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迷信の生贄花嫁、食べられると勘違いしたまま竜王陛下の溺愛が始まって戸惑ってます~食べるって物理的な意味ですよね?~  作者: 小蔦あおい
第4章

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第30話 成り代わり



「おまえにぴったりの服を持ってきてあげたんだから感謝しなさい。それで、おまえが着ているその素敵なドレスは今から私が着るの。宝飾品も忘れないで」

 これはカロンが自分のために一生懸命作ってくれたドレスだ。他の人に着られるのは憚られる。

 しかし、長年虐げられてきたフィリーネは反射的に従ってしまった。


 大人しくドレスを脱いでミリーネに渡す。そして自身はお仕着せに袖を通した。

「何をボサッとしているの? 着替えるのを手伝いなさい」

「はい、お姉様」


 ミリーネの着替えを手伝うフィリーネ。

 自分のために作られたドレスを他の人に着られるのは悲しかった。

 やりきれない思いが心を覆う。

 しかし、すぐにその感情は吹き飛んでしまった。


 何故なら、ミリーネがあまりにも美しかったからだ。

 自分ではこうも綺麗に着こなせまい。思わず見とれてしまう。

「腰回りと胸の部分がきついけど、まあ動けなくはないわね。上質な生地を使っているから着心地が良いわ」

 姿見の前でひらりと回転したミリーネは自身の姿を見て満足げだ。


「あとはこの髪をどうにかしないとね。髪飾りもつけるから寄越しなさい」

 そう言いながらミリーネは、クローゼットからあるものを取り出す。

 それは白銀色のかつらだった。ミリーネはかつらを被ると馴染むように整える。


「どうして私と同じ髪色のかつらを被るのですか? お姉様自慢の金髪を隠すなんて勿体ないです」

 それにミリーネは白銀色の髪を忌避していたではないか。

 わざわざ被る必要がどこにあるのだろうか。

 困惑していたら、ミリーネがにんまりと笑った。


「私はこれから忌み子になりすまして、おまえから恋人を奪うのよ!」

「はい? 恋人!?」


 恋人なんていないのに、ミリーネは誰のことを話しているのだろう。

 思い当たる相手がいなくてぽかんと口を開けていたら、痺れを切らしたミリーネが答えた。


「おまえの恋人――黒髪の美青年よ!」

 黒髪の美青年と言われてようやくそれがシドリウスなのだと合点がいく。

 しかし、フィリーネはすぐに狼狽えた。


「お、お待ちください。シドリウス様は恋人ではありません。それにお姉様にはアーネスト様がいらっしゃいます。バレたら婚約破棄になりますよ!」

「へえ、あの美青年はシドリウスって名前なの。竜王陛下と同じ名前ね。それはともかく、アーネスト様なら大丈夫よ。あの方は驚くほど寛大なの。……腹立たしいくらいにね」



 ミリーネは忌々しそうに呟くと、フィリーネの頭についていた髪飾りを強引に奪った。

 取られた際にフィリーネは髪が何本か抜けて痛かった。側頭部を手で押さえていたら、髪飾りをつけ終えたミリーネの笑い声が聞こえてくる。


「うふふ、どうかしら? まあまあおまえに似ているんじゃない?」

 フィリーネとミリーネは姉妹だけあってどことなく似ている。

 しかし、完璧に成りすますにはやはり無理があった。


 背丈はミリーネの方が高いし、顔立ちだって違う。

 フィリーネは正直に答えた。



「かつらを被っていてもすぐにバレると思います。お姉様の方が私よりもお綺麗ですし、背も高いです」

「明るい場所でなら一発でバレるわね。だけど、バルコニーのような暗がりなら分からない。身長だってヒールのない靴を履けば少しはその差も縮まるわ」


 今夜のフィリーネは三センチのヒールを履いていた。

 ミリーネがフラットな靴に履き替えれば、たちまち身長差から来る違和感はなかった。

「極めつけに冴えない顔をしたら……。ほら、おまえにそっくりでしょう?」


 ミリーネは姿見の前でしおらしい表情を浮かべてみせる。そうすると、一気にフィリーネの雰囲気に近づいた。

 これなら見間違える可能性もなきにしもあらずだ。

 命じられるがままミリーネに協力したが、フィリーネは改めて大切なことを思い出す。



「シドリウス様は私の恋人ではありません。こんなことをしても無駄骨を折るだけです」

「忌み子が言い訳をするなんて。そんなに私に取られるのが怖いの?」


 取られる、取られないの問題ではない。

 シドリウスは竜人だ。その相手は運命の番だけだ。

 フィリーネと恋人関係になるなんて天地がひっくり返ってもあり得ない。

 したがって、ミリーネがフィリーネに成りすましてどれだけ言い寄ったところで、シドリウスは奪えないのだ。



(そもそもシドリウス様は私のものではないので奪うという表現もおかしいですが。……って、あれ? そういえば、お姉様は私に代わってと仰いました? まさかお姉様は、私に代わってシドリウス様の生贄になりたいのでしょうか!?)

 ハッとしたフィリーネは、慌ててミリーネに詰め寄った。


「いけません、お姉様! 私に成り代わるなんてダメです。そんなことをなさってはお姉様の人生が終わってしまいます!」

「あははは。終わるのはおまえの人生でしょ。何を焦っているの」

「お姉様の身体は素晴らしい肉付きですし、お胸だってふかふかなのは認めます。私に勝ち目はありません。火を見るより明らかです」


 どちらの身体が美味しそうかと問われたら、当然それはミリーネだ。

「自分の立場をやっと理解したのね」

「ですがこの数ヶ月、私は一生懸命自分の身体を磨いてきました。お胸はふかふかにはなりませんでしたが、それなりの身体になったつもりです。今さらこの座をお姉様に明け渡せません!」


 食べられるのは自分だと必死に訴えていたら、それまで楽しげだったミリーネがすっと薄紅色の目を細めた。

「おまえ、余程あの人が好きなのね」

「へ?」



 フィリーネは固まった。

 ミリーネは一体何を言っているのだろう。


(好き? 私がシドリウス様を?)

 そんなはずはない。コロッと恋に落ちてしまいそうな瞬間は何度かあったけれど、好きになったことなんて一度も……。

 ない、と頭の中で呟こうとした瞬間、もう一人の自分に尋ねられた。



 ――本当に? シドリウス様を好きではありませんか?



 フィリーネの心臓が大きく跳ねる。

「えっと、私は……その……」


 シドリウスは出会った時から優しくて親切だった。

 体調を心配してくれたし、贈り物の花や指輪もくれた。

 生贄だからとぞんざいにはせず、一人の人間として扱ってくれた。

 いつもこちらを気遣ってくれて、フィリーネが好きなものをたくさん与えてくれた。


 頭の隅で警鐘が鳴り響く――が、遅かった。

(私はシドリウス様が…………好き、みたいです)


 自覚した瞬間、心臓の鼓動が急速に速くなる。全身に熱が駆け巡っていく。

 しかし、この想いがシドリウスに届くことは決してない。

(私はどこまでいってもただの生贄です。どれだけシドリウス様をお慕いしても、運命の番には敵いません)


 好きを自覚したと瞬間から失恋が確定している。これほど残酷な結末はないだろう。

 だが、フィリーネには生贄の花嫁という奥の手がある。

(私は番にはなれませんが、シドリウス様の栄養にはなれます)


 胸の上に手を置いたフィリーネは、失恋の痛みを感じながらも自分の役目を噛みしめる。

 シドリウスの生贄の花嫁は自分だけだと思うと幸せになれた。

 すると、ミリーネが舌打ちをする。


「何一人で感慨に耽っているのよ。私はおまえの絶望してどん底に落ちる顔が見たいの。脳天気な顔を見てるとむかつくわ。それから――」

 ミリーネは左手首を掴むとフィリーネの薬指からピンクスピネルの指輪を奪い取る。

 これは肌身離さずつけるようにシドリウスと約束した大事な指輪だ。


 他の宝飾品はミリーネに渡したけれど、これだけは渡すつもりはない。

「お姉様、返してください!」

「ちょっと、放しなさいよ!!」

 指輪を取り返そうと手を伸ばすが、ミリーネがそれを阻む。

 最終的にフィリーネはミリーネに突き飛ばされてしまった。



「きゃあっ!」

 その拍子に、ミリーネの研がれたばかりの鋭い爪がフィリーネの頬を引っ掻く。熱と痛みが走ったので指で触ってみたところ、血が出ていた。

「おまえが大人しく渡さないからそうなるのよ」

 ミリーネは床の上で尻もちをついているフィリーネを見下ろしながら言った。


「今から私がフィリーネよ。この指輪は使用人風情が持っていて良いものじゃないわ。宝の持ち腐れもいいところよ」

 ミリーネは自信の左手薬指にピンクスピネルの指輪をはめる。

 大粒のピンクスピネルを眺める瞳はうっとりとしていた。

 一頻り指輪を眺めたミリーネは、最後に床に座り込んでいるフィリーネを一瞥する。


「おまえに代わって私があの美青年の隣に立ってあげる。丁度ここからだとさっきのバルコニーが見えるわ。指を咥えて見てなさい」

 ミリーネはテーブルの上に置いていた刃物を懐にしまいながら話を続ける。

「舞踏会が終わったらアバロンドの屋敷に帰るわよ。おまえにはこれまでどおり、召し使いとして身を粉にして働いてもらうんだから」


 言い終えたミリーネは出口付近にかけられていた鍵を手にする。そして、廊下に出ると扉を閉めた。

 外からガチャリという音が聞こえてくる。どうやら外から施錠されてしまったらしい。

 急いで扉に近づいて、フィリーネはドアノブを回してみる。

 扉を開けようとしたがびくともしなかった。



「お姉様、ここを開けてください! お姉様!!」

 シドリウスを好きだという気持ちは誰にも負けない。

 食べられる役目も自分だけのものだ。他の人に譲る気はない。

 ミリーネにはただの気まぐれで生贄の花嫁になって欲しくなかった。


「誰か、誰かいらっしゃいませんか? 閉じ込められています。助けてください!!」

 フィリーネは何度も強く扉を叩く。しかし、助けを求める声は誰の耳にも届かなかった。



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