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第18話:夜陰の策動とカウンター

 太陽が西の地平線に沈み、ムサの村を巨大な防御壁の淡い光が包み込む頃、私たちは緊張感を緩めることはなかった。昼間の住居生成という劇的なデモンストレーションは、チセンガ長官の傲慢さを打ち砕くには十分だったが、彼のような男が容易に諦めるはずがないことは分かりきっている。


 チセンガ長官が「交渉は明朝再開としたい」と申し出たとき、その言葉は私には「今夜、裏から手を回す」という宣戦布告に聞こえた。


 夕食後、私たちは使節団の宿泊場所に使わせている簡易的な建物の様子を監視していた。彼らは表向き、通常の軍用通信機器ではなく、マナの干渉を受けにくい旧式の通信手段で首都へ報告を送っているようだった。彼らがどれだけ対策を講じようと無意味だが、その必死さが、こちらの優位性を物語っていた。


「チセンガ長官のあの顔を見れば明らかね。武力はもちろん、外交辞令も通用しないと悟ったわ。残されたのは、情報工作、つまり謀略しかない」私は隣の悠人に耳打ちした。


 悠人は静かに頷いた。「彼らが狙うのは二つ。一つは、制御システムの具体的な情報。もう一つは、私や君、あるいは村人たちの物理的な弱点。特に彼らが恐れているのは、私がコアから離れた状態で技術が使えるかどうかだろう」


 午後十時を過ぎ、村人がほとんど寝静まった頃、ついに動きがあった。


 使節団の宿泊棟の裏口から、三人の男が、周囲に溶け込むような暗色の特殊装備を身につけて静かに姿を現した。彼らは昼間、技術アドバイザーや医療顧問を装っていた特殊部隊員たちだ。彼らの動きは迅速かつプロフェッショナルだったが、昼間の彼らの表情には、任務への迷いが読み取れていた。今、彼らは上官、そして国家の威信という鎖に逆らえず、夜の闇に消えていこうとしている。


 私は、チセンガ長官が彼らに下した密命の内容が、「何としてもコアの位置を特定し、制御の情報を掴め。抵抗があれば、技術者の身柄確保も辞さない」という過酷なものであることを確信した。


 夜の帳が降りた村で、連邦政府による本格的な情報工作が始まった。私たちは、この奇襲を待ち望んでいた。




 特殊部隊員たちが闇に消えたのを確認すると、私はすぐに悠人とムサ村長に合図を送った。ムサ村長は、工作員の動きを村の慣れた巡回ルートと勘を頼りに遠巻きに監視する役目を担う。私たち二人には、より技術的な迎撃の役割があった。


「彼らが探るのはコアの物理的な位置よ。そして、その制御がどれだけ強固か。悠人の手が離れてもシステムが動いているかどうかも試してくるはず」


 私はそう言いながら、コアの制御ルーム(といっても、ただの小さな小屋だが)の周辺に、数種類のセキュリティマナを起動させた。彼らの装備は旧式で、高度な電子的なハッキングやマナ信号への干渉技術は持っていないことが、昼間の観察から明らかになっていた。彼らは、あくまで物理的に潜入し、目視で情報を盗むしか手段がないのだ。この事実は、私たちにとって大きなアドバンテージだった。


 悠人は、システム全体の監視を担当していた。彼の目は、防御壁全体に張り巡らされたセンサーマナのネットワークを追っている。


「物理的な侵入を防ぐのは防御壁で十分だが、彼らが持っている機材は、電波や熱源を分析するだけの単純なものだ。だからこそ、私たちは情報を撹乱する」


 悠人はそう言いながら、コア周辺に配置されたダミーのエネルギー反応と、実際に使用しているネットワークの通信経路を、複雑に錯綜させた。もし彼らが熱感知や電波探知でコアの位置を特定しようとすれば、無数のノイズと偽のデータに翻弄されることになるだろう。


 私は、悠人の傍らに置かれたノートPCに目をやった。画面には、村周辺の環境データがリアルタイムで映し出されている。このシステムには、マコトが遠隔で送ってきた、周辺地域の生態系情報や異常気象の予兆など、彼の専門分野に関するデータも組み込まれている。


「マコトからのデータが役立つわね。彼らは、ここがただの原始的な村だと誤解している。生態系のわずかな変化まで監視されているなんて、想像もしていないでしょう」


 マコトは今、遠く離れた別の地域で、技術を応用した環境改善の任務に当たっている。直接的な助けは得られないが、彼の残した広範囲な環境ネットワークの情報は、工作員たちの足取りを追う上での重要なカモフラージュの一つとなった。


 私たちは、自分たちの手の内をすべて見せずに、相手を泥沼に引きずり込む準備を整えた。夜の闇の中、静かに、そして周到に、連邦政府の謀略に対するカウンターが始まろうとしていた。




 夜の闇の中、潜入した三人の工作員は、村の防御壁を突破する際に、すでに最初の戸惑いを味わっていた。彼らが特殊な振動波で防御壁の特定箇所を緩めようと試みた瞬間、そこには何の変化もなく、彼らが持参した現代の機材が発する信号だけが周囲のノイズに飲み込まれて消えていった。


 だが、彼らは熟練の部隊員だ。音もなく村の内部に侵入すると、彼らは昼間に目星をつけていたエネルギー反応が強い場所を目指し、静かに移動を開始した。


「一つ目のダミーポイントに反応だ」悠人が静かに告げた。彼の画面には、ダミーのエネルギー反応を目指して進む工作員の熱源が映っていた。


 私は冷ややかに笑った。「想定通り、彼らは熱と電波という、自分たちが理解できる物理的な手がかりしか信じない。そして、彼らの地図に載っている村の中心地は、私たちがダミーの反応を集中させた場所よ」


 工作員たちは、コアがあると思われる「小屋」に近づくにつれ、熱源探知機が示す異常な高熱反応に警戒心を強めていった。しかし、小屋の外壁に触れても、熱は全く伝わってこない。彼らは混乱し、機材が故障したのではないかと疑い始めた。


 その時、彼らが足を踏み入れた地面から、微かな振動が伝わった。それは物理的な衝撃ではなく、悠人が仕掛けたマナによる聴覚的なノイズだった。そのノイズは、彼らが隠し持っていた通信器を介して、まるで誰かの囁きのように聞こえ始めた。


「…技術を、力で支配しようとしてはならない」


「…飢餓を救う、希望の光を…消すのか」


 それは、特殊部隊員たちの心に潜む、昼間に感じた倫理的な葛藤を刺激するよう、周波数とパターンが調整された音響兵器だった。特にカマラのような隊員は、反射的に耳を塞ぎ、顔を歪ませた。


 技術的な障害に加え、心理的な揺さぶり。工作員たちは、自分たちがまるで未知の力に監視され、嘲笑われているかのような感覚に陥った。彼らのプロフェッショナルな冷静さは急速に失われ、無意味な行動を取り始めた。


 一人が焦って小屋の扉をこじ開けようと試みた瞬間、悠人のシステムが最終的なトラップを起動させた。小屋から眩い光が放たれ、同時にその場の空気が数秒間、急速に冷え込んだ。


 強烈な光と急激な温度変化に晒された工作員たちは、視界を奪われ、反射的に体勢を崩した。彼らはもはや、情報工作どころか、任務遂行を断念せざるを得ない状況に陥った。彼らが得たのは、ダミーの熱反応と、脳裏に焼き付いた不可解な囁きだけだった。


「成功ね、悠人」私は安堵の息を漏らした。「何も得られず、精神的に疲弊したわ。彼らは撤退するしかない」


 夜の闇が明ける頃、連邦政府の謀略は完全に失敗に終わり、チセンガ長官が受け取る朝の報告は、彼に決定的な敗北を突きつけるだろう。

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