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第21話:迫る戦火と決戦の準備

 チセンガ長官の使節団が村を去ってから、わずか一日しか経っていなかった。平和な朝の喧騒の中、私は悠人と共に、コアの制御ルームで監視を続けていた。連邦政府から返答が来るまで、まだ時間があるはずだと、私たちは考えていた。


 しかし、悠人の表情が微かに曇った瞬間、その考えは打ち砕かれた。彼は、ノートPCの画面ではなく、虚空の先、マナのネットワークが張り巡らされた遥か遠い空間を見つめていた。


「綾音さん、何か来ている。偵察じゃない」悠人の声は静かだったが、その静けさこそが異常だった。


 私も自身の分析端末のデータを凝視したが、従来の電波や衛星画像に異常はない。しかし、悠人が感知したものは、我々の技術が捉えることができる、より根源的なエネルギーの動きだった。


 悠人は、その感覚を言葉にした。「いつもの澄んだネットワークに、例えるなら泥が流れ込んできたような不快なノイズを感知する。以前の連中の動きは、懐中電灯程度の灯りだった。今動いているのは、街一つ分の電力を使う巨大な熱源の集団だ。軍の長距離ミサイル部隊、そして大規模な支援車両の群れだ」


 私はすぐに理解した。ムアンバ国防大臣だ。チセンガ長官が持ち帰った、軍事利用を禁じる合意書を、あの強硬派が受け入れるはずがなかった。外交の失敗は、彼にとって国家の威信をかけた武力行使の口実になったのだ。


「外交は失敗したのね、悠人。彼らは、私たちの要求を呑むくらいなら、自国の武力の名誉をかけて、すべてを焼き尽くすという、最も非道な選択をした」私の喉が乾いた。迫る危機が、単なる技術接収のための特殊作戦ではなく、防御壁の耐久限界を試すための総力戦であると確定した瞬間だった。





 危機を正確に把握した私とは対照的に、悠人は静寂を保っていた。彼は、迫り来る巨大な軍事力に対する恐怖を全く感じていなかった。


 悠人の視線の先、マナの光に満たされた制御システムは、連邦が送り込もうとしている通常兵器の最大火力、すなわち飽和攻撃のエネルギー量を瞬時に演算し終えていた。


「綾音さん。大丈夫だよ。」


 彼は、まるで明日の天気を話すかのように穏やかに言った。悠人にとって、連邦の武力は、最新のOSを搭載したコンピューターに向かって、旧式の石器を投げつけるようなものだった。その攻撃がどれだけ激しく、どれだけ数があろうとも、防御壁という物理的な盾と、彼の技術という絶対的な演算能力があれば、崩壊することはありえない。


 彼の静かな余裕は、傲慢から来るものではなく、この世界で最も進んだ技術の使い手としての揺るぎない確信に基づいていた。


「私たちにできることは、勝利することではなく、勝利する過程で、彼らの暴力から大切なものを守り抜くことだけだ」悠人はそう言って立ち上がった。「彼らの目的は、防御壁を破り、私を確保すること。だが、その過程で村人が巻き込まれるリスクは排除しなければならない」


 悠人は、直ちに村の緊急避難を決断した。戦闘による混乱と、連邦軍が人命を無視した飽和攻撃を仕掛けてくる可能性を考えれば、村人を防御壁の外へ逃がすのは不可能だった。


「村長の協力を得る。マナを使って、防御壁の内側に、一時的に外部から探知されない地下シェルター空間を迅速に構築する。村人たちにはそこに避難してもらう」





 悠人は避難計画をムサ村長に伝達した。村長は悠人の言葉の重みを即座に理解し、動揺する村人たちを冷静に誘導し始めた。時間は刻々と迫っている。


 悠人は避難の準備と並行して、防御壁の再設計に取り掛かった。


「彼らの飽和攻撃は、防御壁の物理的な耐久限界を試すための実験ではない。攻撃のエネルギーを分散させるためのマナ演算処理の限界を試している。彼らが繰り出す火力がどれだけ多かろうと、防御壁が破られることはないが、全てを受け止め続ける演算負荷は無視できない」


 彼は、防御壁のエネルギー構造を複雑化させた。それは単なる一枚の壁ではなく、攻撃の衝撃波を微細なマナのグリッドで受け止め、熱と圧力を分散させる「エネルギー吸収層」と、物理的な硬度を極限まで高めた「物理的な硬化層」の二層構造だった。コアの制御ルームの周囲には、さらに強力なマナ障壁が多重に展開される。


 避難が完了し、悠人が最後の防御パラメータを調整している最中だった。私は、連邦軍の通信ネットワークに仕掛けていた傍受用マナが捉えた最終的な情報を、悠人に伝えた。


「悠人、作戦命令よ。攻撃開始は日の出と共に。目標地点は、ムサ村とその周辺。彼らは、村の周囲を焼き払い、私たちを完全に孤立させるつもりよ。彼らの目的は、最初から人道的な考慮など一切ない、非道な暴力なのね」


 窓の外は、まだ暗い夜明け前だ。しかし、東の地平線に沿って、数えきれないほどの軍事車両と、長距離砲の熱源が、こちらに向かって唸りを上げているのが、悠人のマナネットワークを通じて痛いほど伝わってきた。


 私たちは、防御壁の最前線に立ち、迫り来る人類史上、最も非道な武力行使の夜明けを待った。


 真の戦いは、今、始まろうとしていた。

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