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第20話:首都の怒り、ムアンバの決断

 ムサ村からの帰還後、私はろくに休む間もなく、最高評議会の緊急招集をかけた。輸送機から降りた瞬間から、私は敗北者だった。同行させた特殊部隊員たちの報告は散々だ。彼らは「何かに嘲笑われているようだった」「我々の常識を超える力だ」と口々に言い、精神的に疲弊しきっていた。


 会議室に入ると、そこはすでに冷ややかな怒りに満ちていた。中心には、血色の良い顔で私を射抜くような視線を送るムアンバ国防大臣がいる。彼はすでに、私が持ち帰った情報、つまり「連邦の謀略が完全に失敗した」という報告を受けている。


 私は、一切の感情を排し、報告を始めた。


「真波悠人氏の技術は、連邦政府の技術的、軍事的な前提を根本から覆しています。通常の外交手段は無力であり、夜間に行った情報工作も完全に看破されました。我々の持つ熱感知や電波探知といった現代の機材は、彼らのマナを応用した情報撹乱と心理的トラップの前では、全く通用しませんでした」


 ムアンバ大臣は、椅子の上で不快そうに身じろぎをした。


「要点を言え、チセンガ。つまり貴様は、何の成果も上げられず、手ぶらで帰ってきたということか?」ムアンバは侮蔑を込めて言った。


「いいえ、大臣。私は連邦が生き残るための唯一の道を持ち帰りました」私はそう言い返し、悠人から預かった「技術利用と共存のための基本合意書」を、評議会のテーブルに滑らせた。


「これは、技術の使用許可を得るための真波氏からの最終通告です。主な条件は三点。制御権はムサ村が永久に保持すること。技術の軍事転用および環境破壊に繋がる開発を厳に禁じること。そして、この地域の人権と自治を連邦政府が保証することです」


 会議室全体がざわめきに包まれた。特に国防大臣の顔は、怒りで紅潮していた。彼の椅子から立ち上がる勢いで、私は彼の頭の中で何が起きているか理解した。彼にとって、この文書は技術利用の許可証ではなく、連邦の主権と威信に対する完全な降伏文書なのだ。


 私は合意書を受諾するよう、論理的な進言を続けた。


「大臣。この技術を拒否するということは、世界の飢餓とエネルギー問題の解決を拒否するだけでなく、連邦が世界の舞台から取り残され、最終的に内部から崩壊することを意味します。武力は無力です。この合意を受け入れ、平和的な協力体制を築く以外に、未来はありません」


 しかし、私の言葉は、既にムアンバ大臣の耳には届いていなかった。彼の目は、私ではなく、テーブルの上の「軍事転用禁止」の文字を、憎悪に燃やしながら見つめていた。彼は、今や私を連邦の敵と見なしている。




 私の進言が終わると、待っていたとばかりにムアンバ国防大臣が立ち上がった。彼の顔は怒りで赤黒く染まり、その声は会議室全体に響き渡った。


「臆病者め!」ムアンバは私を指差した。「チセンガ、貴様は一体何のために政府の情報長官を務めているのだ! 貴様はたかが二人組の技術者に恐れをなして、連邦の威信と安全保障を売り渡そうとしている! 軍事転用の禁止? 制御権の永久放棄? そんなものは断固として拒否する!」


 彼はテーブルを叩き、合意書をゴミのように投げ捨てた。


「あの村の技術がどんなものだろうと関係ない! 我々が誇るのは、地球上で最も強力な軍事力だ。貴様の報告は、誇張された敗北主義に過ぎん! 貴様は技術の恩恵に目が眩み、国家の主権を放棄しようとしている裏切り者だ!」


 ムアンバの言葉は、連邦の権威と武力を絶対とする強硬派の意見を代弁していた。彼に同調する者たちが会議室の半分を占めていた。


 しかし、私も黙ってはいられない。私は冷徹に、そして論理的に反論した。


「大臣、それは現実逃避です。彼らの技術が我々の兵器を無力化することは、工作員の報告が証明しています。あの合意を拒否すれば、連邦は技術を得る機会を永遠に失い、周辺諸国との格差は広がる一方となる。経済、食糧、そして水。これらの根本的な問題が解決されない限り、連邦の支配体制こそが内部から崩壊します」


 経済大臣や大統領首席補佐官など、技術の恩恵を優先する穏健派は私の意見を支持した。評議会は、技術の恩恵による延命を望む勢力と、武力による支配を諦めない勢力に二分され、激しい怒号が飛び交う混乱状態に陥った。


「黙れ!」


 ムアンバ大臣は、混乱の中で強引に主導権を奪い返した。彼は大統領に圧力をかけ、評議会の意見をねじ伏せ、強硬策へと舵を切る。


「決定した! あの傲慢な技術者の要求を呑むことは、連邦政府の存在意義を否定するものだ。外交は失敗した。ならば、力で解決する。チセンガ、貴様の報告は却下する。我々は、この村を制圧し、技術者を強制的に確保する!」


 私は全身の血の気が引くのを感じた。私の外交上の敗北は、より大規模で、非道な武力衝突という最悪の結末を招いた。ムアンバ大臣は、すでに新たな作戦を頭の中で組み立てていた。




 ムアンバ大臣は、混乱を力で制圧した後、私を無視して軍の最高幹部たちに直接命令を下し始めた。彼の目的は、もはや交渉ではなく、圧倒的な暴力による制圧と技術の強奪に切り替わっていた。


「あの村の防御壁がミサイル数発で壊れないだと? 結構なことだ。ならば、耐えられないほどの数を叩き込めばいい」ムアンバの声は冷酷だった。「あの技術者の傲慢な要求を呑むなどあり得ん。あの防御壁は、我が軍の力を過小評価させる実験台に過ぎない」


 彼は、軍の制圧作戦を決定した。その作戦は、私が提案したどの平和的解決策よりも、遥かに非道で無謀なものだった。


 作戦の第一段階は、飽和攻撃だ。連邦軍の持つ通常兵器、特に長距離砲と巡航ミサイルを可能な限り動員し、村の防御壁に対して連続的な波状攻撃を加える。その目的は、防御壁そのものを破壊することに加え、技術者の集中力を奪い、消耗させることにある。


「攻撃は防御壁だけに留まるな」ムアンバは続けた。「村の周辺にある全てのインフラ、道路、通信施設を徹底的に叩け! 外部からの監視や、国際社会からの余計な介入を完全に遮断する。あの村を、世界から孤立した戦場とする」


 私は、彼の冷酷さに息を呑んだ。人道的な配慮など微塵もなく、ただ力で屈服させることしか考えていない。彼の目には、あの村に暮らす避難民たちの命など、全く映っていなかった。


 そして、作戦の最終目的は、常に一つ。


「特殊部隊を編成し、飽和攻撃によって防御壁がわずかにでも揺らいだ瞬間、一気に村へ侵入させる。防御壁の破壊が目的ではない。技術者、真波悠人の身柄を強制的に確保することが最優先だ! 抵抗すれば、殺しても構わない。しかし、技術を無力化する前に確保しろ」


 ムアンバは、私の存在など視界にも入れず、作戦指揮官たちに冷徹な指示を出し終えると、私に向かって冷笑した。


「チセンガ。貴様の外交の失敗は、連邦に貴重な実験データをもたらした。貴様の報告は、誇張であったと証明されるだろう。貴様はただ、この作戦の結果を待っていろ」


 彼は最後に、自身の決意を評議会全体に示唆した。「私は首都には残らん。直接前線に赴き、この『技術』がどれほどのものか、この目で確認する。そして、私がこの技術を連邦にもたらす」ムアンバは、軍服に身を包み、即座に会議室を後にした。彼のこの行動は、作戦の重要性、そして彼の個人的な執念が極めて高いことを示していた。


 評議会の混乱は、ムアンバのこの強行的な決断によって一時的に収束した。技術を求める穏健派でさえ、軍部のこの圧倒的な決意と暴力の前では、口を閉ざさざるを得なかった。


 私の外交上の敗北は、連邦政府の持つ最大の暴力、通常兵器による非道な暴力という形で、村に襲いかかろうとしていた。私は、自分の無力さと、あの村に迫る避けられない危機に、深い絶望を感じながら会議室を後にした。真の戦いは、これから始まる。

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