第28話 古城の舞踏会2
(胸だけはどう頑張っても大きくなりませんでしたね)
むむむっと自身の胸を睨んでいたら、扉を叩く音が聞こえてくる。
「フィー、準備はできたか?」
入り口では壁に寄りかかって扉を叩くシドリウスの姿があった。
紺色のシルクでできた燕尾服に身を包んでいる。カロンがシドリウスの衣装も手がけたのか、ウエストコートにはフィリーネと同じ図案が金糸と銀糸であしらわれていた。
普段のラフな格好でもきらきらしい美しさを放っているというのに、正装姿ではそれがさらに増している。
シドリウスを見慣れたはずのフィリーネですら、あまりの眩しさにくらりとするほどだ。
会場で耐性のない令嬢や婦人たちがその美貌で卒倒するのは必至だと確信する。
フィリーネが見とれていると、シドリウスが甘やかな瞳を向けてきた。
「……可愛いな。すごく、可愛いな」
「シドリウス様、同じ感想ばかり口にしているのでございますよ。もっと語彙力を増やしてくださいまし」
澄まし顔のカロンが苦言を呈すると、シドリウスは小さく咳払いをした。
「空から舞い降りた妖精のように可憐だ。可能なら今すぐにでも食べた……いや、違う。これは言葉の綾だ。撤回する。だからそう息巻いてドレスを脱ごうとするな!!」
「成人まで手は出さないのは頭では分かっているのですが、つい癖で」
「どんな癖だ。無意識に煽るな! ……って、思わせぶりな発言をした俺が悪いんだ」
シドリウスは額に手を当てて、くしゃりと髪を掴む。
やがて、真面目な顔になると、フィリーネに言った。
「とにかく、今日のフィーはいつも以上に可愛くて綺麗だ。この姿を他の誰にも見せたくないし、腕の中に閉じ込めておきたいくらい俺の心は独占欲でいっぱいになっている」
真摯な眼差しと甘い言葉が紡がれる。
フィリーネの心臓がきゅうきゅうと締め上げられるのは至極自然なことだった。
(うっ。いけません、いけません。こんな風に言われてはコロッと恋に落ちてしまいますが、私はあくまでもシドリウス様の生贄です!!)
フィリーネは胸の上に手を置いて、必死にわき起こった感情に蓋をする。
(シドリウス様は純粋に私という生贄を他の誰かに横取りされないか心配しているだけです。恋愛的な意味はまったくないはずなので、勘違いしてはいけません。迷惑をかけてしまいます)
自分の立場を忘れるなと心の中で忠告する。
シドリウスは心配しているようだが、人間の男性はフィリーネを食べない。
横取りされる可能性があるとすれば、竜王陛下のシドリウスくらいだ。
「準備はできましたか? そろそろ出発しないと遅れちゃいますよ」
廊下からひょっこり顔を出したのはヒュドーだった。彼もまた、灰色の燕尾服に身を包んでいて日頃よりも洗練されている。
シドリウスはヒュドーを一瞥して答える。
「ああ、馬車を回しておいてくれ。すぐに向かう」
「承知しました。それじゃあ僕とカロンは先に玄関へ向かいます」
カロンとヒュドーは一礼すると部屋から出ていく。
シドリウスは二人を見送った後、フィリーネに視線を戻した。
「ところでフィー、俺が贈った指輪はちゃんとはめているな?」
「はい。もちろんです」
フィリーネはシドリウスに見える高さまで左手を持っていく。
薬指にはピンクスピネルの指輪がはまっていた。
それを見て、満足げにシドリウスが頷く。
「偉いぞ。その指輪は虫除けだから家に帰ってくるまで肌身離さず身につけておくんだ」
「わあ、この宝石にはそんな効果があるんですね!」
夏真っ盛りとあって、今は虫が湧きやすい季節だ。
ピンクスピネルに虫除けの効果があるとは知らなかった。
虫刺されに遭わなくて済むのなら肌身離さず身につけておこう。
フィリーネは薬指にはまっている指輪を眺めながら、言いつけを守ろうと誓った。
ランドレイス家の古城には、大勢の貴族が詰めかけていた。
舞踏会の会場となっている大広間には、様々な年代の紳士淑女がグラスを傾けながら歓談している。
白と金を基調に構成されている古城だが、大広間は赤色の壁で覆われていた。光に当たると植物の柄が浮かび上がる瀟洒な造りになっていた。
さらに天井や壁の至るところには金箔の彫刻が装飾されていて、天井からつり下がるクリスタルのシャンデリアが豪華絢爛さを際立たせている。
大広間に足を踏み入れたフィリーネは眩しすぎる世界に圧倒されていた。
口を半開きにして立ち尽くしていたら、カロンが声をかけてくれる。
「お嫁様、どうされましたか?」
カロンはヒュドーのエスコートを受けて会場入りしていた。今は挨拶回りでいなくなったヒュドーと別れ、フィリーネとシドリウスに付き添っている。
「初めての舞踏会があまりにも立派な会場だったので見入ってしまいました」
フィリーネがそのままの感想を伝えると、カロンが首を傾げる。
「今夜の会場はランドレイス家の中でも地味な方でございますよ」
「え……」
さらりと告げられてフィリーネは目を丸くした。
これを地味だというのなら、他は壁や天井にびっしりと宝石が埋まっているのではないだろうか。
「数代前のランドレイス公爵は芸術をこよなく愛する人だった。だから、他の屋敷には素晴らしい絵画や陶器、家具が展示されている。だが、ここにはその類いが一切ない。カロンが地味というのはそういう意味だ」
「な、なるほどです」
シドリウスから補足を受けてフィリーネは納得した。
この会場にはその芸術作品がほとんど展示されていない。内装は豪華だが、それを除けばシンプル。だからカロンは地味だと表現したのだ。
(ですが、ここに立派な芸術品のような方が……)
フィリーネは隣に立っている芸術品の如く典麗なシドリウスを見つめる。
きらきらしい美しさを纏うシドリウスがこの空間にいると、それだけで華があった。
(流石は絶世の美を誇るシドリウス様です。シドリウス様の顔を見てうっとりとしたご令嬢たちから、熱い視線を感じます)
しかし、彼女たちが熱い視線を送るだけで一向に話しかけて来ないのは、隣にカロンがいるからだろう。
エリンジャー家のカロンが隣にいるとあって、彼女たちはシドリウスとお近づきになりたくともできないらしい。ある意味、カロンが強固な壁となっているようだ。
そして、今は別の問題によって注目を集めていた。それはカロンと親交を深めたい令息たちが先ほどから入れ替わり立ち替わりやって来て、挨拶をするのだ。
カロンは柔和な微笑みを浮かべつつも、言い寄ってくる令息たちを返り討ちにしていた。
隣にいるシドリウスは面白くないのか舌打ちをする。
「さっきから男どもの視線が鬱陶しいな。フィーが可愛いからといって、あんなにジロジロと見てくるのは不快で堪らない」
フィリーネは首を傾げる。
「私ではなくカロンさんでは?」
実をいうと、フィリーネは女性陣だけでなく男性陣からも熱い視線が集まっているのを知っていた。これらの視線は全てカロンに対するものだと思っていた。
シドリウスは首を横に振る。
「カロンはエリンジャー公爵家の人間だ。日頃から男たちをいなす方法を心得ているし、相手も格上だと分かっているから、余程の愚か者でない限りは捨て身の行動は取らない。奴らがカロンに話しかける目的は一つ。フィーを紹介してもらいたいからだ」
「私を?」
思わずフィリーネは胡乱な顔をした。
アバロンド家の人間といってもフィリーネは忌み子である。ミリーネのように光の精霊師でもなければ、社交界の花でもない。取るに足らない存在だ。
それなのに、どうして自分に注目が集まっているのか不思議で堪らなかった。




