表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/47

第19話:夜明けの降伏と共存の条件

 朝、東の地平線から太陽が昇り始め、防御壁の淡い光が消えていく。ムサ村の朝は、子供たちの声と、昨日悠人が生成した新しい住居の周りではしゃぐ村人たちの賑やかさから始まった。


 私たちは、昨夜の謀略が何事もなかったかのように、清潔な天幕の下、交渉の席でチセンガ長官を待った。悠人も私も、睡眠時間は短かったが、精神的には万全だった。何より、昨夜の攻防に勝利したという確信が、私たちに静かな自信を与えていた。


 定刻を過ぎ、チセンガ情報長官が姿を見せた。


 彼の完璧な外交官の仮面は、もはや保たれていなかった。濃紺のスーツは乱れこそないものの、彼は明らかに疲弊し、顔色が悪かった。目元には疲労の色が濃く、昼間の傲慢な余裕は完全に消え失せていた。おそらく、工作員たちが得たのはダミーの熱反応と不可解な音響ノイズだけであり、無様な失敗報告を夜通し受け続けていたのだろう。


 チセンガ長官は、席に着く際、一瞬だけ私たちに鋭い視線を向けたが、その視線はすぐに足元に落とされた。彼は、私たちが夜の出来事の全てを知っていることを察している。


 悠人は、何事もなかったかのように静かに茶を一口飲み、彼に視線を向けた。


「長官、朝食はいかがですか。村で採れた新鮮なフルーツもありますが」


 悠人の穏やかな声は、優しさではなく、有無を言わさぬ冷徹なプレッシャーとなってチセンガ長官にのしかかった。彼は、昨夜の失敗を追及されることへの恐怖と、悠人の力の深さへの畏怖から、言葉を失っていた。


「い、いえ、結構です」チセンガ長官は喉を詰まらせるような声で答えた。「では、交渉を再開しましょう。真波様、昨日のご提案について、連邦政府として、新たな見解を提示させていただきます」


 彼の口調には、もはや初日にあった強気の姿勢は微塵もなく、昨夜の失敗が、彼を外交官ではなく、敗北を認めざるを得ない一人の焦燥した男に変えていた。




「昨日のご提案について、連邦政府として、新たな見解を提示させていただきます」


 チセンガ長官は、用意された水を一口も飲まず、乾いた唇を湿らせた。彼の言葉には、昨日まであった「連邦の威信」という重みが完全に欠けていた。


「昨日の交渉で、我々は真波様の技術が、我々の想定を遥かに超えていることを理解いたしました。特に、その制御システムは極めて安全であり、独立性が高い。もはや、連邦政府が一方的に『管理下に置く』という要求は、現実的ではないと認めざるを得ません」


「ほう」悠人は静かに相槌を打つだけで、感情を全く見せない。この沈黙が、チセンガ長官をさらに追い詰めた。


 チセンガ長官は続けた。「つきましては、政府の要求を修正させていただきます。技術の制御権は、真波様、あなたが保持してください。その上で、連邦政府と『共同開発協定』を結びたい。我々は最高の研究者と資金を提供し、技術を世界規模で展開するインフラを提供します。その対価として、真波様と冴木様には、名誉ある連邦特別技術顧問として首都にご移住いただき、安全で快適な環境で研究を続けていただきたいのです」


 彼の新しい申し出は、体裁こそ整っていたが、中身は昨日と変わらない「技術者の確保と首都への隔離」を目指すものだった。しかし、その口調は威圧的ではなく、もはや懇願に近いものへと変わっていた。彼は、悠人の技術が持つ圧倒的な力が、この村の防衛だけでなく、連邦政府そのものを崩壊させかねないことを悟っていた。


「真波様。この技術が世界を救う唯一の希望です。どうか、どうか連邦にご協力いただきたい。我々は、もはやあなた方を脅すことはできません。ただ、この技術の平和的な展開を、心からお願いする次第です」


 私は、彼の目の奥にまだ残る技術への執着と、夜の失敗による屈辱を読み取っていた。彼の外交姿勢は崩壊した。次は、私たちがこの圧倒的優位を利用して、私たちの共存の条件を提示する番だ。




「心から、ですか」


 チセンガ長官の懇願に対し、悠人は初めて、感情の片鱗を滲ませるような、静かに冷たい声で言葉を返した。


「長官、あなたが今朝ここに座っているのは、この技術が世界を救うからではありません。昨夜、貴方が送った工作員が、何の成果も得られずに撤退したからです。連邦の武力と謀略が、我々の前で無力だと証明されたからです」


 チセンガ長官は顔を上げ、激しく動揺した。悠人が夜の出来事を直接口にしたことで、彼の最後の外交的な立場は完全に崩壊した。彼は何も反論できない。


「我々は、首都への移住も、共同開発協定という名の『監視』も必要としません。しかし、この技術が世界にとって重要であることは理解しています」悠人はテーブルの上に手を置いた。「これは、連邦政府との協力条件ではありません。連邦政府が、この技術を利用するために飲まなければならない最終通告です」


 悠人は、あらかじめ用意していた文書をチセンガ長官の前に静かに差し出した。


 それは、私が徹夜で作成した、法的な拘束力を持つことを想定した「技術利用と共存のための基本合意書」だった。


「条件は三つです。すべて、この技術の平和的な目的を担保するためのものです」


 ・制御権の永久保持: マナ技術および、その制御システム(コア)の制御権は、連邦政府、あるいはその他の国家・組織に譲渡されることなく、ムサ村(真波悠人およびその継承者)が永久に保持する。


 ・倫理的利用の厳守: 連邦政府による技術の応用・利用は、軍事転用、および環境破壊に繋がる開発を厳に禁じる。その監視権は、国際機関および我々が保持する。


 ・地域の人権と自治の保証: 連邦政府は、このムサ村と周辺地域の人権と自治を公式に認め、生活環境の改善を保障すること。


 チセンガ長官は、その文書を震える手で掴んだ。内容は、連邦の主権と国家安全保障上の前提を根底から覆すものだった。


「この条件は...連邦政府にあまりにも一方的です。大臣たちが受け入れるはずがない」チセンガ長官は絞り出すように言った。


「その答えは、貴方方が決めることです」私が口を開いた。「受け入れられないのであれば、貴方方はこの技術を永遠に得ることはできない。そして、貴方方の傲慢な支配体制が崩壊するのを、外から見ていることになるでしょう」


 私は、この合意書を国際的な監視下に置くための準備が整っていることを、あえて明言した。悠人の圧倒的な技術力と、私の用意した外交的な鎖。チセンガ長官には、もはや逃げ場はなかった。彼は、屈辱と敗北の念に耐えながら、目の前の文書に視線を釘付けにした。


 チセンガ長官は、数分間の沈黙の後、深く息を吐き、静かに言った。


「...分かりました。この合意書を、連邦政府最高評議会に持ち帰ります。私の権限では、この内容の受諾や署名はできません。しかし、私はこの文書の内容が、連邦にとって唯一の、そして最善の道であると進言するでしょう」


 彼は敗北を認め、合意書をスーツの内ポケットに押し込んだ。使節団は、当初の目的であった技術接収を達成できず、情報収集も失敗したまま、村を後にする。


 この第一ラウンドの勝利は、私たちの技術を世界に広げるための扉を開いた。だが、私は知っている。チセンガ長官が持ち帰ったこの文書は、ムアンバ国防大臣のような強硬派の怒りを爆発させる引き金にすぎない。連邦政府は、これからより非道で、より危険な次の手段を選んでくるだろう。真の戦いは、これから始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ