのなら、是非とももらってくださいませんか?」
「言われずとも、彼女の返事次第では俺がもらい受ける。お前の許しがどうであろうとな」
シドリウスの返事を聞いて、ハビエルは嬉々とした。
「そうですか、そうですか。でしたら問題ありません。私は娘が選んだ人なら手放しで喜べる人間です。父親ですからね。それでは早速、結納金の話に移りましょう。あの子は私が手塩にかけて育ててきた大切な娘です。愛し合う男女を引き裂きたくありませんが、結納金の金額が不十分であれば娘が不自由な想いをすると判断させていただきます。心を鬼にして、私は娘とあなたを引き裂かなくては……」
「俺はいつまで茶番に付き合えばいい?」
話を続けるハビエルに向かって、シドリウスの拳が飛んだ。
拳はハビエルの頬を掠めると、壁にめり込む。ミシリという不気味な音が辺りに響いた。
「ひ、ひいぃっ!!」
情けない悲鳴とともにハビエルが腰を抜かす。
「いつまでもベラベラと。減らない口だな」
シドリウスが壁から拳を離すと、パラパラと壁が崩れていく。穴は空いていないが、内部の木材が顔を出していた。
殺気の籠もったアイスブルーの双眸がハビエルを捉える。
蛇に睨まれた蛙の如く、怯えきったハビエルはシドリウスから目が逸らせない。
「まともな教育も食事も与えず、虐待していたおまえが偉そうにものを言うな。俺の番を散々苦しませてきたんだ。その借りは存分に返させてもらうぞ」
ハビエルは顔色をなくした。
「あなたは……まさか、竜人!?」
シドリウスが竜人だと分かったハビエルは、口をぱくぱく動かすだけでそれ以上は声が出せない。
ハビエルの反応を見るに、竜人の番に手を上げた者がどんな末路を辿るのかは理解しているようだ。
「安心しろ。人払いの魔法はかけてあるから。誰も来ないぞ」
シドリウスが微笑みながら冷え冷えとした声で話す。当然だが目は一切笑っていない。
「知っているぞ。領内の落石事故と投資に失敗して首が回らなくなっていることくらい。こちらは調査済みだし、おまえの魂胆など丸わかりだ。フィリーネに男が見つかったのなら、その相手から結納金を吊り上げてむしり取ろうという算段だったんだろう?」
シドリウスはハビエルの胸ぐらを掴むとぐいっと引き寄せる。シドリウスよりも頭一つ分ほど身長の低いハビエルは爪先立ちになり、膝をがくがくと震わせていた。
シドリウスは構うことなく話し続ける。
「落石事故はインフラ整備を怠ったから。投資の失敗は欲に目が眩んで後先考えずに行動したから。すべてはおまえの行動の結果だ。爵位を売るなり、領地を手放すなりして最後まで自分で責任をもって対処しろ。そして本題はここからだ」
胸ぐらを掴んでいるシドリウスの手に力が籠もった。
ハビエルは至近距離でシドリウスの殺気に充てられて白目を剥きそうな勢いである。
「……おまえは、我々の魔法契約書を悪用して使用人たちへ一方的な雇用契約を結んでいたな?」
質問をした途端、ハビエルの顔色がさらに悪くなった。
「ま、魔法契約書を知ってるとなるとあなた様は、まさか竜王陛下でいらっしゃいますか?」
「竜人と分かって俺の正体に気づいたと思っていたんだが、以外と察しが悪いんだな」
シドリウスは片眉をピクリと動かす。
「いや、だって竜王陛下は顔色が悪くて爬虫類をぺしゃんこにした醜男だと……」
「ああ、それは粛清した貴族たちが腹いせに流した噂だ。番以外にどう思われようと関係ないから流したままにしておいた」
シドリウスはハビエルの胸ぐらをぱっと放す。
解放され、腰が抜けて力が出ないのかハビエルはその場にへたり込んだ。
シドリウスは怯えるハビエルを見下ろしながら、自己紹介をする。
「改めて挨拶してやろう。俺の名はシドリウス。オルクール王国を統治する君主だ。おまえの魔法契約書の悪用に関しては隠しても無駄だ。既に調べはついている」
抵抗しても無駄だと伝えるが、往生際の悪いハビエルは額に脂汗を滲ませながらもしらばっくれる。
「な、何のことかさっぱり。私は適正に魔法契約書を使っただけです」
「そこまで言うのなら、現物を見て放した方が良さそうだな」
すると、それまで静かに佇んでいたヒュドーが風の精霊であるグラウクスを呼び出した。
「精霊界より契約者の声に応え、姿を現せ。我に力を貸したまえ」
現れたグラウクスの嘴には、丸まった書類が挟まっている。
「この魔法契約書はアバロンド家の保管庫から拝借しました。あ、安心してください。協力してくださった方がいましたので盗んではいませんよ」
ヒュドーは泥棒を働いたわけではないと先に伝えると、すぐに本題に入った。
「それでですね、ここをよく見てください。契約内容には『闇の精霊について屋敷以外で他言しないこと。また、忌み子のフィリーネに栄養のあるものを与えないこと』と書かれていますが詳しくご説明いただけますか?」
ヒュドーは指摘箇所を人差し指で示した。
だが、ハビエルが答えるより先に、声を荒らげたのはシドリウスの方だった。
「フィーが忌み子だと? おまえのような実の娘を虐げる人間の方がよっぽど忌むべき対象だ」
すると、それまで怯えて大人しかったハビエルが目の色を変えた。
「陛下に私の心の痛みなど分からないでしょう! 私は愛するカトリーヌを失ったんだ! あの不幸をまき散らす、闇の精霊に好かれた忌み子なんかが生まれたせいで!!」
言い終えるや否や、ハビエルがしまったというように顔を引き攣らせる。変化はすぐに起こった。
ハビエルの身体が青い炎に包まれたのだ。
「うわああああっ!」
痛い熱いと泣き叫びながら、ハビエルが床の上でのたうちまわる。
シドリウスはハビエルに向かって手をかざし、呪文を詠唱した。
青い炎が跡形もなく鎮火する。
辺りに皮膚が焼ける独特の臭いが立ちこめ、ヒュドーが堪らず服の裾で鼻を覆う。
全身に火傷を負ったハビエルは床の上ですすり泣いた。
シドリウスはハビエルの前にしゃがんで片方の膝をつく。
再びハビエルに向かって手をかざし、呪文を詠唱して火傷を癒やしてやった。
「おまえは確かアバロンド家に婿入りした身だったな。先代伯爵と魔法契約を交わしていたのか」
ハビエルは先代伯爵から闇の精霊について他言しないように契約をさせられていた。
しかし、今回感情に任せて言葉を紡いだ結果、契約内容に触れて制裁を受けたらしい。
「ううっ……陛下、ありがとうございます」
ハビエルは涙を流しながらシドリウスにお礼を言う。
シドリウスは顔色一つ変えずにハビエルの前の目に手のひらを差し出す。続いて、先ほどと同じ青い炎を出した。
「おまえに感謝される筋合いはない。何故なら、今から何度も青い炎でおまえの全身を焼き、死にかけては治療してやるんだから」
「ど、どうしてそんな惨い仕打ちを」
「これまでフィーを散々虐げてきたんだ。彼女が味わった苦しみ以上の苦痛を骨身に染みるまで刻んでやる。分かったな?」
ドスの利いた声で囁くと、ガクガク震えていたハビエルがとうとう気を失ってしまった。




