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迷信の生贄花嫁、食べられると勘違いしたまま竜王陛下の溺愛が始まって戸惑ってます~食べるって物理的な意味ですよね?~  作者: 小蔦あおい
第3章

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第22話 意趣返し



「こんな風に食べさせてもらえたら、俺的には十分疲れが取れるんだがな」

「へ? えっと……」


 向かいの席にはヒュドーも座っているのに。

 フィリーネは顔を赤くした。恥ずかしくて涙目になっているのに、シドリウスは食べろと催促してくる。


 渋々口を開くと、スノーボールクッキーが舌の上にのった。その瞬間、舌の温度で表面にまぶされていた砂糖が溶け、クッキー生地がほろほろと崩れていく。

 美味しいはずなのに、シドリウスに眺められているせいで顔だけでなく身体までもが熱くなる。



「あー、なんだか凄く暑いなー。照りつける太陽の日差しがきついせいかなー」

 棒読みな気もするが、ヒュドーは空を仰いで額に手を当てる。

「……というわけでシドリウス様、僕は退席させていただきますね」

「ああ、そうしてくれ」


 シドリウスが返事をすると、ヒュドーは踵を返していった。

 姿が見えなくなったのを確認したシドリウスは、こちらに満面の笑みを零す。


「これで邪魔者はいなくなったな。さあ、もう一枚食べるといい」

「い、いえいえ。今度はシドリウス様が召し上がってください! 私は既にたくさんいただきましたし……私に食べさせて欲しいんですよね!?」


 これ以上、シドリウスに食べさせて貰うのは心臓に悪い。

 慌ててスノーボールクッキーを一枚取ると、シドリウスの口もとに運ぶ。


「はい、あーんしてください?」

 小首を傾げながらフィリーネがお願いすると、シドリウスの耳の先がたちまち赤くなった。続いて口元を手で覆い、身悶えする。


「……今のは反則だろ。どれだけ俺を翻弄する気だ」

「それはどういう意味でしょうか?」

 こちらとしては誘惑したつもりはないので、頭の上に疑問符を浮かべるしかない。


 フィリーネがきょとんとしている間に、シドリウスが手首を掴んでくる。

 手首を引き寄せたシドリウスはスノーボールクッキーをぱくりと食べた。

 それもフィリーネの指と一緒に。

 不意打ちを食らったフィリーネは呆気に取られる。


「……い、いい今のは、心臓に悪いです!」

「当然。俺を翻弄した仕返しに決まってるだろ?」

 顔を真っ赤にして抗議するフィリーネに対して、シドリウスはフッと笑った。



 クッキーを食べたあとも、二人で他愛もない話を続ける。

 シドリウスはフィリーネのどんな話にも傾聴してくれる。アイスブルーの優しい眼差しは慈愛に満ちていて、何でも受け入れてくれている気がした。


「なあ、フィー」

「はい。なんでしょうか?」

「カロンから聞いていると思うが、成人したら空都の舞踏会に出てもらう」

 フィリーネは色を正した。件の話はシドリウスからもされるだろうと思っていたからだ。


「はい、伺っています。ですが、私がシドリウス様と一緒に踊るなんて恐縮してしまいます」

「俺もあまり公に顔を出すのは好きではない。だから軽く挨拶をして、一曲踊ってから帰るつもりだ」

 空都の舞踏会は貴族たちにとって名誉ある宴で、招待された貴族のほとんどが一堂に会するという。


 それに伴い、カロンからこの国の貴族について詳しく教えてもらった。

 フィリーネはそこで始めて実家のアバロンド家がこの国唯一の光の精霊師一族で、有力貴族の一つだと知った。


(お父様もお姉様も参加されるでしょうね。特にお姉様は『社交界のエトワール』という異名がついているくらいですから)


 フィリーネは一抹の不安を覚える。

 もしも空都の舞踏会でミリーネと鉢合わせしたら、どうすればいいだろう。


(お姉様は私がマツの木に嫁いだと思っているはずです。シドリウス様の隣にいると知ったらお怒りになるでしょうか?)


 いろいろと想像を巡らせてみるが、罵詈雑言を浴びせられる未来しか見えない。

 とはいえ、フィリーネの生贄の花嫁という身分は変わらない。相手がマツの木からシドリウスに変わっただけなのだから。


 とどのつまり、現在進行形で務めを果たしていることになるので、疑われたらシドリウスが新たな結婚相手だと答えるしかないだろう。


(ですが、それは最悪の場合の話です。舞踏会は大勢の貴族が参加するようですし、シドリウス様は人前に出るのは苦手と仰っていました。長居しなければお姉様と会う可能性は低いかもしれません)

 思案していたら、シドリウスの大きな手がフィリーネの頭を撫でてくれた。

 どうやらこちらが不安を覚えていることに気づいたのだろう。


「案ずるな。誰もフィーに手出しできないし、指一本触れさせない」

 そうは言われても、この国の君主である竜王陛下のシドリウスなら、フィリーネを八つ裂きにするくらい造作もないだろう。


(今の私ではまともに踊れません。もし竜王陛下の逆鱗に触れてしまったら……冷酷無比と称されるだけあってその場で虫をひねり潰すように殺されるのではないでしょうか)


 たちまち、背筋に寒気が走る。

 ミリーネたちのことに加えてダンスもあるとなれば、問題は山積みだ。

 無事に終えられるか、今から気が気でない。



 すると、見かねたシドリウスがある提案をしてくれた。

「カロンがドレスを作ってくれているが、それ以外にも靴や小物が必要だ。気晴らしも兼ねて町に買い出しに行かないか?」

「町にですか?」


 フィリーネは目を二、三瞬きをする。

「町、というのは村よりも大きな規模で形成されている、あの町ですか?」

「それ以外に何の町があるのか分からないが、いろんな店が軒を連ねていて、買い物ができる町だ」

 フィリーネはパッと顔を輝かせる。

「わあ! 一度も行ったことがないので是非行きたいです!」


 町という響きに自然と心が弾む。

 使用人たちが休日に町へ繰り出しては自分へのご褒美だと言って、お菓子や嗜好品を買って帰ってくるのを目にしていた。

 同じように、遂に自分も買い物に出かけられる。フィリーネは歓喜した。


「五分で支度を済ませるのでお待ちください。戻ってきた時に気が変わったなんて仰らないでくださいね!」

「言わないから、気が済むまで支度をしてくるといい」


 フィリーネは椅子から立ち上がると、小走りでテラス席を後にする。

「……まさか一度も買い物をしたことがないだなんて」

 眉尻を下げて呟くシドリウスに、興奮しているフィリーネはまったく気づかなかった。




 シドリウスの屋敷から一番近い町は、馬車を走らせて三十分ほどの場所に位置している。

 この町は商業都市として栄えているらしく、様々な店が軒を連ねていて活気があった。

 特に繁華街は大勢の人が行き交い、賑わいを見せている。

 子供から大人まで様々な人が目的の店に向かって歩いていた。


「わあっ!」

 フィリーネは弾んだ声を上げ、辺りを見回していた。

 今歩いているのはメインストリートで、カフェや雑貨屋といった普段から住民が気軽に使う店が多く建ち並んでいる。


「そんなに物珍しいか?」

「はい、とっても。聞いていたとおり、町にはいろんなお店があるんですね!」



 因みに、先ほどから周りの視線がこちらに集中しているのは、フィリーネの気のせいではないだろう。

(無理もありません。私の隣にいらっしゃるのは破壊的な美貌を誇るお方ですから。ああ、遠くにいらっしゃる夫人がシドリウス様を見て気絶されました! あっ、あちらにいらっしゃるご令嬢まで)


 フィリーネは隣を歩くシドリウスを一瞥する。

 凜とした横顔は完璧なまでに美しく、気を抜くと胸が高鳴ってしまう。


(いけません、いけません。危うく私もシドリウス様の美貌に呑まれるところでした)

 何度も頭を振っていたら、フィリーネの心情を知らないシドリウスが声をかけてくる。



「まずは小物から揃えるとしよう」

 いつもの調子で接してくるシドリウスにまず連れてこられたのは靴屋だった。

 その次は装身具を取り扱うお店で、レースのハンカチや白の手袋など次々と買ってくれた。



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