第21話 夏の庭で
「是非、お嫁様に似合う衣装を準備させてくださいまし! 渾身の一着をご用意するのでございますよ!!」
服作りが趣味だというカロンにとって、今回は新しいドレスを作る絶好の機会のようだ。
カロンは恍惚な表情を浮かべると、ため息を吐いてから空を仰ぐ。
「はあ、生地は何色にいたしましょうか。お嫁様の可愛いらしさを引き立てるためにはやはり寒色系が素敵にございましょう。舞踏会となればシャンデリアの下で煌めく金糸か銀糸が幻想的でございます。髪色に合わせるなら銀糸を差し色にするのが良さそうです。宝石を散りばめるのはマスト。あと、お互いの瞳の色に合わせて宝石を入れるなんていうのも粋でございますね。お嫁様はどう思われますか!?」
カロンの頭の中はアイディアで溢れかえっているのだろう。早口で捲し立ててくる。
フィリーネはカロンの高速な喋りに呆然と立ち尽くすしかなかった。
どう思うか尋ねられても自分に何が似合うかや、ファッションの流行はさっぱり分からない。これは下手に意見するよりもカロンに任せておいた方が良いドレスができそうな気がする。
「ここはカロンさんのセンスにお任せします」
「ええ、ええ。もちろんでございます。お嫁様の可愛らしさを引き立てる最っ高のドレスをご用意いたしますので待っていてください!」
カロンはよほど嬉しいのか壊れたブリキのおもちゃの如く、何度も激しく頷いた。やがて、我に返ると小さく咳払いをしてフィリーネに謝罪する。
「申し訳ございません、少々取り乱してしまいました」
「大丈夫です。気にしてま……」
「では、本日の授業はこれで終わりにさせていただくのでございます。それでは失礼いたします!!」
カロンはフィリーネの言葉に被せるように発言した。そして、居てもたってもいられないといった様子で足早にテラス席を後にしてしまった。
残されたフィリーネは呆気に取られる。
「カロンさんは本当に服作りがお好きなのですね」
きっと素晴らしいドレスが完成するだろう。
そんな予感めいたものを感じながら、フィリーネは残りのクッキーを頬張る。
「――空都の舞踏会ですか」
雲一つない空を仰げば、立派なお城がある空中都市が浮かんでいる。そういえば、数ヶ月前に招集がかかったといってシドリウスとヒュドーが空都の城に登城していた。
現竜王陛下のシドリウスは運命の番を見つけるために百年前から玉座を離れている。
その間、竜王陛下に代わって政治を主体で動かしているのがミリーネの婚約者・アーネストの生家、ランドレイス家だ。
ふと、フィリーネは昔ミリーネから聞いた話を思い出す。
『一度玉座を離れた竜王陛下が空都に戻られるのは、運命の番を見つけた時だけ。そして、陛下のご帰還を祝うために空都では貴族たちが集まって、盛大な舞踏会を開くのよ』
空都で舞踏会が開かれるのなら、竜王陛下に運命の番が見つかったのかもしれない。
竜王陛下の運命の番はどんな人なのだろう。
いくら冷酷無比で有名な竜王陛下でも番の前では角が取れるのだろうか。
もし自分がシドリウスの運命の番だったらと想像してみる。
シドリウスは真面目でとても優しくて、いつもフィリーネを大切に扱ってくれる。
フィリーネは頭や頬を撫でてくれる、あの大きな手が好きだ。
何よりも、寝ている時の無防備なシドリウスの姿を独り占めできるのが嬉しくて仕方なかった。こんなシドリウスを知っているのは自分だけ。
そんなちょっとした独占欲のようなものがフィリーネの胸の中にふわりと生まれる。
同時に、寝顔を思い出して心臓がドキリと跳ねた。
前から思っていたが、あの美貌は目の毒だ。自分が生贄であると理解しているのにうっかりドキドキしてしまうから。
落ち着くよう胸を押さえていると、ヒュドーがテラス席にやって来る。
「いやはや、カロンが暴走しているみたいでごめんね」
どうやらヒュドーは興奮したカロンと廊下をすれ違ったらしく、半ば呆れている。
「あ、ヒュドーさん」
ヒュドーはため息を吐きながらカロンが座っていた椅子に腰を下ろし、スノーボールクッキーを食べ始める。使っていないグラスを持ってフィリーネがコーディアルを勧めてみるが、いらないと断られた。
「カロンは大人しくしていれば完璧なんだけどね。大人しくしていれば。ああなると、姉は誰にも止められないから」
「いえいえ、大丈夫です。…………え、お姉様ですか?」
フィリーネはここで初めて、ヒュドーとカロンが姉弟であると知った。
(まさか、二人が姉弟だったなんて。しかもエリンジャー公爵家の人だったなんて!)
今更の新事実にフィリーネは驚きを隠せない。
カロンが侍女なのに気品が滲み出ていたのは、公爵令嬢だったからのようだ。
「お二人の顔立ちも雰囲気も違っているので、まったく気づきませんでした」
「無理もない。カロンが父親似でヒュドーは母親似だからな。ほとんどの人間は二人が姉弟だと気づかないだろう。特に、カロンの服作りへの並々ならぬ情熱を見た者はな」
「シドリウス様!」
フィリーネが素直に心の内を吐露すると、微苦笑を浮かべたシドリウスがやって来る。
今朝も起き抜けに思ったことだが、シドリウスの肌はますます艶めいている。
(ベッドで添い寝するようになってから、すっかり夢塞病を見なくなったみたいなので良かったです)
シドリウスの様子を見て、フィリーネは安堵した。
実を言うと、シドリウスが夢塞病に罹っているのをフィリーネは知っていた。
というのも、紫紺蝶がシドリウスの病について教えてくれたからだ。
かくして、フィリーネは夢塞病の詳しい症状に加えて特効薬がないことを知った。
それでも治る方法はないのか紫紺蝶に尋ねたところ、使用人たちのように祈るだけではダメなので毎日一緒に眠るようにと言われた。
ついでにヒュドーからもらったラベンダーの香油は欠かさずつけるようにとアドバイスされたのでしっかり守っている。
毎日ラベンダーの香油を塗ってからシドリウスの元に通って添い寝をした結果、シドリウスは夢塞病を見なくて済むようになり、体調も明らかに改善していった。
肌つやが良くなっているのも睡眠改善の賜物だ。
(私が成人する前に永眠されたら大変です。あと、シドリウス様には最高のコンディションで召し上がっていただかないと。生贄の花嫁を食べる機会は早々ないと思いますので、寝不足で美味しく感じられなかったら最悪ですから)
眠りが永眠ではなく安眠になるよう、フィリーネは引き続きシドリウスの役に立つため、彼のもとへ通おうと誓った。
「クッキーは美味しいか?」
いつの間にかシドリウスがフィリーネの隣に腰を下ろす。たいてい彼がフィリーネのもとにやって来るのは仕事に区切りがついた時だ。
フィリーネは「はい」と返事をしてから、シドリウスにクッキーを勧めた。
「こちらを召し上がってください。甘い物を食べて疲れを取りましょう」
使われていない取り皿に二種類のクッキーを数枚のせ、シドリウスの目の前に置く。
すると、シドリウスは不満そうに口を尖らせた。
「甘いものを食べるよりも俺はフィーに疲れを取ってもらいたい。……いや、味見の意味じゃないぞ。頼むから期待の眼差しで圧をかけてくるな!」
言葉の綾だと言われ、目を輝かせていたフィリーネは肩を落とす。
「ごめんなさい。私ったらてっきり、その気になられたのかと」
シドリウスは小さく息を吐くと前髪を掻き上げる。
「そうがっかりしないでくれ。俺が悪いことをしたみたいじゃないか」
「その言い方ですと心境に変化があったのではと思って、期待してしまったんです」
シドリウスからは成人するまで食べないと散々言われている。
頭の中では分かっていても、期待で胸がいっぱいになって先走ってしまうのだ。
しょんぼりしていたら、シドリウスが取り皿のスノーボールクッキーを手に取り、フィリーネの口もとへ運んでくる。




