第27話 古城の舞踏会
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からりとしたそよ風が、瑞々しい緑を揺らす正午。
フィリーネがいつものように昼食に舌鼓を打っていたら、一足先に食事を終えたシドリウスが話を切り出す。
「この週末にランドレイス家の古城で舞踏会が開催される。公爵の見舞いも兼ねてお忍びで参加しようと思っている」
ランドレイス家は毎年この時期になると竜王陛下の就任を祝う舞踏会を開催する。その日は何万発もの花火が上がり、夜だというのに昼間のような明るさになるのだ。
一度も舞踏会に参加したことのないフィリーネだが、その日はアバロンド家の屋敷から見える花火を楽しんでいた。
(今年も開催されるのですね。てっきり中止になると思っていました)
ランドレイス公爵は原因不明の病に倒れている。そのせいでアーネストが公爵代理を務めることになり、ミリーネと過ごす時間を取れなくなった。
イライラを募らせるミリーネから何度も理不尽な目に遭わされたのは記憶に新しい。
舞踏会の準備もあるとなると、アーネストと過ごせる時間はもっと減っているはず。より一層、ミリーネの鬱憤は溜まっていそうだ。
(どうか、使用人の皆さんに被害が出ていませんように)
自分がいなくなったことで使用人の誰かが鬱憤の捌け口にされていないか心配になる。
フィリーネが心の中でアバロンド家の平和を祈っていると、シドリウスが食後のお茶を飲みながらある提案をしてきた。
「もし嫌でなければ、フィーも一緒に舞踏会へ行かないか?」
「わ、私は招待状をもらっていません」
なんとも畏れ多い提案にフィリーネは上擦った声で返してしまった。
「俺も招待状は持っていない。だが、ヒュドーとカロンの二人の友人としてなら招待状がなくとも参加できる。成人してから空都でぶっつけ本番で踊るより、場数を踏んで置いた方が良いと思う。舞踏会の雰囲気も把握できるしな」
「その提案は非常にありがたいのですが……」
フィリーネは言葉を濁すと俯いた。
期待と同時に一抹の不安を覚えるのは、その舞踏会にミリーネとハビエルが参加するからだ。
オルクール王国の貴族には参加すべき舞踏会が二つある。
一つは空都で開かれるエリンジャー家主催の舞踏会で、王国の舞踏会の中で最も参加人数が多いとされている。
そしてもう一つが、ランドレイス家主催の舞踏会だ。こちらはエリンジャー家ほどではないが、地上で開かれる舞踏会の中では最大と言われている。
特に、国内で活躍する精霊師の一族や新規事業で成功を収めた郷紳など、この国を支える有力者たちが一堂に会するため、人脈を広げるには打ってつけの場だ。
この機会に目的の相手と親交を深めたいと目論んでいる者も少なくない。
(私の記憶が正しければ、去年はそこでお父様が羽振りの良いプセマ準男爵とお知り合いになりました)
ビジネスにはあまり詳しくないが、屋敷を出入りするようになった準男爵の顔つきが良くなかったのは覚えている。
人を見た目で判断してはいけないが、どことなく胡散臭かった。とはいえ、忌み子であるフィリーネが意見できる立場ではないため、ただただ黙っておくしかなかったが。
(今年もお父様とお姉様は必ず舞踏会に参加されます。特にお姉様はランドレイス様の婚約者ですから出席しないわけにいきません。もし、私が参加しているのがバレてしまったら、なんと言われるでしょうか)
大好きなアーネストの舞踏会を穢すなんて、と叱責されるかもしれない。それだけならまだ良いが、また突拍子もない罰を言い渡されたらどうしよう。
想像を巡らせて顔を青くしていたら、シドリウスが優しく声をかけてくれる。
「今回は例年よりも参加人数が多いと聞いている。それに、大半が人脈を広げるために来ているだけだ。世間話に花を咲かせているからダンスで失敗しても咎める人間はいない」
ハッとしたフィリーネは顔を上げる。
大勢の参加者がいる中で、ミリーネたちと出くわす可能性はまずないだろう。
また、この数ヶ月でフィリーネの容姿は見違えていた。
まず、シドリウスに視力を治してもらったので眼鏡はかけていない。
痩せっぽちだった身体は肉付きが良くなったし、パサパサだった髪もカロンが手入れをしてくれたおかげで艶が出て綺麗になった。
肌もヒュドーからもらったラベンダーの香油を塗って以降、しっとりとしている。当日は化粧もするだろう。
何よりも、そんな有力者たちが集まる場にフィリーネが参加しているだなんて二人は夢にも思わないはずだ。
そう思うと、不安がただの杞憂であるように思えてくる。
(竜王陛下に挨拶しに行く日はきっと緊張して楽しむ余裕はないでしょうし、一度くらい心から舞踏会を楽しんでもいいですよね)
フィリーネがシドリウスに食べられて人生が終わるのは決定事項だ。
楽しい思い出の一つや二つを作ったところで罰は当たらない。
フィリーネは膝の上にのせていた拳をぎゅっと握り締める。
「そうですね。是非参加させてください」
フィリーネの返事を聞いて、シドリウスは破顔した。
「なら、ヒュドーに参加する旨を伝えておこう」
「ありがとうございます。ふふ、週末が待ち遠しいですね」
舞踏会に想いを馳せてにこにこしていたら、シドリウスが憐憫の表情で尋ねてくる。
「そんなに参加したかったのか? フィーにとって舞踏会は夢だったのか?」
尋ねられたフィリーネはきょとんとした表情を浮かべた。
舞踏会への参加は特に夢見ていたわけではない。どうしてこれほどわくわくしているかというと、先日のお祭りでシドリウスと踊ったのがとても楽しかったからである。
またあの時と同じ体験ができたらと、密かに願っていたのだ。
フィリーネは素直に心情を述べた。
「夢というより、シドリウス様と一緒に踊れるのが嬉しいんです。だから週末がとっても待ち遠しいんですよ」
すると、シドリウスの尖った耳の先がみるみるうちに赤くなっていく。
シドリウスは困った様にため息を吐いた。
「フィーは不意打ちで爆弾発言をしてくるな」
「爆弾発言? 何か気に障ることを言ってしまったのなら申し訳ないです」
「これは俺側の問題だから謝らなくていい。冷めないうちに食べてしまいなさい」
シドリウスが皿に残っている昼食を食べるよう手で示してくるので、フィリーネは元気よく返事をしてから平らげた。
そうしてやって来た舞踏会当日。
フィリーネの部屋では、ドレス姿のカロンが感嘆の声を上げていた。
「ああ、本日のお嫁様は大変美しゅうございます。注目を浴びること間違いなしなのでございますよ!!」
「そんなことないです。カロンさんの方がとっても綺麗で素敵です」
「いいえ、わたくしなどより何千倍もお綺麗なのですよ。きっと周りの男性陣から熱い眼差しを向けられること間違いなしでございます!」
フィリーネはカロンの手によって美しい淑女に変貌を遂げていた。
顔には軽く化粧が施され、自然な仕上がりになっている。首や耳、手首にはこの間宝飾店で買った真珠の三連ネックレス、ダイヤモンドのイヤリング、ブレスレットがついていた。絹糸のような白銀の髪は編み込んで結い上げられ、サイドには真珠とダイヤモンドで作られた蝶の髪飾りが輝いている。
カロンが寝る間も惜しんで作り上げた紺色のドレスは、オーガンジーをふんだんにあしらった清楚なデザインで、スカートの裾に金糸と銀糸で花模様が縫われているので豪華だ。
花芯には水色の宝石が縫いつけられており、きらりきらりと光っている。
フィリーネは姿見に映る見慣れない自分の姿をまじまじと眺めていた。
これまでで一番化けたような気がする。
シドリウスの屋敷に来てから痩せっぽちだった身体はたくさん美味しいご飯を食べたことでふっくらとしてきたので、丁度良い体型になっていた。
――そう、胸を除いては。




