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迷信の生贄花嫁、食べられると勘違いしたまま竜王陛下の溺愛が始まって戸惑ってます~食べるって物理的な意味ですよね?~  作者: 小蔦あおい
第4章

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第29話 豪華絢爛な世界で



(私に熱い視線を送る令息がいるなんてあり得ません。これらの視線がカロンさんでないのなら……)

 残る人物はシドリウスただ一人しかいない。


 令嬢たちだけでなく、シドリウスは令息たちの視線までその美貌で虜にしていた。これなら辻褄が合う。

 仮説が確信に変わったフィリーネは、すぐにシドリウスにそれは誤解だと伝える。


「あの方たちは私ではなく、シドリウス様とお近づきになりたいんですよ」

「は? どうしてそうなるんだ!?」

「だって、シドリウス様を見てうっとりしている方が何人もいらっしゃいます!」

「やめてくれ。想像しただけでゾッとする」



 シドリウスが苦虫を噛み潰したような顔をしていると、奥の方から歓声が沸いた。

 大広間に繋がる螺旋階段からアーネストが降りてきたのだ。

 普段から気品溢れる立ち振る舞いをしているが、今日は一段と優雅な雰囲気を纏っている。彼の隣にはもちろん婚約者であるミリーネもいた。


 社交界のエトワールと称されるだけあって、今夜も一段と輝いている。

 周りの令息たちはミリーネの容姿に釘づけで、何人かの令息たちは頬を赤らめていた。それは令嬢も同じようで、彼女らはアーネストの美しさに黄色い声を上げている。


 二人が中央までやって来ると、控えていた楽団が音楽を奏で始めた。

 舞踏会は主催者とそのパートナーがファーストダンスを踊って始まるのだ。

 旋律に合わせて二人は息の合ったステップを踏む。アーネストがミリーネの腰に手を回せば、流れるようにくるりとターンをした。


 シャンデリアに照らされるミリーネは一番星の如く光り輝き、とても美しかった。

 ため息を吐く音が周りから聞こえてくる。


「お似合いのカップルだ」と何人もの人たちが口を揃えて呟くほどだ。

 ダンスが終わって二人が退場すると、他の男女が中央へ移動してダンスを踊り始める。



「フィー、俺たちも行こうか」

「はい」


 シドリウスのエスコートを受けて中央へ移動する。

 燦然と輝くシャンデリアの下で、フィリーネはシドリウスと踊った。


 ゆったりとした三拍子に合わせてステップを踏む。

 シドリウスに手を引かれたフィリーネはくるり、くるりと回った。

 その拍子にオーガンジーを幾重にも重ねたスカートがふわりと広がる。


(失敗するのが怖くて、以前はあんなに怯えていましたのに。もうちっとも怖くありません)

 音楽が鳴り止み、肩で息をするフィリーネは達成感から満面の笑みを零した。


 次の音楽が始まる前にフィリーネはシドリウスに連れられてバルコニーへと移動する。

 バルコニーには誰もおらず、大広間の熱気とは打って変わって涼しい風が吹いていた。


「シドリウス様、私のダンスはどうでしたか?」

「上出来だ。これなら本番でも緊張せずに踊れるな」

 褒めてくれるシドリウスに、フィリーネは面映ゆい表情を浮かべる。


「踊って喉が渇いただろう。飲み物を取ってくるから、ここで待っていてくれ。一休みしたら公爵を見舞い、屋敷に帰ろう。ヒュドーたちには先に帰ると事前に伝えてある」

「分かりました」


 こっくりと頷いたフィリーネは、シドリウスが再び大広間へ入っていくのを見送った。

 大広間の中央では男女がダンスを踊り、踊っていない者たちはグラスを傾けながら世間話に花を咲かせている。


「舞踏会の賑わいは町のお祭りとまた雰囲気が違いますね。素敵な体験ができました」

 改めて感慨に浸っていると、背後で慣れ親しんだ気配を感じた。

 後ろを振り返ると、黒色に発光する紫紺蝶が現れていた。


 手を前に出すと、紫紺蝶が人差し指に留まる。

 フィリーネは自分の気持ちを紫紺蝶へ吐露した。


「今夜は貴重な体験ができて、良い思い出になりました。もう思い残すこともありません。あとは成人して竜王陛下に挨拶をしたら、私はシドリウス様に召し上がっていただきます」



 マツの木と結婚させられ、テネブラエ湖に落ちて死の淵を彷徨った。

 あの時死んでいた身としては、こんな幸運な日々に恵まれるなんて思ってもいなかった。

 もう悔いはない。あとは一日一日を恙なく過ごして、来たる日に備えるだけだ。


「私の人生は悪くなかったですよ。あなたと最後まで契約を結べなかったのは申し訳ないですが、どうか健やかに過ごしてくださいね」

 フィリーネの指から紫紺蝶が離れる。紫紺蝶は二匹に分裂すると、夜空のある方へと飛んで行く。

 翅に力がないのは残念に思っているからだろうか。



 眉尻を下げてその姿を眺めていたら、急にひんやりとしたものが背中に当たった。

「ひゃっ!?」

 当たっているのは刃物のようなものだった。


 頭を動かして後ろを確認するも、相手が暗がりにいるせいで顔がはっきりと見えない。

(どうして私は脅されているのでしょう? そんなことをなさっても何のメリットはありませんのに)

 身体は震えているが、頭は至って冷静だった。

 相手が誰なのか知りたいフィリーネは恐る恐る話しかける。


「どちら様ですか?」

 すると、背後の人物がハッと鼻で笑った。


「どちら様ですって? ……私を忘れるなんて。忌み子ったら随分と薄情ね」

「お姉様!?」

 フィリーネはヒュッと息を呑む。


 これだけ規模が大きな舞踏会だから見つからないだろうと高を括っていたが、やはり考えが甘かったようだ。

 フィリーネは顔色をなくした。


「まさか、舞踏会に参加してくるなんて。夢にも思わなかったわ」

 夜陰に乗じて襲ってくるほど、ミリーネは舞踏会に参加したことを怒っている。

 フィリーネがミリーネを分析していると、無理矢理後ろ手に手を組まされた。


「場所を変えるからついてきて。万が一騒いだりしたら、この刃物でおまえの背中を傷つけるから」

「でもそれだと……」

「闇の精霊に仕返しされるって言うんでしょ? おまえが騒がなかったら良いだけの話よ。もしも私が酷い目に遭ったら……ただじゃおかないから」

 耳元でミリーネに凄まれたフィリーネは身が竦んだ。


「分かりました。お姉様に従います」

 肯ったフィリーネは背中に刃物を押し当てられたまま、バルコニーから離れた。




 光の精霊師として普段から出入りしているミリーネにとって、この古城は勝手知ったる場所のようだった。その足取りに迷いはない。

「ここに入って」


 連れて来られたのは三階にある、大広間から離れた場所の応接室だった。

 言われるがまま中に入ると、ミリーネは廊下に人気がないのを確認してから扉を閉める。

 手にしていた刃物は折りたたみ式だったようで、ミリーネはそれをたたむと側にあったテーブルの上に一旦置く。


「高尚な公爵家の舞踏会に、まさかおまえのような鼠が入り込んでくるなんてね。予想もしていなかったわ」

 腕を組んで淡々と話すミリーネ。

 フィリーネは弁解しようとこれまでの経緯を口にした。


「申し訳ございません、お姉様。マツの木さんと結婚はしましたが、木が折れて結婚どころではなくなってしまい……」

「は? おまえったら、まさか本気で私がマツの木と結婚しろなんて言ったと思っているの? 相変わらず救いようのないほど愚かね。そんなのただの冗談に決まってるでしょ」


 ミリーネは確かにマツの木と一生を添い遂げろと言っていた。持ち場を離れるなとも。

 ただの冗談だと今さら言われても、それで屋敷に帰ったらどうなっていたか簡単に想像がつく。


「冗談だと仰いますが、あの時のお姉様は頭に血が上っていらっしゃったので、本気だったとお見受けします。二度と屋敷に戻ってくるなと仰ったのはお姉様です」

 事実を述べると図星を突かれたミリーネがぐぅっと唸った。


「へ、減らず口を叩いていられるのも今のうちよ。とにかく、今すぐドレスを脱いでこれに着替えなさい」

 ミリーネがクローゼットから服を放り投げてくる。

 両手で受け止めたフィリーネが確認すると、それは使用人が着るお仕着せだった。



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