第31話 フィリーネの秘密(シドリウス視点)
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バルコニーから大広間に戻ったシドリウスは、人の間を縫うようにして飲み物を取りに行っていた。
大広間の中央では先ほどシドリウスが踊っていたように、うら若い男女が優雅なダンスを披露している。その様子をちらりと目にしたシドリウスは頬を緩ませた。
今夜の舞踏会はこれまで参加してきたものの中で一番楽しかった。
何故なら、自分も大切な相手と一緒に踊れたからである。
(番がいるだけで、煩わしかった舞踏会がこれほど素晴らしく感じるものなんだな)
シドリウスはえも言われぬ高揚感に包まれる。あれほど退屈でモノクロに見えていた世界が今では色鮮やかな世界へと変化していた。
嬉しいことはもう一つある。
それは、自分に自信がなかったフィリーネがダンスを通じて堂々とした振る舞いを見せてくれるようになったことだ。
本人は気づいていないようだが、フィリーネは自己評価が低かった。
これは育ってきた環境が原因だろう。明るく前向きな性格をしているのに、自分に対しては後ろ向きかつ否定的だった。
しかし、町の祭りで踊ってからは自己表現の楽しさに気づいたらしい。
上手く踊れたことで自信がつき、今夜の舞踏会でも堂々と踊れるようになっていた。
礼儀作法もしっかり身についているので、周りとも上手く馴染めている。
この短期間でフィリーネは、どこに出しても恥ずかしくない令嬢に成長した。
(じきにフィーの誕生日だ。成人して皆にお披露目するのが楽しみだ)
番が見つかったと公表したら、貴族たちは番がどんな人物なのか食いついてくるに決まっている。彼らに受け入れてもらえるよう、フィリーネの印象は良くしておく必要がある。
そこでシドリウスは家庭教師志望だったカロンをフィリーネに付けた。カロンの働きぶりは想像以上で、シドリウスの目論み通りとなった。
フィリーネの優雅な所作を目にしたら、誰も何も言えないだろう。
(まあ、貴族たちの反応を心配するより先に、俺がフィーに気持ちを伝えて確かめないといけないがな)
シドリウスは口をきゅっと引き結ぶ。
正直なところ、フィリーネに告白をして良い返事をもらえるか不安で堪らない。
竜人は人間のように『好き』を育む過程がない。番だと分かるとすぐに愛してしまう。
人間と竜人の違いに焦れったさを感じずにはいられないが、大事な過程なのでいい加減にするわけにはいかない。
嘆息を漏らしたシドリウスは、気を取り直して飲み物を取りに移動する。
すると、目の前にヒュドーが現れた。その手には手紙が握られている。
「先ほど、鳩の姿をした風の精霊から手紙が届きました」
ヒュドーから手紙を受け取って差出人を確認する。相手はギデリウスからだった。
「やっと返事が来たのか」
シドリウスはヒュドーと共に大広間から外の廊下へ移動する。
二つ折りの手紙を封筒から取り出して、内容に目を走らせた。
「先代は何と仰っているのですか?」
一通り読み終えたシドリウスは、ヒュドーの問いに端的に答える。
「……前にフィーから僅かに魔力を感じると言ったが、あれは精霊の祝福を受けているからのようだ」
シドリウスは精霊の祝福について、遠い記憶を辿る。
精霊という生き物は気まぐれで、たいていは祝福しない。しかし、ごく稀に魔力の波長が合えば、精霊から一方的に祝福を受けられるのだ。
フィリーネにはその素質があったのだろう。
「精霊の祝福って具体的にどんなものなんですか? 人間は精霊と契約する際、こちらから魔力を放出して精霊を呼び出し、気に入ってもらえたら契約を結びます」
「祝福を受けた者は一方的に守護され、ちょっとした魔法が授けられる。俺は、フィーが生まれても見つけられなかった。恐らくそれは、精霊が守護の魔法で彼女の存在を隠していたんだろう」
これはシドリウスの憶測だが、フィリーネは生まれてすぐに精霊から祝福を受けたのだろう。竜人は運命の番が生まれてから一年後にその存在を感じ取って見つけ出す。
空白の期間の間に祝福されたフィリーネは、精霊の守護の魔法によって守られた。その結果、シドリウスが存在を感知できなくなったのだ。
ヒュドーは口元に手を当て、考える素振りを見せる。
「なるほど。それはあながち間違いではない話ですね。じゃあフィリーネ様はどの精霊から祝福を受けたのですか?」
「フィーが屋敷に来てから、闇の精霊をよく目撃するようになった。フィーに祝福を与えたのはそれだと思う」
「えっ、闇の精霊って存在するんですか!?」
ヒュドーが知らないのも無理はない。
闇の精霊は光の精霊以上に特別な存在で滅多にお目にかかれない。そして闇の精霊が人間を祝福するというのは、シドリウスにとっても初めての事象だった。
「光が存在するなら、必ず闇も存在する。自然的なことだ。……まさか、アバロンド家はフィーが闇の精霊に祝福されたのを恥じて虐げていたのか?」
自分の考えが思わず口を衝いて出る。
それを聞いたヒュドーは辺りを確認してから声を潜めた。
「先代の手紙と併せてアバロンド家のことでもご報告があります。実は――」
ヒュドーが内容を詳らかに伝えると、シドリウスはたちまち不敵な笑みを浮かべた。
「その報告、随分と待ち侘びたぞ。それが事実なら俺はもう容赦しない。遠慮なくやらせてもらうぞ」
「遅くなり申し訳ありませんでした。どうぞ、存分に暴れ回って……と言いたいところですが、常識の範囲内でお願いしますね」
言い含めてくるヒュドーに対して、シドリウスがアイスブルーの瞳をギラつかせている。
すると突然、第三者の声がした。
「今夜の舞踏会は例年以上に素晴らしい。そうは思いませんかな?」
シドリウスとヒュドーが同時に視線を向けると、下卑た笑みを浮かべたハビエルが立っていた。
(おあつらえ向きなことに、まさか向こうからやって来るなんてな)
ハビエルは何かを企んでいるようで、媚びるように手を揉んでいた。
こんな男がフィリーネを虐げていたと想像しただけで反吐が出る。
「失礼、私はハビエル=アバロンドと申します。先ほどあなた様が踊っていた娘の父親ですよ」
「おまえが父親だということくらい知っている」
ハビエルはシドリウスの横柄な態度に不満を感じたようだ。
一瞬だけ顔を顰めるも、すぐに和やかな笑みを浮かべた。
「私もあなた様が誰なのか大凡の見当がついております。隣にいらっしゃるのはエリンジャー公爵令息のヒュドー=エリンジャー様ですよね? つまり、あなたはエリンジャー家の関係者でしょう?」
「……まあ、そんなところだ」
シドリウスは顎を引き、話を合わせた。
この手の相手は正直に正体を話せば面倒なことになる。まずは適当に話を合わせておいて、何を企んでいるのか探った方が良さそうだ。
目を三日月の形にするハビエルは「やはり」と独りごちる。
「実をいうとフィリーネは姉のミリーネと喧嘩していましてね。衝動的に家を飛び出したまま、帰ってこなかったんですよ。心配してうちの騎士団にも捜索させたのですが見つからず……途方に暮れておりました。まさかあなた様が保護してくださっていたとは。心から感謝申し上げます」
「普通は近隣の自警団などにも捜索願いを出すと思うが?」
「それも考えましたが大事にはしたくなかったのです」
ハビエルの猿芝居に虫唾が走る。
(世間体を気にして捜索願いを出さなかっただけだろう。心の内が透けて見える)
会話を重ねるにつれてシドリウスの目が鋭くなる。
側にいるヒュドーは柔和に微笑んで話を聞いているが、その目は死んでいた。これからハビエルがどうなるかを予期しているのだ。
だが、当の本人はまるで気づいていない。
ハビエルは大袈裟にため息をつくと、額に手を置いて嘆いた。




